見出し画像

コロナ禍がきっかけで“職場体験”をアップデートした中学校の話

2020年以降のコロナ禍は、中学校の「職場体験」のかたちを大きく変えました。

千葉県船橋市立坪井中学校もその一つです。

職場体験の中止を受けた代替授業では「『働くこと』や『将来を見つめる』という部分を深く掘り下げることができなかった」と反省。そこで翌2021年度、新しい就業体験プログラムを試験的に導入しました。

すると、リアルの職場で働いたわけでもないのに、それまでとは明らかに異なる子どもたちの反応がーー。手ごたえを感じ、2022年度からは同校のキャリア学習の一環として本格的に取り入れ、学校行事も活用した、独自のスタイルを編み出しました。

担当の先生2人に、変化の様子を振り返っていただきました。

(左)折笠翔太先生。2年生の主任でクエストエデュケーションを担当。教員9年目、保健体育を担当。(右)井上悠先生。教員6年目、国語を担当。
この記事では教室にいながら「就業」が体験できる10時間のキャリア教育プログラム「インターン」を紹介しています。実在の企業でインターンとして働く設定で、採用応募から事業企画まで体験します。また、企業の理念や働く人の話、事業の社会的影響を知るなかで、「働く」を通じ、社会にどう関わるかを探求的、主体的に学びます。くわしくはこちら

【2019年】麹町中学校でクエストを体験

折笠:私が異動した2019年当時、船橋市立坪井中学校の「キャリア学習」は学年ごとに実施していました。

1年生は船橋市内で働く近所の方を招いた「職業人談話会」を開き、2年生では職場体験、3年生は進路学習、という流れです。

その年の4月、知人の先生の紹介で東京都千代田区立麹町中学校で開かれた「クエストエデュケーション」の体験会に参加しました。こういう探究学習のかたちもあるんだな、と知ったものの、勤務校で導入するというイメージはまったく湧いていませんでした。

【2020年】コロナでもキャリア学習をあきらめない。全学年でインターン導入

2020年のコロナ禍で、例年あった2年生の「職場体験」は中止に。「高校調べ」に代わりました。

折笠:2年生は、代わりに興味のある高校を調べ、新聞にまとめて掲示するという簡易的な調べ学習にならざるを得ませんでした。「働くこと」や「将来を見つめる」という部分を、生徒たちは深く掘り下げることができなかった。そんな印象がありました。

そんな生徒たちの姿を見て、2019年に麹町中で体験した「クエストエデュケーション」を思い出しました。「クエストエデュケーション」のプログラムの一つに「インターン」があり、これならコロナ禍でもできるかもしれないと、いろんな先生と話を積み重ねながら、職員会議で導入を提案し、賛成多数で導入することになりました。

【2021年】試行期間。インターンを全学年で実施

2021年から、インターンに取り組むことになりました。

折笠:1年生で「インターン」をやろうと考えていたんですが、2年生の時に職場体験ができなかった生徒にも、と3年生の担任から要望もあり、2021年は試行期間と位置づけ、全学年でインターンが始まりました。

折笠:10月からスタートし、約半年かけて最終プレゼンテーションまで進みました。インターンは通常全10時間(10ステップ)でカリキュラムが組まれていますが、実際はアンケート結果をまとめたり、プレゼンテーションに向けた準備などもあり、13時間かけて取りくみました。

知っている企業だから芽生えた「当事者意識」

ここから井上先生のお話になります。インターンに取り組む中で、井上先生は、従来のキャリア学習にはなかったような、子どもたちの反応を感じたそうです。

井上:まず大きく変化したのは「当事者意識」でした。

従来のような「職業調べ」では、どこか遠い世界に感じて、実感を持ってやるという意識が乏しかったように思います。

印象的だったのは、自分がインターンとして働く企業の看板が近所にあったと報告してきたり、読んでいる雑誌や新聞で、その企業の記事を見つけて切り抜いて持ってきたりしていたことでした。生徒たちも知っているような企業で、自分がインターンの立場にいるという設定だったこともあってか、自分がその企業に所属し、働いているという意識を強く持ったようです。高い関心をもって意欲的に取り組み、時には授業を飛び越えて、積極的に調べていました。

アンケートという「業務」で実感する仕事

インターンでは、所属先の企業の「仕事」という設定で、多くの人たちにその企業やサービス、商品、好きなことなどを尋ねる「アンケート業務」をグループで取り組みます。コロナ禍で不特定多数の人たちを対象の調査はできませんでしたが、家族や友達に協力してもらい、サンプルを集計したそうです。

井上:アンケートのプロセスはすごくいいなあと感じました。顧客や客層に対する意識を、生徒たちが持つことができたからです。

実際に働くようになると、顧客が何を求めているのかを調べ考える力は、とても大切だと思うのですが、今までのキャリア学習では、そういったところまで、発想と視点を持って取り組める機会はあまりなかったように思うのです。

一方、インターンだと、やはり実在の企業の立場を借りることができるからこそ、中学生のうちから、そうした仕事の実感を持つ機会ができたのだと考えています。

なんのために働くの?

井上:学習の最後に、生徒が「働くこととは?」について考える時間がありました。当初予想していた「生活のため」「お金のため」という意見は少なくて、「仕事の楽しさ・おもしろさ」「やりがい」を、子どもたちが実感していたことが回答に書かれていました。つまり、自分たちで話し合って、自分たちで作り上げていくことがすごく楽しかったというのです。最初から最後まで「当事者意識」を持って、13時間取り組んだ末の答えでした。

私からは以上です。

【2022年】コーポレートアクセスも活用、独自のキャリア学習を編成

井上先生に続いて、ここからは折笠先生が、2022年度から坪井中学でクエストを本格的にキャリア学習に導入してからをお話しいただきました。

折笠:2021年に全学年でインターンを試行した先生方から、2022年度も続けていこうと声があがりました。従来の職場体験をやる見通しも立っていませんでしたので、インターンとコーポレートアクセスを組み合わせたものを、坪井中学校の新しいキャリア学習として取り組むことになりました。

折笠:1年生でまずインターン(10時間)に取り組み、引き続き2年生でコーポレートアクセスに取り組みます。ただ、コーポレートアクセスは本来の時間数(24時間)より少ない15時間ですべて終えるようなかたちにしました。

短縮したのは、校外学習や学校行事もあるなかで、24時間分の授業を確保する難しさを感じたためです。すでに取り組んだインターンと内容が重複している部分はできるだけ省略して仕立て直す計画を立てました。

折り合いをつけて、自律する生徒たち

クエスト導入で見えた生徒の変化はどんなものだったのでしょうか。

折笠:これまでの職場体験では、職場によって当たり外れが多少あったりと、職場体験の本質的なところに触れられないまま終わる生徒がいました。

対して、クエストでは、自分たちの考えていることをぶつけあいながら、提案していくという体験をチームでできることが大きな強みだと感じています。

とはいえ意見が合わないなかで葛藤も生まれます。どう折り合いをつけるか、悩み苦しむ場面も出てきます。そうしたプロセスを経て、最終的には生徒自身が自分で考えて行動する「自律」につながる活動になっていると思います。

何より、教員が生徒と一緒に楽しんでいます。
インターンの最初の授業で取り組むクイズ形式の「企業理解度チェックテスト」を終えたクラス担任が、とても明るい表情で「すごく楽しかった」と言いながら職員室に戻ってきました。教員も生徒も同じ目線でキャリア学習を進めていけることは、とても素敵なことだと思っています。

校外学習先との連携

キャリア学習の視点で旅行学習の内容をアレンジするなどの工夫もしているそうです。

折笠:旅行先の地域の企業や行政と連携し、探究学習につなげる工夫をしています。

1年生は千葉県の鴨川シーワールドで働くスタッフの方に話を聞き、インタビューしています。後日スタッフの方に生徒のプレゼンテーションを聞いてもらう機会をつくりました。

2年生は5月に東京ディズニーランドで校外学習をしました。ディズニーランドで働く方々のホスピタリティに触れることで、働くことの意味や企業の魅力を知る機会になれば、と実施しました。

3年生の修学旅行では、事前に学んだ成果を、旅行先の自治体の地域振興課の方にプレゼンテーションをしたいと思っています。

「自律」と「尊重」の学年目標の意味

折笠:最後に、達成したい学年目標をお話しします。「自律」と「尊重」この二つの言葉は、実は麹町中学校の元校長・工藤勇一先生の言葉をそのまま真似たものですが、「自分で考えて行動し提案すること」「他者の存在や意見を受け入れ尊重すること」を一番大切にしたいと思っています。

折笠:アイディアを生み出す過程には、いろんなことがあると思います。トラブル、食い違い、人間関係、大人との関わりが当然出てきます。

クエストの活動では、我々教員はサポート役です。教員が先に答えを言ってしまったときなど、「しまった」と思うこともたくさんあります。私自身もまだまだ試行錯誤していますが、教育者として成長したいと願いながら、自由奔放に取り組んでるところです。

本日はありがとうございました。

参加者からの質問です。

Q:実践校の学校規模を知りたいです。
折笠:1年生が6クラス、2年生が7クラス、3年生が5クラス。一学年で約200人前後、全校生で600人ぐらいです。

Q:有名大企業ではなく、従来の職場体験先の地元企業を活用できないか、意見は出ませんでしたか。
折笠:2020年は外に出ることも難しかったので、教室ですべて完結できるのがポイントでした。インターンにシフトした方がいいという意見が多かったです。

Q:クラスごとの進度や内容に差は出ませんでしたか。
折笠:シラバスがあって流れも決まっているので、それに沿えば大体どのクラスも同じような進度になるので、大幅に遅れたクラスはなかったと思います。指導案も送られてくるので教員も基本的な流れに沿っていけばいいという安心感があります。

Q:保護者の感想は。
井上:吉野家ホールディングスのインターンになった生徒が、牛丼の作り方が分からないから一緒に作ったという話や、インターン先の企業について「大和ハウスって知ってる?」と保護者が聞かれたという話を、いくつかいただきました。

Q:取り組みは、総合的な学習の時間での実施でしょうか?
折笠:そうですね。
総合的な学習の時間を基本的に使いましたが、体育祭のメンバー決めや、3年生を送る会の準備などもあり、やりくりは苦労しました。担当の教員に相談し、送る会の準備を短縮していただいたりして、3月までに終わらせることができました。社会科の時間も一部活用するという方法もあるかと思います。

Q:グループ分けはどうされましたか?
折笠:インターン先は6企業で、どこで働きたいかを生徒の希望をもとに、担任が5,6人でグループに分けました。第1希望の企業に入れない生徒もいましたが、どのグループも充実した活動になっていたと思います。

Q:生徒が欠席した場合のフォローは。
折笠:1コマ程度の欠席なら十分フォローできます。プレゼンテーションの作成段階に入るとグループ内で休んだ子に前回はこういうことをやった、今日はこういうことをやる、と説明して助け合っていました。そういう面にも良い影響が出ているとすごく感じました。長期欠席の生徒には、放課後の個別対応で「今こんなことやってるんだよ」とワークブックを一緒に読みながら、感想を聞いてみたり、紹介されているコラムを話題にしたりしていました。

Q:生徒が一番変わったところは?
折笠:自分の意見を言って受け入れてもらえるクラスの心理的な安全性を目指しながらやってきたんですが、インターンが終えた後は、そうした雰囲気が加速した印象です。1年生でインターンを経験した新2年生は4月のクラス替え後、すでにクラスごとの特色が生まれ、授業中も意見が活発に出ていて、明らかに変わったと感じています。

※6月21日に開かれた「インターン」事例報告会で、同校の折笠翔太先生と井上悠先生による講演を記事にまとめました。
【参考】
教室で就業体験「インターン」のサイト
探究学習はじめの一歩!【実例】探究学習のテーマ16種
「探究学習」の最先端 教育と探求社の総合パンフレット
教員向けイベント情報

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?