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【探究学習】こぼれ落ちるものに気づいて「完璧」への思いを手放した先生の話

千葉明徳高等学校(千葉県千葉市)で探究学習を担当する黒木和久先生は、同校の卒業生。18年前、同校が「クエストエデュケーション」の前身にあたるプログラムを導入した年、初めて「探究学習」を経験しました。教師になって探究学習に試行錯誤した末、気づいたのは「生徒たちに余白を与え、手放すこと」の大切さ。自身の高校時代も振り返りながら、「手放す」にいたるまでのプロセスを語っていただきました。

黒木和久先生 33歳。2018年から千葉明徳高等学校の特別進学コースで探究を担当。専科は地歴公民科(日本史)、サッカー部顧問。

探究学習に七転八倒した18年前

高校時代、当時は珍しかった探究学習に取り組んだ黒木先生。「苦しさしか記憶にない」と振り返ります。

黒木:高校の1、2年だったと思うんですが、ちょうどうちの学校が特別進学コースを開設した年(2004年)に、「総合的な学習の時間」で、教育と探求社のプログラムを導入したんです。今のコーポレートアクセスの前身にあたるプログラムでした。

企業から出たお題(ミッション)をコンセプトや企画に落とし込み、発表ーーという流れは今とほぼ同じでしたが、当時は今のような進め方も確立されていませんでしたし、インターネットを使った授業が普及するずっと前の話です。いろいろ楽しいよと、教師は言ってましたが、その教員も、どうやって授業をすすめたらいいのか分からない(笑)。

わたしが選んだのは住宅メーカーの「自然と融合した家を建てなさい」というお題でした。もう、正直…苦しさしか記憶にないですね。本当に憂鬱でした。アイディアにならないアイデアしか出てこなくて。

「いっそのこと、めちゃくちゃなことを考えたらどうだ」と教員から言われて「大理石で冷たい家」なんていうアイデアを思いついたんです。クーラーを使わず、寒すぎず暑すぎずの、自然の家です。

プレゼンを成り立たせるために、とにかくいろんなものを付け足してまとめたのをおぼえています。

写真はすべてコーポレートアクセスに取り組む生徒たちの様子

教師として戻ってきた。あれ?なんか、つまらない?

その後、黒木先生は教師として母校に。高校時代に取り組んだプログラムは、コーポレートアクセス(CA)に進化し、先生はその担当になりました。

黒木:だいぶ様変わりしてました。プログラムも探究学習を進める手法も整って、生徒のリサーチやプレゼン発表のレベルも、私が生徒だった時よりも格段によい出来映えです。データを集めてロジックを組み立てて、すごく研究して、完璧に仕上げて。

教員の関わり方も熱心でした。僕が探究学習の担当に就いた頃は、コース1・2年生の教員6人でチームを組み、生徒と一緒にブレストしたり、こまめにアドバイスしていました。次のステップに進むには、担当教員全員のOKをもらってから、という熱の入れようで。それだけ教員が関わっているから、完成度も高かったです。

生徒の作品の完成度に手応えを感じる一方で、年々よくできてるけど、なんかつまらないな、このままでいいんだろうか、と感じるようになったんです。

ーー「つまらない」ってどういうことですか。

黒木:最初のころにあった弾けていた感性が、全部「何か」に裏付けされて「完璧な発表」というベクトルに持っていかれてしまうんですね。

いいものを作ろうと頑張っているうちに、そのコンセプトが生まれた頃には溢れていた、前向きに楽しく発表しようよ、というところもこぼれ落ちてしまっていると感じていました。

だから教員は、頑張りすぎない方がいいんじゃないか、と思い始めました。

ーー頑張りすぎないとは。

黒木:説明が難しいんですけど、教員は何にもしない方がいいという結論に至ったんです。「やるなら、完璧にやらせたい」という思いを手放そう、と。

改めて考えるきっかけになった出来事もあったんです。CAのプレゼン発表でなにこれ?みたいな発表で終わってしまったチームがいて。明らかに「失敗」でした。でも失敗が逆にメンバーの火を付けたようで、その後学校生活を頑張り始めた子も出てきました。そういう姿を見て「失敗から生まれるものがあるんだ。失敗したっていいんだ」と、確信しましたね。高校生のうちに失敗と成功の体験を積み上げていくことが一番大事だ、と今は見る側に終始しています。

黒木:他校の生徒の発表にも影響を受けました。スキのない発表だけでなくて、夢と希望を全面に語るプレゼンで全国大会に出ている生徒たち。例えば「クエストカップ2022 全国大会」のコーポレートアクセスで、クラーク記念国際高等学校横浜青葉キャンパスのチームが提案した、「イケメン」が出てくる乙女ゲームが準グランプリでしたね。あれはすごく衝撃的でした。私たち教員全員、そう来るか?そういう路線か!と驚きました。

2021年度からは、CAに取り組む前の4〜5月、1,2年生の計4人が合同チームを組んで、4コマ分の授業で身近な課題の解決策を考える探究学習プログラムを取り入れました。2年生はリーダー研修、1年生は探究学習の「基礎固め」とチームビルディングが目的です。

黒木:やはり生徒は身近な問題を取り上げるんですよね。これまで出たのは、制服や校則、英単語の覚え方、良質な睡眠実験まで、いろいろです。

面白かったのは生徒が通学で使う京成線の利用率向上策に取り組んだチームです。運賃を下げて運行本数を増やそうと提案してました。明徳高校の生徒が増えれば京成線の利用者も増える、だから明徳力をアピールしよう、という斬新な提案で、おっしゃる通り!と(笑)

期間は4コマと短いですが、2年生はリーダーの意識が芽生えて1年生を引っ張るし、1年生も分からないなりに探究活動を体感しています。その意味で、探究学習の「基礎固め」になっていると思います。

「まず楽しく」「意見を言う」で探究の基礎固め

身近なテーマの解決策を考える4コマのプログラムを探究学習の「基礎固め」に位置づける黒木先生。先生の言う「基礎固め」の「基礎」って何ですか?

黒木:一つ目は、楽しむことです。「正解がない問い」と言われる探究の活動を、まず楽しくやるんだということは、一番最初に身に着けてほしい感覚です。

二つ目は、私はこう思う、こういうアイディアはどうだろうと意見を相手に伝える。なるべく1年生に意見を出してもらうようにして、2年生が要点にまとめていく。その過程で、子どもたちはいろんなことを発見していきます。

自分ごととして関われる身近なテーマに出会えれば、ツールを使いこなしながら、考えを深めて、プレゼンまでどんどん自分で進めていくんですね。そういう状況では、私たちは生徒をただ見守り、観察するだけです。基本さえちゃんと入っていれば。

年度初めの「基礎固め」を始めて2年目。CAへの入り具合に変化も見られるそうです。

黒木:進め方が分かるようになったので、まごつかなくなりました。以前は企業のミッションが発表されるまでは、中だるみする時期もありました。「基礎固め」をしっかり楽しくやる時間を設けたことで、逆に締まった感じがします。

あえて「ダメ出し」する理由

千葉明徳高等学校の探究学習の年間スケジュールは、2〜3ヶ月が1サイクル。4~5月は「基礎固め」の4コマ、6~7月はCAに移り、企業探究とアンケートまで進めます。9月初旬にはアイデアを初めて発表する「中間発表」があります。それまで見守ってきた先生たちですが、ここで動き始めます。

黒木:中間発表は、作ったものがガラガラと崩れるような突っ込みをあちこちから受け、そこからもう一度作り直すという場でもあります。CAの参画企業の方々や教育と探求社のコーディネーターさんも参加して批評していただきますし、私たち教員も、中間発表ではあえて「ダメ出し」するスタンスでのぞみます。

例えば、ミッションの解釈やリサーチの足りないところについて、解釈やリサーチが甘すぎないか、その解釈は誰が考えたのか、全員の総意なのか、などと指摘していきます。提案したものに対して「君はその物を買いたい?買いたくないなら、ダメだよね」と言うこともあります。

調べたことをただまとめ上げたような内容にもダメ出しします。最初の企画提案の段階で、あんなに楽しいことを考えていたはずなのに、1学期はあれだけ楽しい話をしていたのに、なぜ、こんな無難にまとめちゃったの?と。

ーーでも、生徒にしてみれば、え?と戸惑いませんか?小奇麗にまとまった、無難で、外れていないものも「いいもの」として、それまでいっぱい作ってきてますよね。「ダメ出し」されて、手堅くまとめない自分、遊べる自分、発想ナナメウエの自分と言われても、ちゃぶ台ひっくり返されたみたいで、途方に暮れる生徒も多いのでは。

黒木:ざっくり言うと、それでは意味がないからです。こんな手間暇かけて面白いことをやっているのに、何のために小奇麗にまとめようとするのか。

もちろん企画を壊されて、生徒は途方に暮れますよ。でもあえて一度そういう事態を経験して、11月の校内発表までに立て直していくプロセスを経験してほしいんです。

見守ったり、ダメ出ししたり。その中で、黒木先生が印象に残っている生徒のエピソードを教えてもらいました。

努力家で成績優秀、無口な2年生の女子生徒がチームのリーダーに。メンバーは元気でやんちゃな1年生の男子生徒たち。うまくまとめきれず、中間発表でダメ出しが相次ぎ、女子生徒はトイレで号泣。そこから立て直し、校内発表では1年生男子が雄弁に語り、2年生女子リーダーも充実の表情。企業の方からの「これは素晴らしい」という反応とともに、校内評価も17チーム中4番目の好成績に。

黒木:担任のクラスの生徒でした。彼女には試練になるのはわかっていましたが、それを経験してほしくて、あえて同じチームになってもらいました。この経験の後、ちょっと大人になって、自分の芯をしっかり持てるようになりました。

腕につけた計測器で健康状態が記録・データ化されるアプリで、健康への関心を高めようという提案で全国大会を目指していたチーム。発想や理論的裏付けといったロジックは長けている。けれど、クリエイティビティが足りない。そこでプレゼンを寸劇スタイルに切り替えた。

黒木:2年生がロジック派で、そこに若干ついていけなかった1年生が、一生懸命寸劇をやってましたね。互いが持っているものをかけ合わせたら、もっといいものが生まれた、という例です。

ちゃぶ台をひっくり返される「最高」の瞬間

最後に、探究学習で面白いと感じる瞬間を教えてもらいました。

黒木:それぞれの生徒に「この子にはこんな一面があるのか」と気づかされる瞬間が必ずあります。

勉強の苦手な子が、企画を考えるときは得意げにルンルンでやっていたり、イラストが得意な子、積極的に提案する子、発表するのが得意な子、メンバーをさりげなく後方でサポートしている副リーダーの子など、普段の授業では見えなかった生徒たちの一面が見えてきます。

ーー教科学習では見えづらい、クリエイティブな子もいますよね。

黒木:たくさんいますね。逆に、成績が良くても、意見を出したりまとめたりするのが苦手な子もいます。そうした、探究学習のような場で初めて見せる側面と、普段の授業や成績の側面と、二つの方向が見えてくる。

2年生が1年生のそうした才能を「発掘」する場面もありますし、逆に2年生が停滞してるところを1年生が切り込んでいくこともあります。

ーーお話を伺ううち、先生の期待する「面白さ」は、生徒の提案や発言、探究のプロセスが、いい意味で「予想」を裏切ってくれたときに生まれてくるのかな、と思いました。

黒木:そうですね、最後の最後に生徒にちゃぶ台をひっくり返されることほど、最高の瞬間はないですね。難産の末に出てくるものほど、尊いものはありません!


【参考】
自ら課題を発見し、その解決を探究する「ソーシャルチェンジ」のサイト
探究学習はじめの一歩!【実例】探究学習のテーマ16種
「探究学習」の最先端 教育と探求社の総合パンフレット
教員向けイベント情報


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