ブレヒト/祖国、もろもろの祖国への憎悪

 「ある一定の国に生活する必要があると、コイナさんは、思っていなかった。かれはいった。「わたしはいたるところで飢えることができます。」ところが、ある日、かれのくらしている国の敵によって占領されている町を、かれは歩いていた。そのとき、その敵国の将校とばったり出会ったところ、その将校はかれにむかい、歩道からおりろ、と強制した。コイナさんは車道におり、そして、この相手にたいして、腹を立てている自分に気づいた。それもただこの相手ばかりでなく、その所属する国家にたいして腹を立て、つまりは、その国家が地上から消えうせるがよいと、のぞんだのである。「どういうわけで」と、コイナさん、このことを問題にして、いった。「わたしはあの時、国家主義者になったのでしょうか。それはわたしが一人の国家主義者に出会ったからです。おろかしさはそれと出会う人々をおろかにします。ですから、われわれもそれを根絶しなくてはならないのです。」」(長谷川四郎訳『コイナさん談義』未来社、54頁)

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