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KOURYOU「家船」制作インタビュー

(聞き手=平間貴大)

瀬戸内国際芸術祭2019(以下瀬戸芸)(1)会場の一つである女木島は、高松港から北北東約4キロメートルに位置する瀬戸内海の島であり、おとぎ話「桃太郎」に登場する鬼ヶ島としても知られている。この女木島でKOURYOUが発表した作品が「家船」だ。

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瀬戸内国際芸術祭2019「家船」外観 撮影:齋藤葵


家族で船に住み、東アジア一帯で漁業をしながら移動生活をしていた漂海民は、瀬戸内海で「家船」と呼ばれていた。既に消滅したと言われている彼らの歴史は古く、古代から最近までその生活が確認されている。女木島の観光名所である「鬼の洞窟」は弥生時代に造られたと言われており、諸説あるが古代中国の規律を持った石切技術に類似しているという研究がある。はるか昔の漂海民が国を越え女木島で生活していたかもしれないと想像させるこれらリサーチを手がかりに、KOURYOUの作品「家船」は海沿いの空き家に船首をとりつけ、様々な土地を移動し女木島に漂着した後の家船を再現している。家船の内部は家財道具と作品が混然一体となっており、入口にある「年表」(図1)を見ると漂着前後の長い歴史が描かれている。しかし、その年表を含む観光地化の形跡は壊れて劣化しており、観客は虚実が分からないその「家船」の廃墟を見ることになる。

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図1 入口の年表 撮影:KOURYOU


「家船」の外観屋根には千木のようなものがついており、門戸には獏の絵、「おかえり」という文字が印象的な看板は鳥居のように見える。「家船」会場の直線上には女木島の住吉神社があり、年表を見ると作品造形はこの住吉神社もイメージしている事が分かる。住吉神社は航海の神を祀った神社だ。庭に置かれた石碑のようなものは玉垣(図2)で、この作品に関わった作家や島民の名前が記されている。「家船」はKOURYOUの瀬戸芸出展作品であるが、約17名の作家と島民約4名が関わって共同制作されたものだ(インタビュアーの平間貴大もその参加作家の一人である)。

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図2 庭の玉垣 撮影:齋藤葵

今回は「家船」の制作方法についてKOURYOUへインタビューを行った。

1 制作の経緯


──「家船」は古民家自体を大掛かりに改造・増築して、室内も一つ一つの作品が他の作品と重なっていたり、かなり複雑な構造をとっています。「家船」のアイディアはどのように思いついたのでしょうか。

KOURYOU:まず瀬戸芸から招待作家として選ばれたという連絡が来てから、会場が決定するまで随分時間がありました。その間瀬戸内の島々を巡ったり文献を読んだりして存在を知り、気になっていたのが「漂海民」です。私は2008年からウェブサイトゲームを作っていて、近年美術展に呼ばれるようになり、そこでサイトゲームの設計図のような絵画や模型を発表しています。2016年福島県いわき市で開催のカオス*ラウンジ新芸術祭(2)では、土地の伝承をマッピングし再構築したゲームと地図の絵(3)を、2019年のVOCA展ではその構造を発展させ、世界地図をイメージした模型をつくりました(図3)。なぜ世界地図かというと、いわきの伝承を調べていくうちに、その土地の伝説・伝承は他の土地とのつながりを理解しないと意味がなかなか解明できない事に気づいたからです。なので瀬戸内を調べていて土地を移動する民である「漂海民」やその住居である「家船」に興味を持ちました。

トリミング

図3 VOCA展2019「足もとのスピリット・デバイス(アプリ版「キツネ事件簿」開発に向けた設計図、模型)」 撮影:上野則宏


──「家船」はいわゆる「古民家を使ったインスタレーション」というものではなく、建物自体が作品化されていて、船部分の拡張も特徴的です。さらに外側に鳥居と玉垣があるように、元々の建物自体からどんどん世界観が移り変わっていきます。港から歩いてきて作品を見る時と、中に入ってから出る時で作品の印象も変わりました。

KOURYOU:家船をモチーフに作品を作るなら、家を船にして建物全体を1つの作品にしたいというアイデアはかなり早い段階でありました。宮本常一の「日本文化の形成」という本の中に「海洋民と床住居」という章があり、船住居の間取りが陸住の形をとったのが漁民の家だろう、という推察を読んでいた事や、瀬戸芸での作品制作の大きな魅力である既存のホワイトキューブを意識せずに作品が作れる環境を活かしたかったんです。元々ウェブサイトを作っているので、展示という形式にこだわりがないのもありますが、模型作品を続けて作っていたので、その方法を建物に拡大し作品と現実を入れ子状にするような表現が大きく展開できる機会だなと思いました。

2 共同制作について


2-1 ウェブサイトの制作方法と「家船」

──KOURYOUさんは普段一人で制作することの方が多いと思いますが、今回共同制作する事になった経緯と、その方法について教えてください。KOURYOUさんの普段の制作スタイルとの違いはありましたか?

KOURYOU:「普段一人で制作されている」とおっしゃいましたが、美術展で発表している絵や模型は一人で制作している一方で、平行して制作を続けているウェブサイトゲームでは日頃から多くの作家と共同制作しています。画家や小説家、ミュージシャンなどに作品データを提供してもらい、作品同士をリンクさせて1つのサイトを作る制作方法です(図4)(4)。

1.クリックスピリット2008_

図4 「クリックスピリット」(2008~)トップページ画像 ©KOURYOU


会場が女木島に決定し、古民家を使える許可が下りたのが開幕2カ月半前でした。女木島には弥生時代に造られたと言われる洞窟や古墳があり、古民家は海沿いにある漁師の住まいだった空き家で、その直線上には住吉神社、そして船体をとりつけられる大きな庭がある。ぴったりな場所なので即決しましたが、悩んだのは制作方法です。模型作品のように一人で制作するよりも、普段ウェブサイトでやっている共同制作の方法を実物の作品でやれないかなと思いました。複数の作家と制作した方が、長い時間を経ているという「家船」のコンセプトを実現できると思ったのです。ですが作家を集めたキュレーション展という形式にはしたくありませんでした。あくまで1つの「家船」にしたかった。
ただ、本物の作品を扱うのとデータを扱うのでは情報量が全く違います。それに個別の作品を提供していただくだけの方法では大がかりな「家船」は作れない。そこで作品が最も良くなる共同制作の方法はないかと考え、参考にしたのが映画制作の手法です。


2-2 参考にした制作方法


──僕も制作に参加しましたが、初めに驚いたのが参加人数の多さでした。数十名のLINEグループがありましたが、そこではスケジュールがエクセルで管理されていて、搬入の時には女木島の滞在日程まで細かく組まれていましたね。

KOUROYU:私は没頭すると全く連絡を見なくなってしまうので、エクセル管理は本当に有難かったです。春会期前はシゲル・マツモトさん、夏会期前は伊藤允彦さんが管理してくれました。
先ほど映画制作の手法を参考にしたと言いましたが、最も参考にしたのが是枝裕和監督の制作方法です。是枝監督は俳優の演技によってシナリオを作りかえる事で有名な監督ですが、インタビューなどを読み、トップダウンとボトムアップが共存する現場作りや、「組織が創造する」ではなく「創造が組織する」というあり方に関心を持ちました。それは私がリサーチしながら絵を描く時の方法に近いですし、多様な人間が暮らす事で結果的にできていったであろう漂海民の中の迷信やルールとも重なると思いました。

──実際に「家船」を見ると、誰がどの作品を作ったのか、どこまでが誰の作品なのかという境界線を引くのがとても難しいです。具体的な進め方を簡単に教えて下さい。

KOUROYU:今までの私の制作方法と同時に、「家船」には漂着前後の時間経過を作品に組み込みたいと思っていました。そこで大枠のシナリオを作り、漂着後家船に侵入してきた外部ルールをもつ何かの役として信頼する作家5名に介入してほしいと声をかけました。その後3名の作家が私のサポートを申し出てくれたのですが、全く間に合いそうになかったので、荒木佑介さん、シゲル・マツモトさんが新芸術校(5)卒業生に声をかけてくれて、最終的に計9名の方が手伝いに集まってくれました。ですが来て下さった方も全員作家だったので、単に手伝いというだけでなくシナリオや設定資料を共有し(図5)、アイデアがあれば投げてほしい、作りたい作品があれば作ってほしいと伝えて本格的な制作をスタートさせました。

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図5 参加作家と共有した設定資料の一部 ©KOURYOU

参加作家にお伝えしていたのは、私の提案を厳密に守る必要はないという事です。予想外の作品が来たらその都度設計を見直していきました。もちろん全く接点が見つけられない作品が来たらお断りしようと思っていましたが、結果的に想定していなかったものが作品全体を緻密にし、完成度を高めてくれました。はじめは関係し合わないだろうと思っていた作品同士のリンクがいくつも見えてくるようになりました。
私は制作前のリサーチを元に作ったフィクションの歴史と現地で発見した現実をつなげたり、作品同士に生じたリンクを可視化して、想定していた構造やシナリオを作りかえたりしながら「家船」を探りつつ描いていった、という感じです。


2-3 迷信による空間設計


──はじめに想定していた構造とは、どのようなものなのでしょうか?

KOUROYU:文献を調べていたら古い船住居には迷信によるルールがいくつも設定されていました。神聖なものはトリカジ(進行方向に対し左側)からミヨシ(船首)へ、不浄なものはオモカジ(進行方向に対し右側)からトモ(船尾)へなど空間設計が迷信で決まっている。漂流している怪我人は聖なる存在なのでトリカジから入れないといけないが、死体は不浄なのでトモから流す。また、海神は女なので、ミヨシである船の先端には女神が嫌いそうな風呂に入らない汚れた男がいないといけない、など色々面白いです。(図6)(図7)
そういった迷信による空間設計と、私が今まで模型で探っていた世界構造を重ねた作りを想定していましたが、女木島の「家船」は漂着後長い時間を経ているので外部のルールを持つものがいくつも介入している。なので明確な完成図に向かって作業をこなす制作ではなく、はじめの構造を念頭におきつつ探りながら作っていきました。

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図6 迷信を記した看板(瀬戸芸の看板デザインを想起させる) 撮影:齋藤葵

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図7 汚れた男をイメージした造形(作・村上直帆) 撮影:齋藤葵


2-4 贈与での成立


──作家として「作品」を作っている方もいれば、すごい能力でサポートにまわっている方もいて、関わったみなさんがそれぞれ色々な動きをされていましたね。

KOUROYU:現場が離島なので大変なことの連続でしたが、特に新芸術校1期卒業生は作家でありつつ各々普段の生活で仕事にされている能力があり、それをフル活用してくれました。これだけ大がかりなものになると全員が純粋に「自分の作品を作る個別の作家」として集うだけでは形にならなくて、皆さん様々にサポートしてくれました。ですが業者的な補助では決してなく、独自の解釈から「家船」にアイデアを持ち込んでくれました。それがなければ形にならなかった部分が多いです。皆さん表に見える見えないに関係なく、1つの良い作品を作ろうと仕事をしてくれて、誰が欠けても出来上がらなかっただろう作品になりました。各作家間でのサポートも沢山あった事を聞いています。
ただ「家船」はこのようなプロセスを一番に重視したプロセスアート(6)の作品ではありません。あくまで「良い作品をつくる」ことを最優先にしていました。私がダメ出しする事も、意見を戦わせる事もありました。プロセスを考え、意識していたのは良い作品をつくるためです。「家船」は「家」なので外から見ると非合理に思えるかもしれない美意識が支配する空間です。そこで作家の信念が決定的に違えば家出があってもむしろ健全だと思っていました。
観客がいる時制設定は未来なので、このようなプロセス開示はする必要がないのですが、会期中に制作過程をお話するトークイベントを開いていただき、それを公開したり(図8)(7)、KOURYOUのキュレーション展覧会だと誤解された意見も耳にするので、今回インタビューをしていただこうと思いました。

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図8 トークイベント「家船の可能性を巡って」にて公開した画像 ©KOURYOU

3 各作家の仕事

──関わった作家の仕事をもう少し具体的に教えてください。

KOURYOU:全てを説明すると長くなりすぎるので割愛せざるをえませんが、複数の作家の仕事が複雑に絡んでいる作品もあれば、自立した個人の作品もあります。ここでは簡単にご紹介しますが、いずれ正式にまとめたいと思っています。
外部として介入してほしいと声をかけた作家は、皆さん私が想定し得なかったものを持ち込んでくれました。高橋永二郎さんはロボットなど精密な機械装置を、小宮麻吏奈さんは龍のタトゥーが入った奇妙な植物と内部にはりめぐらされた造草、福士千裕さんは手仕事でドットを正確に切り抜いた子供の霊のシール、坂本夏子さんはご自身の身体フォルムを形取った銅版絵画、井戸博章さんは波と宇賀神とディズニーキャラクターのミッキー・ミニーを合体させたような狛犬を制作されました。
リサーチリーダーをお任せした荒木佑介さんは、複数の神が横に長く連なる本島の漁師の神棚を発見された事から、手伝いとして動いていた作家達に各神様の制作を割り当てた神棚作品を制作されました(図9)。その中でアイデアマンの平間さんが捻った神様を制作されたので、全体がグッと複雑になったと思います。柳本悠花さんは長期間制作を共にしてくれて、布団やヤシの木など自分の作品以外にも私の即興アイデアをたくさん形にしてくれましたし、逆に伊藤允彦さんは客観的に「家船」を見て足りないと思う部分のアイデアを私に投げかけ、制作を促してくれました。入口の年表がその一つです(図1)。村上直帆さんは実現が一番難しかった外観の船を凄い技術力で制作され、他にも入口の鈴や千羽鶴などを持ち込んでくれました。弓塲勇作さんは制作中に島民を巻き込み、技術者や絵描き、陶芸家など実は作家が多い女木島のご近所の方が家船に作品を持ち込んでくれました。「家船」は地域活性化のために作った作品ではないのですが、島民の技術的サポートがないと成し得なかった事が多くあります。シゲル・マツモトさんは各作家のスケジュールや経費管理を担当して下さり、みんなの相談役でした。山本和幸さんは私の提案よりはるかに大きい紫雲丸を制作され(図9)、家の中を海中と見立てる事も出来るような作品や、水虎、エビス様を制作されました。

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図9 「家船」内部の一部。左奥にある船が紫雲丸、その右手に神棚 撮影:齋藤葵

4 「家船」のこれから

──最後にこの作品の制作を振り返って感想などあれば教えてください。

KOURYOU:共同制作のプランを立ててから、KOURYOUではなくグループ名や連名の作品にした方がいいんじゃないかと瀬戸芸側と相談しましたが、KOURYOU名義は外せないと言われ、皆さんにはそれを伝えていました。総体としてKOURYOU作品となってしまう暴力を承知の上で、損得を超え一緒に仕事をしてくれた皆さんにとても感謝しています。私自身もとても学びが多い共同制作でした。参加された方にとって、少しでも意味のある事になっていれば嬉しいです。
「家船」について、もちろん問題や反省点は多々あります。でも今回の作品に私は今までと違う手ごたえを感じていて、問題点をじっくり検討しつつ、今後新たな展開ができたらいいなと思っています。

(1)2010年からトリエンナーレ形式で開催されている瀬戸内国際芸術祭は今年で4回目を迎えた。瀬戸内国際芸術祭2019は会期が春、夏、秋の3シーズンに分けられていて、春が2019年4月26日から5月26日の31日間、夏が2019年7月19日から8月25日の38日間、秋が2019年9月28日から11月4日の38日間の開催となった。1シーズンのみの開催地を含めると12の島々と2箇所の港で様々な作家やグループが作品を展開した。 https://setouchi-artfest.jp/

(2)カオス*ラウンジ新芸術祭2016 市街劇「地獄の門」 http://chaosxlounge.com/tgoh/

(3)
・いわき伝説ノート キツネ事件簿
http://iwakitsune.com/
・KOURYOU 個展『Memex -キツネの部屋-』
http://chaosxlounge.com/wp/archives/2010

(4)
・クリックスピリット http://www.kurisupi.com/
・パープルームHP http://www.parplume.jp/

(5)新芸術校 https://school.genron.co.jp/gcls/

(6)プロセス・アート(artscape Artwords)
https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88

(7)家船の可能性を巡って KOURYOU(アーティスト)×陸奥賢(死生観光家コモンズデザイナー)×岸井大輔(劇作家)2019年10月28日 古本YOMS 
主催:岸井大輔
https://www.facebook.com/events/683596958816664/

参考文献
羽原又吉 『漂海民』 岩波新書 1963
臼井洋輔 『女木島(鬼ヶ島)洞窟の石切技法と年代考察』 文化財情報学研究 第10号 2013
中村照夫、可児弘明 『船に住む漁民たち』ビジュアルブック水辺の生活誌 1995
宮本常一『日本文化の形成』講談社学術文庫 2005

「レビューとレポート」 第7号 2019年12月
(パワードbyみそにこみおでん)


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