文化人類学的マーケティングって何?

博学の畏友に、ZOOM呑み会で連日呑んだくれている話をすると、「それはサイバーエスノグラフィーの対象になる」と言われた。

“サイバー”は良いとして、“エ・ス・ノ・グ・ラ・フィー”って一体なんじゃいな???

まずは、原語を確認しなければ。こういう時にはWIKIPEDIAが一番手っ取り早い。すぐに、それが「民族誌(ethnography)」だとわかった。

“フィールドワークに基づいて人間社会の現象の質的説明を表現する記述の一種”・・・うーん、およそ“サイバー”と結びつかない。

読み進むと、文化人類学・民族学に止まらず、どうやらGAFA系の方々が消費動向分析の手法として用いているらしい。

これはきっと日本の意識高い系のみなさんもお使いではないかとGOOGLE検索すると、案の定マーケティングに応用されていて、商売になっているではないか!

あの電通も・・・
https://www.dm-insight.jp/service/offline_research/ethno.html

さらに驚いたのは、人事管理などにまで応用されている。

https://www.kaonavi.jp/dictionary/ethnography/

つまりこういうことだ。

文化人類学・民族学で、研究対象の民族や種族のことを知るために、その社会、共同体の中に入り込んで生活する(フィールドワーク)ように、

家庭や個人の生活の中に入り込んで(モニタリング)して、生活・消費実態を調べる。

そして、消費者をプロファイリングして、属性ごとの消費動向・消費志向を整理する。

なるほど、そういうことか。ethnographyという言葉で整理されていたかどうかは知らないが、かなり以前より行われていた手法だ。

企業の海外進出支援業務に従事していたころ、所得水準が向上する中国や東南アジア諸国の市場を開拓する、花王とかライオンのようなトイレタリー製品を扱う企業が、実際の家庭をモニタリングする状況を見た覚えがある。

自分自身も、委託を受けて、アンケート調査を行ったことがある。

アンケート調査で最も重要で負担が重いのは質問の設計で、これを誤ると、いくらサンプル数が多くても、有意な結果は得られず、流した汗と金は完全に水泡に帰する。

アンケート調査の目的は、回答者の属性を整理して(プロファイリングして)、属性ごとの動向を知ることにこそあるので、属性部分の質問設計が最も苦労するのだ。

それでは、ことさらに「サイバーエスノグラフィーを導入した」と称するマーケティングとは一体どういうことなんだろう???

20年近く前から、既にインターネット経由のアンケート調査は主流となっており、ことさら新しい手法とは思えないし、質問票設計に頭を絞らなければならないことに変わりはないはずだ。

ネットを探っていると、文化人類学者の立教大学社会学部木村忠正教授による《「ネット世論」研究から見る「ハイブリッド・エスノグラフィー」の必要性》(*)という論文が、わかりやすく説明してくれていた。
(*)https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/93/0/93_43/_pdf/-char/ja

以下上記論文から引用すると・・・

アナログ世界でのエスノグラフィー調査において,調査者は,協力者の了解を得て,同時・同所的に接する(観察,聞き取り,話し合い,参加,行動など)ことが必然であり,「干渉的(obtrusive)=反応的(reactive)」とならざるをえない。反応型=干渉型調査では,調査対象者の行動,態度,発話に,意識,無意識を問わずバイアスが生じるが,エスノグラフィー調査では,参与観察にもとづく双方向的調査者―協力者関係により,反応性を無効にしようとする。つまり,相互に相手の存在を認識し,活動を積み重ねることにより,協力者が調査者を日常生活の一部として受け入れ,自己開示する関係形成が志向される。そして,協力者の了解,信頼の醸成にもとづいた,同時・同所の長期的参与観察が,密度の高い質的調査へと結実することが目指される。
しかし,デジタル世界において,「フィールド」は,同時性,同所性の制約から解放される。調査者は,協力者と同時・同所である必要はなく,多時・多所的,異時・異所的に関わることができる。しかも,調査者と協力者とは相互に非対称的な関係を取り結びうる。つまり,調査者は,必ずしも協力者に知られることなく,協力者の残す多様な痕跡にアクセスし,量的,質的に掘り下げることができる。他方,協力者も,デジタル世界の記号として,調査者に捕捉されたとしても,アナログ世界のアイデンティティは秘匿しておくことができる。つまり,ソーシャルデータであれば,個々のアカウントのきめ細かい行動,態度,発話を,場所・時間を共有せず,非干渉的=非反応的に観察することが可能であり,参与観察に縛られない,非反応型(nonreactive)=非干渉型(unobtrusive)エスノグラフィー方法論の可能性が大きく拓けているのである。もちろん,それに伴い,研究倫理の問題もまた生じるが,人類学的フィールドワーク=参与観察=同時・同所的という等式はアナログ世界だからであり,デジタル世界では所与のものではない。

・・・なるほど!

要すれば、これまで実際の家庭を訪問しなければ実現しなかった作業が、サイバー空間上で相手に知られることもなく、時間を選ばず、どこへでも行って行えるということか!

確かに、家庭訪問では、いくら訪問頻度を増加させたとしても採集できる情報には限界がある。そもそも訪問の了解を得るのが難しい。早朝・深夜の訪問は基本的に嫌がられるだろうし、便所や浴室内での行動を覗き込むこともできないだろう。

また、質問票を作らなくても、サイバー空間に既に情報が溢れているのであって、力点がおかれるのは、その取り込みと分析、となるのだろう。Data Scientistが重要である理由が今更ながら理解できる。

PIVOTでCross Referenceやって大喜びしていた時代は、原始時代だ・・・

・・・と、感心したまでは良いが、「ZOOM呑み会はサイバーエスノグラフィーの対象」という畏友の発言の意味は、やっぱり今一つよくわからないままである。

ところで、現代中国語で日本語の「アンケート」を「問巻」という。古代からの背景があるのかと思い、複数の漢和辞典を調べたが、記載はなかった。おそらくはquestionnaireからの訳出 (問い調べる答案) であろう。

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