髄の年輪のモノローグ 第14回 pre-school『this album』

 義務教育は国と保護者の義務なので、小学校も中学校も(私立や一部例外を除いては)あっさり入れるけれど、高校は選んで受験して合格しなければ入れない。義務教育期間をごくごく普通の公立の小中学校で過ごしてきた世間の大多数の人にとって、高校受験がはじめての「その後を左右する受験」になる。私もそうだった。
 自分の学力と相談して、とある都立の高校を受けることにした。先に滑り止めの私立の試験があって、受かってはいたけれど、そこには行きたくなかったので、私なりにがんばって勉強した。そして、都立高に合格できた。教科によって出来不出来に極端なバラつきがあるので、どうなるかと思ったけれど、我ながら上手くやれたのではないかと思う。

 高校受験が終わってから、実際に高校に入るまでの間の、余白のような時間。その最中にpre-schoolのアルバムがリリースされた。タイトルは『this album』。直訳すると「このアルバム」。前作は無題だった。相変わらず、皮肉っぽいというか、斜に構えているというか。
 けれど。この「このアルバム」での彼らは、今までとは明らかに違う。
 この変化は、事前にリリースされた3枚のシングルからも存分に滲み出てはいた。真夏に発表された『depends』は初の(そして通常の流通経路に通したものとしては最後の)バラード曲を表題曲としたシングルだった。バラード曲やスローテンポな曲自体は前々からバンドのレパートリーに存在しており、前作アルバムにも前々作にも収録されていた。けれど、この曲ほどに深く力強いそれはなかった。
 年末に発表された『NO TUESDAY』の表題曲は以前からの彼らの流れを汲む元気の良い曲で、実際にライブでも盛り上がっていたけれど、変化を感じたのはそれではなく3曲目に収録されている『THE WORLD MOST DAMN YEAH』だった。全ての楽器が爆ぜるようなサビに、奥行きがグッと増して黒い宇宙に吸い込まれていきそうな音作り。バンドとしてのモードが変わってきたような、そんな肌触りがした。
 そして、アルバムリリース直前の先行シングル『temple at the back』。ファッションショーを模したMVからして異質で、彼らが新しいフェイズに入ったという確信を得た。果たしてアルバムはどうなっているのか。全く読めないし、読もうとすることすら無謀だと悟った。

 『this album』。そこには澄んだ音のカオスがあった。
 このアルバムからPro Toolsが使われるようになり、つまりデジタルレコーディングになったのだという。そのためか、ノイズが少なく、音の空間が桁違いに広くなった。
 そして、収録されている楽曲はといえば……上記のシングル3枚の表題曲の他に、スローテンポでねっとりとした曲、発狂したような速さで駆け抜けるトリッキーな曲、へっぽこリコーダーを大々的にフィーチャーしたインスト、長尺で淡々とした脳が溶けそうな曲……。
 前作や前々作のような爆走ギターロックを求めていた人は驚いたのではないだろうか。私も驚いた。捻くれっぷりにも程がある。このアイデアはどの引き出しから出てきたのだろうか。畏れ入る。けれど、このアルバム、やたらと癖になる。よく言う「スルメ」という概念とはまた少し違う。「珍味」のほうが近いと思う。おっかなびっくり食べたら、今まで食べたことのない味がして、でも美味しかったので、リピートするようになった、みたいな。
 そんな珍味にすっかり魅入ったうちのひとりが私だ。中学生と高校生の間の空白でどっぷりと浸かってしまい、美味しさに感嘆しながら高校の入学式に出席して、そのままずるずると今に至っている。彼らのアルバムでいちばん好きなものを挙げろと言われたら、迷わず『this album』にする。
 バンドとしても、このアルバムは転機だったのだと思われる。性急で切羽詰まった感じがだいぶ薄まり、遊べる余裕が出てきたように見えた。彼らはこの後さらにいくつかの大きなターニングポイントを経て、2003年11月1日を迎えることになる。

 ところで、今の時代にこそ、彼らのように天邪鬼で毒々しいほどにポップなバンドが必要なんじゃないかと思う。中毒になることで、元気になれるから。元気になれば、それだけ前向きに力強く過ごせるから。昔から「病は気から」と言うので、わりと馬鹿にならないと思う。しかし、見渡す限り、そういうタイプのバンドは今はあまりいない。ならばとpre-schoolを周りに聴いてほしくても、とっくに活動休止しているし、CDは廃盤だし、配信もない。せめてサブスクはどうにかならないだろうか……。


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掲載日:2020年3月1日
発売日:2000年3月23日
(19年11ヶ月7日前)
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髄の年輪のモノローグ 目次:
https://note.mu/qeeree/n/n0d0ad25d0ab4

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