髄の年輪のモノローグ 第1回 pre-school『peace pact』

 (現時点での)私の人生最悪の時は、間違いなく小学生の頃である、と胸を張って言い切れる。新聞沙汰になったわけではないけれど、かといって幸せな家庭というわけでもなく、超大作映画は無理でもドラマにならなり得るかもしれない、そんな状況を生きていた。
 中学生になったところで、さして変わるわけでもない。入学式の朝、脳裏には「無事に義務教育を終えられる気がしない」とアラートが響いていた。住所の上では東京都内だとはいえ、実際には東京らしさは微塵もない、西多摩の奥の山と川のほとり。閉鎖的な町で、図書館や深夜のテレビ番組やアニメに逃げながら、辛うじて生きていた。

 忘れもしない、中学1年生の1学期が終わろうとしていた、1997年7月14日の夜。私はいつものように、自室のテレビで深夜番組を見ていた。とはいえ、特に目当ての番組があるわけでもなく、ただ流していただけだった。その瞬間までは。
 番組が終わり、また次の番組がはじまったその時、聞こえてきたオープニング曲に耳がいき、そのまま離れなくなった。なんだこれは。こんな音楽があるのか。元々音楽そのものはわりと好きで、それまでもいわゆるJ-POPを聴いてはいたけれど、こんなに強烈な音楽が、こんなに鮮烈な世界があるだなんて、知らなかった。電流が全身を貫いたかのような衝撃と興奮を覚えた。
 流れていたMVらしき映像にも目が止まった。ゴールデンタイムの音楽番組に出ている人たちのようなステージ衣装は着ておらず、ラフな服装のままで、ごくごく普通な、しかし魅力的な若いお兄さんたちとお姉さんが映っている。瞬く間に虜になった。
 番組の冒頭、わずか1分くらいしか流れていなかったはずだが、その1分ほどが私の人生を変えた。
 その番組はTOWER COUNTDOWNといい、1997年7月のOP曲はpre-schoolというバンドの1stシングルで、『Spunky Josh』という曲だった。
 環境に押し込められ、内に籠らざるを得なかった意識が、一気に外に向いた。もっと知りたい。もっと聴きたい。もっとこの世界を見たい。そうして私は音楽にのめり込んでいった。

 半年後。周囲は変わらなかったが、私は変わった。自分でもわかるほど明るくなった。義務教育を無事に終えられる未来が見えていた。
 pre-schoolの1stアルバムが出ると聞き、地元のCDショップで生まれてはじめての予約をし、発売日にお小遣いを握りしめて引き取りに行った。アルバムのタイトルは『peace pact』。平和条約。完全なる偶然ではあるが、私が置かれていた環境を考えるに、出来過ぎなほどに似合う題名だった。

 pre-schoolは、ものすごく変なバンドだった。
 1997年とその前後は日本のロックの大豊作期で、その頃にデビューしたバンドやリリースされた作品には良いものが多い(当時デビュー組で現役なのがGRAPEVINEとTRICERATOPS)。その最中、贅沢な話とはいえ「良いもの同士で埋まってしまう」という危惧すらあった時期にありながら、埋もれるどころか別の場所から飄々とそれを見ているような、そんなバンドだった。
 たしかに、ほぼ全曲英語詞という時点で異端ではあった。しかし、もっと根本的な部分からして、彼らは“浮いた”存在だった。
 ポップすぎるくらいポップなメロディを、10代後半の男子のように直球かつ少しだけ可愛げのある歌声で高らかに歌い上げて、アレンジはギターロックとパワーポップの合いの子にシンセという名のスパイスを振りかけたような感じ。それだけならばよくある話なのだが、彼らの場合はそこにさらにシュガーコーティングされた劇薬をたっぷり添えている。よくよく聴くとかなり奇妙な構成の曲の数々、ボーカル・大和田氏の孤高の佇まい、そして、ブックレットを読んではじめて気付く、かなり強烈な皮肉や哲学の根本のようなフレーズが並んだ歌詞。熱くなりがちなロックバンド界隈に居ながらにして、かなり冷めた視線を持つバンドだった。ちなみに、その冷め具合はこの次のアルバムで如実に音に出ることになる。

 pre-schoolは依存性の高い遅効性の猛毒を持つバンドだった。一度耳に入れてしまったが最後、数時間後には効いてきて、ずっと聴きたくなってたまらなくなる、そんなバンドだった。
 シングルA面曲なのにどこがサビかよくわからないまま猛ダッシュで曲が終わるという斬新な『MANHOOD-MAN』からはじまり、キツすぎるほどにポップなジェットコースターに乗っているような13曲43分。3曲くらい聴いた頃にはすっかり毒が回り、聴けば聴くほど染み込んで取れなくなる。甘いだけでも、かっこいいだけでも、面白いだけでもダメで、効かなさすぎず効きすぎない毒の盛りかたが肝心なのだと、私は彼らに教わった。私が彼ら以降に好きになったミュージシャンが全員毒持ちなのは言うまでもない。

 pre-schoolのおかげで全てを取り戻した私は、その後無事に高校に、さらに高校から大学に進学し、活動休止するその日まで彼らを追いかけ続けたわけだが、それはまた別の話。
 音楽では世界を直接救うことはできないかもしれないが、人ひとりを救うことはできた、という例としての平和条約。


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掲載日:2019年9月1日
発売日:1998年1月21日
(21年7ヶ月11日前)
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https://music.apple.com/jp/album/peace-pact/373229813
(※アーティスト名は全て小文字でハイフン入りの「pre-school」が正式表記)

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髄の年輪のモノローグ 目次:
https://note.mu/qeeree/n/n0d0ad25d0ab4

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