【試し読み用】六月二日、昼

 「この前のあれの続報ですね。北通りの乱射事件」
 いつものように一面記事について問われたサイモンは、淡々とそう答えた。
 「ああ、あれね。どうなったの?」
 「亡くなった人が不正な政治献金をしていた疑いがあるとかなんとか……あとは昨日と同じようなことしか書いてないですね」
 「はぁー、悪さしてたから殺されちゃったのかねぇ?」
 「どうなんでしょうね」
 「ま、何にせよ、悪いことはしないのが一番だねぇ。ははは」
 そう言いつつロッカールームに向かう館長を苦笑しながら見送ると、それを追うように入口側から声がかかった。
 「おはよー」
 「おー、シンディ、おはよう」
 「ねぇ、この前あんたが言ってたあの本、なんだっけ」
 「どれ?」
 「あれ、あの、ほら、歴史みたいな……」
 「……あー、あれか」
 「そう! 多分それ! まだあるかなぁ」
 「あるんじゃない? 上の部屋にあるやつだし」
 「今更だけどちょっと読みたくなってきちゃったのよね……でもタイトル忘れちゃって」
 「『古代英語は如何にして進化を遂げたか』」
 「あ、ちょ、ちょっと待ってメモするから!」
 「いや、なんなら後で取ってくるよ?」
 「え、ほんと?」
 「うん。俺、明後日から何日か休むからさ、今日渡しちゃったほうが何かといいでしょ」
 「あ、そうなんだ。じゃあ申し訳ないけどそれでお願い!」
 「はいよー」
 ここは図書館であり、彼らはその職員であり、各々が本に関する豊富な知識を持っているが、一口に〈本に詳しい〉と言っても様々なパターンがあるようだ。シンディは国内文学を好む偏食の本の虫で、その一点に於いては大変に詳しいが、他の分類には疎い。サイモンは浅く広く読む雑食の本の虫で、それぞれの分類で導入程度の説明をすることはできるが、深くは踏み込まないため専門的な知識はあまりない。職員達は互いの得手不得手を把握しており、それを活用することで日々の仕事を上手く回している。
 「そういえば、あのシリーズの新しいのは?」
 「あー、あれね。残念だけど、まだ予告すら出てないわよ」
 「えー。俺もう二年ぐらい待ってる気がするんだけど」
 「あの作家、書くのすっごい遅いのよ。でも出たら出たで間違いなく面白いから文句言えなくなっちゃうのよね」
 「っつっても、あんな中途半端なところで終わっといてなぁ……」
 「まあ、あと三年も待てば出るんじゃない?」
 「三年経ったら俺もう三十過ぎなんだけど……」
 「やだぁ、そういうこと言わないでよー!」
 「あっはは、三年くらいじゃお互い全然変わんないだろうから大丈夫でしょ!」
 眼鏡の向こう側から太陽のような目を覗かせ、彼は明るく笑い飛ばした。

 「あれ、そういえばゾーイは……」
 「いつも通りの時間に来るんじゃない?」
 「だろうね……」

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