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1227「燻製と私」

お休みに入った、とか言っておきつつ、仕事が全く無いわけではなくて、一応立場上企業の社長だったりもするし、月末の支払いとかそういうのはいろいろあるし、周囲では公開案件なんかもあって、Slackはまだまだ喧しい。

さて、今年になってからはさすがにそうでもないが、昨年の私といえば、この記事をたくさん読んで頂いたおかげで、どこに行っても誰と会っても「真っ先にコロナにかかった清水」という枕詞で呼ばれてしまうような状況だった。

実際あれはきつかった。私は恐らく今で言うところの、中等症の重症化手前くらいまで悪化したのだと思われるのだが(全然呼吸できなくなったし)、症状が苦しいだけではなく、情報がなさすぎて、自分が回復に向かっているのか、大げさな話ではなく「死」に向かっているのかわからないという先行きが見えない不安の中で症状に耐えないといけないのが何よりしんどかった。

で、この記事にも書いたのだが、当時は「匂いと味がしなくなる」という、今では新型コロナウィルスの象徴的な症状とされる現象が確認され始めたくらいの頃だった。私も例外ではなく、鼻が詰まっているわけでもないのに匂いが全然しない、という状態に陥って「なんだこりゃ」と思ったものだった。

そのとき実感した重要なことがある。ちまたでは、この症状、「匂いと味がしなくなる」ものであると言われているが、正確には「匂いがしなくなる」だけだと思っている。なぜかというと、味噌汁を飲んでも「しょっぱい」というのは感じたからだ。しかし、それは非常に単純化されたしょっぱさで、「味」としては塩水を飲んでいるのと変わらないものだった。甘さも然り、「甘い」という感覚はあるが、ただ甘いだけ。で、嗅覚が回復すると同時に、味噌汁を、味気ない塩水から味噌汁として味わうことができるようになった。

これが何を意味するのかというと、普段私たちが「味」として認識しているものの結構な部分は「香り」で構成されているということだ。味噌汁を味噌汁たらしめているのは、塩分ではなくて、おそらくは味噌の香りだ。

匂いがない世界では、恐らく世の中の食べ物は、しょっぱいものと甘いものと苦いものと酸っぱいものくらいにしか分別できなくなるはずで、バナナを食っても大福を食ってもパンナコッタを食っても、全部同じ味しかしないはずで、食文化もへったくれもなくなってしまう。

その体験もあって、食べ物の「香り」に敏感というか、意識が行くようになった。

そこで、昨年日本に一時帰国したときに始めた趣味が、燻製だ。

燻製といえば、おじさんの趣味としては一つのステレオタイプだろう。この記事にある「おじさんの進化図」の中でも、初期の進化形態として「スモークおじさん」というのがある。この図によると、私はこの後真空調理を始めることになるのか。

画像は下の記事から拝借しました

もともと燻製には興味があったが、妻から、「チップが床に散らかっている状況が目に浮かぶから、絶対に家で燻製始めないで欲しい。家で燻製したら離婚。」と強く言われていたので始められないでいた。

しかし、一昨年入居した会社のオフィスビルの屋上は、周囲に他の建物もあんまり無くって、「燻製してください」と言わんばかりの燻製オプティマイズド環境だったので、帰国するや否や、燻製ツールを買い込んで、毎日のように屋上で燻製し続ける日々が始まった。

いろんな食べ物に煙を浴びせて香りをつける、そうすると全然違う味に進化したりする、「香り」によるドラスティックな味変を楽しむ文化、それが燻製だ。上述の通り、「味」の大部分は「香り」でできているので、煙によって食べ物の香りを変化させると本当に味が全然変わる。信じられないほどおいしくなる場合がある。いろんな食べ物が「ネクストレベル」に進化すると言っても過言ではない。たとえば、後述する冷凍餃子の燻製などは、「これが2030年代の餃子か」と膝を叩いて叫んでしまうほど進化する。ハマチがブリに出世するとか、ピカチュウがライチュウに進化するとか、そんなレベルではない。

完全に燻製にはまった私は、一時期は、打ち合わせがだいたいオンラインであるのを良いことに、オフィスの屋上で打ち合わせをしつつ、合間に燻製をする、という生活になっていた(今はそこまではやってないが)。打ち合わせ中に「なんでトング持ってるんですか?」と聞かれることもしばしばだった。

それ以上に特にありがたいことは書けるものではなくて、「燻製超楽しい」というそれだけではあるが、この1年半くらい、多くのバリエーションを試してきた中で、進化のレベルがすごいもの、微妙だけど違う食べ物に変化したもの、絶望的に失敗したもの、等々いろいろと思い出深い燻製があったので、いくつか紹介してこの記事を終えたいと思う。

紹介する中には、燻製の教科書とかに載っているものもあるが、あんまり知られていなくって、振る舞うと驚かれるものは折角なので紹介する。

マカダミアナッツ

ナッツ系はまず失敗することはないが、進化度が弱い傾向がある。たとえば燻製アーモンドなんかは、まあおいしいんだけど、革命的な感じではない。その中で、革命的に進化するナッツといえばマカダミアナッツで、「あれ、自分はこのために生まれてきたのかな」と思わせるほどの影響力がある。
私は、セブンイレブンに売ってるやつをヒッコリーで12-3分くらいで熱燻している。

ラーメン用の味付け玉子の汁+うずらの卵

燻製卵というのはメジャーすぎるほどにメジャーな燻製食材だが、燻したてのものはちまたの既製品の燻製卵とは結構違ったりする。で、通常、茹でたり、燻製用のソミュール液というのをつくって漬けたりと、ちょこちょこ手間がかかるのだが、私はいつも、スーパーで売ってるラーメン用の半熟味付け卵でやってしまう。ちゃんと半熟状態を維持したまま燻製にできるので、いつもの燻製卵と違う何かになる。味付け卵の汁をジップロックに入れてうずらの卵の水煮を漬けると、わざわざソミュール液で仕込まなくても燻製readyな状態に持っていくことができて一石二鳥だ。

うずらの写真しかなかった

豚バラ

皮がついている豚バラブロックを買ってきて皮をすいて細切れにする。それにクレイジーソルトをちょっと振りかけてブナで15分程度燻す。ほとんど脂身で構成されている濃厚な、「未来のサムギョプサル」みたいなものができる。脂がめっちゃ出てチップにかかっちゃったりするので、わりと厚めにアルミホイルを入れておくのがコツ。

冷凍餃子

これは燻製の教科書にはよく載っている食材だが、これは振る舞うと驚かれることが多いので書いておく。私の知る限り、燻製することで最もドラスティックに変化する食材であるといえる。冷凍したまんまの状態の餃子を30分くらい乾かしてヒッコリーとかで燻す。そのへんで売っている普通の冷凍ギョーザで問題ない。そうしてできたものはもはや餃子とか餃子じゃないとかそういうレベルではなくて、なんていうかもう、「Z世代」だ。

マシュマロ

マシュマロを燻製(熱燻)すると、えらいことになる。まず、めっちゃ膨らんで爆発気味になる。で、アルミホイルにこびりつく。そこに煙の香りがつくのだが、苦味とかが入って、まずくなる、と思いきや、ある種の「大人の味」というか、違うお菓子になる。アルミホイルにひっついたマシュマロをひっぺがしながら食う。たぶんこれは、もっと低温で燻製すると違うものになるはず。

舞茸

絶対に燻製しないほうが良い食材。燻製は、食材の味を劇的に変化させるが、舞茸に関しては完全に思ってたんと違う方向にギアが入ってしまう。つまり、悪い方向に劇的進化をしてしまう。一言で表現するならば、「エビル」。酔っ払って買ってきた舞茸を燻して、その場にいた人たちに振る舞ったが、数分後にみんな帰った。

うまい棒

味によってかなり進化する。味によっては結構つらくなる。コーンポタージュ味とチーズ味は、間違いなく「ネクストうまい棒」になるが、たこ焼味などの酸味が入っている系は「まずい棒」になる。そして何より、うまい棒は燻しすぎると炭化してただの黒い棒になる。5分くらいで良い気がする。

うまく行った場合
炭化してしまった。こうなるともう、まずい棒。

燻製というのは食材とチップ、燻煙方法の違いにより無限の可能性がある。何より、おいしくするのもまずくするのも自己責任な、実験精神に溢れた自由な世界で、燻製警察みたいな人もいないので、とてもウェルビーイングな世界だ。この冬はひどく寒いらしいが、カセットコンロ使うしそこそこ暖かいので、みんな燻製すると良いと思う。

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