お金を想起させるものに取り囲まれていると…

レイチェルさん企画「株クラAdvent Calendar 2021」にお声がけいただき、参加することになりました。株クラの25人がそれぞれ文章を書き綴るという企画で、私は6日目ということで、本日。

何について書こうかなぁと思っていたんですが、、、先日、ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」という本を再読し、以前読んだ際には特に印象に残っていなかった「お金」に関する話が再読の際に印象に残ったので、今回はそれをご紹介したいと思います。

ダニエル・カーネマンとプロスペクト理論

ご存知の方も多いと思いますが、著者のダニエル・カーネマンは行動経済学・プロスペクト理論で2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者です。

「プロスペクト理論」もTwitterでもよく目にするのでご存知の方も多いと思いますが(知ってる方は読み飛ばしていただいていいですが)、以下のグラフで説明されます。

出典:Wikipedia

グラフを見ると、0付近では、損失(Losses)の傾きの方が、利益(Gains)の傾きよりも急になっています。

つまり、損失(Losses)を出した時の苦痛(マイナスのvalue)の方が、同じ額の利益(Gains)が出た時の喜び(プラスのvalue)よりも大きいということです。(例えば、5万円の損失を出した時の苦痛の方が、同じ額の5万円の利益を出した時の喜びよりも大きく感じるなど。)

これにより、できるだけ損を回避しようとする「損失回避性」というものがが生まれてしまい、例えば、投資において損を確定する行為(損切り)がなかなかできなくなってしまうなどが起こります。

また、グラフから利益や損失の金額が大きくなればなるほど、満足や苦痛といった感覚が逓減していくことも読み取れます(これを「感応度逓減性」と言う)。

損失が拡大していくと次第に鈍感になってしまうことで、大きな含み損をそのままにしたり、無茶な勝負に出たりということもこの「感応度逓減性」により説明できます。

様々なバイアス

「プロスペクト理論」以外にも、例えば以下のような投資にも関連するバイアス・効果や、ビジネス・実生活にも影響するであろうバイアス・効果についても書かれており、投資家やビジネスマンは一度は読むべき名著だと思います(以下は抜粋で、記載したもの以外も多数あり)。

  • 後知恵バイアス

  • 結果バイアス

  • 妥当性の錯覚・スキルの錯覚

  • 確証バイアス

  • ハロー効果

  • アンカリング効果

  • 平均への回帰

  • 保有効果

  • サンクコストの錯誤

  • 感応度逓減

大きな下落・上昇があった際の翌日のTwitterでは「後知恵バイアス」のかかったツイートが多数見られますし、特定の銘柄に対し「結果バイアス」や「確証バイアス」「保有効果」などのバイアスがかかったであろうツイートもよく目にします。

その他にも、以下のような株式に関する話についても出てきます。

  • 株式公開直後の株価は発音しやすいティッカーの企業の方が値上がりしやすい

  • スラスラ発音できる名前の会社は利益率が高い

  • 個人投資家が売った株と買った株のその後の株価を追跡調査すると、売った株の方が3.2%も値上がりした(しかも手数料を除く)

  • 取引回数が少ない投資家ほど儲けが大きい

  • 個人投資家はニュースに出てきた企業に注意を引かれそこに群がりやすい

  • ファンドの運用成績はどの年を取っても前年成績との相関性は無く、0を少し上回る程度(ある年にうまく行ったファンドはほとんど幸運によるもの)

  • 自分の投資成績をチェックする回数を減らせば、時間の無駄も苦痛も減らすことができる(プロスペクト理論で説明した通り、損失という苦痛の方が同程度の利益という喜びを上回るため)

この様な様々なバイアスを知っておくことで、投資やビジネス・実生活においても不合理な判断・行動を避けることができますね。

プライミング効果とその例

さて、それぞれのバイアスの詳細な説明は割愛させていただき、今回は「プライミング効果」というものについて、その中でも「お金」に関連した話しを取り上げたいと思います。

「プライミング効果」とは「先に受けた何かしらの刺激が”無意識に”その後の行動・考え方に影響を及ぼす効果・現象のこと」です。

そして「先に受けた何かしらの刺激のこと」を「プライム」と言います。

プライミング効果の特徴は、プライミング効果を受けた本人に自覚がないことです。”無意識に”という部分ですね。

プライミング効果の研究は多数されており、例えば以下の様なものがあります。

大学生を2つのグループに分け、一方には無作為に選んだ単語のセットを、もう一方には「高齢者」を連想させる単語のセットを与え、それらの単語を使って短文を作るよう指示します。

作業終了後に学生たちの歩く速度を測定すると、「高齢者」を連想させる単語のセットを与えられたグループの方が歩く速度が遅くなりました。

「高齢者を連想させる単語」がプライムとなり、無意識のうちに歩く速度に影響を与えたということです。

その他にも、テレビで食べ物のCMを見ると子供のスナック類の消費量が大幅に増えたり、マクドナルドなどファストフードの看板・写真を見ると、「時間が無い・急いでいる」と感じてしまうようになるなどの研究もあります。

どれも、プライミング効果により、”無意識のうちに”消費や行動に影響を与えてしまっているのです。

お金を想起させるものが「プライム」になると

さて、前置きが長くなりましたがここからが本題で、「お金を想起させるもの」が「プライム」となった場合、人間にどのような影響をもたらすでしょうか。

その実験が、以下になります。

ある実験の被験者はいくつかの単語のリストを見せられ、それを使ってお金に関わる表現をつくるよう指示された(たとえば「高い/デスク/額/サラリー」から「高額のサラリー」)。

さらにもっと微妙なプライムとして、お金に関係のあるものが室内に無造作に配置された。たとえば、モノポリーで使うおもちゃのお金をテーブルの上に積んでおくとか、コンピュータのスクリーンセーバーとして水に浮かぶドル紙幣の画像を使う、といった具合である。

すると、お金のプライムを受けた被験者は、受けなかったときより自立性が強まったのである。彼らは、難問を解くのにいつもの二倍もの時間粘り強く取り組んだ末に、ようやくヒントを求めた。これは、自立性が高まった顕著な証拠と言える。

しかしその一方で、利己心も強まった。彼らは、他の学生(じつはサクラで、与えられた課題がよくわからなかったふりをしている)の手助けをする時間を惜しんだ。また、実験者が鉛筆の束を床に落としたとき、拾ってあげた本数が他の学生より少なかった。
ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(上)」

つまり、お金を想起させるものがあると、無意識のうちに自立性が強まった一方で、利己心も強まったということですね。

また、別の実験も取り上げられています。

被験者は、これから初対面の人と対談をするので、実験者がその人物を迎えに行く間に椅子を二脚用意するよう指示される。するとお金のプライムを受けた被験者は、そうでない被験者より、二脚の間隔を離した(一一八センチ対八〇センチ)。

また、お金のプライムを受けた被験者は、一人でいることを好む傾向が強かった。これらの発見から総じて言えるのは、お金という観念が個人主義のプライムになるということである。すなわち、他人と関わったり、他人に依存したり、他人の要求を受け入れたりするのをいやがる。
ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(上)」

こちらの実験でも同様に、他人との関わりや依存・他人からの要求の受け入れを嫌がるなど利己心が強まることが示されています。

その他にも、「グループ旅行などのグループ行動」と「1人旅などの単独行動」のどちらを選ぶかを尋ねる実験では、「お金」のプライミングを受けたグループはその他のグループに比べ、単独行動を好むようになったという結果などもあります。

このような結果を受けて、以下の様な可能性が示唆されます。

お金を想起させるものに取り囲まれた今日の文化が、気づかないうちに、それもあまり自慢にできないような具合に、私たちの行動や態度を形作っている可能性を示唆した。
ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(上)」

「お金」が中心となる資本主義に生きる我々は、無意識のうちに他人との関わりを避け、利己的な方向に向かわせているのかもしれないということですね。

自分自身はこんな影響を受けていないと思った方や、自分自身以外についてもそんなはずはないと思った方もいるのではないでしょうか。しかし、それに対してカーネマンは以下の様に書いています。

プライミング効果をまったく信じないという選択肢がないことは、ここで強調しておきたい。実験結果はでっちあげではないし、統計学的に見て偶然でもない。これらの研究が到達した結論は正しい、ということは受け入れるほかないのである。

さらに言えば、あなたは、研究成果が自分にも当てはまることを受け入れなければならない。もしあなたが水面にお札が浮かんでいるスクリーンセーバーを使っていたら、知らない人がうかつにも鉛筆をぶちまけたとき、少ししか拾ってあげないだろう。
ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(上)」

株クラでは、論争・批判・見下し・詐欺・訴訟などが絶えない(?)のも、投資という「お金を想起させるもの」がプライムとなり、”無意識のうちに”利己心が強まった結果ではないかと(無理矢理こじづけて)思ったりしました。

資本主義の中で生きる以上「お金」と完全に切り離して生活することはできませんが、プライミング効果による無意識の影響を受けないためにも、投資などお金を想起させるものとは適度な距離を保ちつつ、楽しんでいきたいものです。

しかも、前半で述べた通り「取引回数が少ない投資家ほど儲けが大きい」「自分の投資成績をチェックする回数を減らせば、時間の無駄も苦痛も減らすことができる」などの研究結果もあり、多くの人にとっては投資はほどほどにして、仕事や趣味に打ち込む方が、時間的にも精神的にも金銭的にも有益でしょう。

「お金を想起させるもの」が、他人と関わるのを嫌がり一人でいることを好んだり、他人の要求を受け入れたりするのを嫌がる傾向が、”無意識のうちに”強くなるというのは中々面白い話だなと思ったので、今回ご紹介させていただきました。ではでは。

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