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北朝鮮趣味者の生活 #1 結婚と積極的無関心

 27歳の時に結婚することになった。それはぼくが望んでいたことではあったのだが、お互いの両親の顔合わせをし、住むところを決め、結婚式をすし、暮らしていくという大きな台車に乗った石のようなシナリオを、ぐいとぼく(と妻)は押すことになった。

 ある人がしたり顔で言っていた。「結婚式面倒だろ?もう二度とやりたくないって思うだろ?でもな、その過程をふむから離婚なんてもちろん、もう一回結婚するなんてこと考えなくなるよ」と。

 ぼくはいい意味でも悪い意味でも生活へのこだわりがない。その人が言うほど面倒ではなかった。妻が決めていくシナリオや計画に、GO!というだけだったから。どこに住むか。結婚式の日程。そして結婚の条件だなんて、出せるような状況になかったし。妻は正規職。年収差なんてもう眼も覆いたくなる惨状。今やその差は広がりに広がり、確定申告の度にぼくはため息を吐く。幸いなのは妻もその点余り関心が薄く、1.5馬力に近い2馬力でここまでやって来られたこと。

 免罪符をひとつ、というのならぼくは婚約当時、テレビ東京のアニメの仕事をしていて、全国放送のスタッフロールに名前が載っていた。

 いつかテレビにぼくの名前が出るなら、容疑者か被告付きだろと半ば覚悟し、またうそぶいていたが土曜日の朝に、セーラームーン実写版の裏でそのアニメはそれなりに健闘していた。それは世の中やうるさい親戚と戦う自分のようだった。がんばれ!パンチラに負けるなと呟いた。放送開始の日、出て来たぼくの名前を見て夫婦で「なまえー!」とひっくり返った。たぶん、日本初の韓国アニメの定期放送だったと思う。「幻影闘士バストフレモン」というのがその名前で、DVDも出たというがぼくは見たことがない。

 結婚式のその演出も、妻のこだわりに任せた。積極的無関心の立場を貫いた。下世話な人は式に呼ばず、口さがない親戚は早期に徹底的に叩く。妻が主役の舞台を演出することだけを考えていた。

 婚約指輪を買った。上野の宝石問屋で。それが一番安く、またダイヤのカラットが大きい、つまりコストパフォーマンスに優れていると妻はいうのだ。もちろん従った。その上でさて、そのお礼の品はどうしようと妻に聞かれた。

 スーツか腕時計が世の中の常識らしい。どちらも困った。君の痩せ型の体型は30代になるとあっという間に崩れるよ、とアニメの仕事をしていた男性に脅されていたので、スーツはパス。体型は40代になっても崩れていない。騙された。そして腕時計。ぼくの手首は女性ものの時計でも余るほど細い。男性ものの時計は重いし似合わないし、そもそも腕時計はしない主義。

 積極的無関心とは、沈黙するという意味ではない。求められるのは任せつつも意見を求められた時は積極的に見解を述べること。

 「買ってほしいものがある」ぼくは妻を神保町に連れ出した。当時あった北朝鮮関連の専門書店で、北朝鮮のスローガンポスターを買った。

 それが今回の写真である。赤色を基調に「客貨車修理に全ての力を集中しよう」という独特のフォントのスローガン。横顔に光を当てるのは、典型的な共産主義的、プロパガンダポスターのスタイル。旧ソ連、中国でもお馴染みの定番のデザインだ。

 数万円した。こんなことも考えた。あるうちに、手に入れておこうと。妻はそこで積極的無関心のカードを切ってくれた。

 だが今も北朝鮮の体制は、代替わりこそしたがあり、ポスターも、ぼくの結婚生活も続いている。

 こだわりのないぼくの生活は進歩した。妻はある日、マンションを買うと宣言し、ぼくはただ頷き場所や価格に口を挟まなかった。ぼくの部屋には北朝鮮のポスター、国旗、カレンダーが数を増やし陣取り、消防点検の度に気まずい思いをする。
 壁は埋まり、スローガンポスターも未だある。「リトル平壌」とぼくは名付けたが、下手な平壌市民よりその密度は濃い。事実、現地で家庭訪問しても全くぎょっとしない。「なんでえ、ぼくの部屋の方がよっぽどすげえじゃねえか」と。

 今年で結婚17年目を迎える。20年目が見えて来た。ぼくたち夫婦と共に北朝鮮も変わらずある。

■ 北のHow to その63
 家族の理解というのが、この仕事や趣味では大事。訪朝直前に家族の猛反対に合い、年頃の娘さんが泣き、泣く泣く訪朝中止という話は何度も聞きました。

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