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北朝鮮でのサッカーの作法 #3 好きとは言えなくて

 ぼくは広島カープのファンなのだが、生まれ育った地域ではファンの数はドラゴンズ、次にジャイアンツ、その次にタイガースといった順だった。広島ファンの肩身は狭く、ナゴヤ球場に行けば広島側が約300人。中日側が約29700人という散々なアウェーの状況だった。

 大人になってその熱は若干おさまったとはいえ、四半世紀ぶりの広島カープの優勝パレードの日は妻にお願いして広島に行った。広島のホテルは既に満杯で、岡山でようやく宿を確保した。

 スポーツと地域性は深い関係を持つ。特にサッカーは、世界的にも地域の代理戦争的な性格も併せ持つ。

 韓国・仁川出身の韓国人の友人は言う。「プロ野球ならSK(ワイバーンズ)。仁川の誇り。当たり前じゃないか」。普段、韓国人にしては珍しく地域性を表明しない(全羅道VS慶尚道が代表的だ)友人でも、さらっということに驚いた。

 北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国にもプロサッカーリーグがある。1部流蹴球連盟戦(いわゆる国内1部リーグ。日本ならJ1にあたる)というリーグがあり、案内員によれば人気は高いという。

 だから聞いてみた。「好きなチームはありますか」。案内員の表情が少し変わった。「ありますよ」。チーム名は教えてくれなかった。「それは地域性によるところが多いのでしょうか。それとも他に理由はありますか」。案内員の表情がさらに変わる。「例えば知合いの息子さんが選手だとか、そういう理由で応援したりはしますね」「人の縁ですか。なるほど。応援スタイルはどうですか。日本のような熱烈なサポーターはいますか。フーリガンのような存在はさすがに共和国にはいないと思いますが」「そんな存在は、いません」。

「いいプレーをすればチームを問わず拍手をする。声援を送る。そんな応援の仕方をします」。案内員の少し取り繕うような言い方が引っかかった。実に冷静かつ模範的で、かつ優等生的ではないか。

 国際大会で映るサッカーの応援はそれなりに熱い。例えば2011年に平壌で行われた日本対北朝鮮戦では熱烈な応援が見られた。

 プロ野球の話に戻すと、広島ファンの口の悪さは12球団1だろう。球場でエラーなど目撃すれば「何しよんなら!」と味方にも容赦なく、また敵にも「讀賣〇せ!」と容赦ないヤジが飛ぶ。

 スポーツファンの愛は時に偏愛となりがちだ。極端な好きは相手への嫌悪感、時に憎悪に近いものを生む。

 体制の視点から見てみよう。気晴らしとして、ガス抜きの存在としてスポーツは実に優れた存在だ。サッカーの日本代表やオリンピックのように、国民全体でひとつになる感覚を共有することは望ましい。だが、その愛情が深まり過ぎると軋轢が出て来る。

「『好き』と評価することは、それ以外のものは好きではない、だめという評価に繋がります。それはよくないのです」。ある案内員に別の機会に言われたことだ。これについては、また今度別の機会に詳しく書く。

 北朝鮮で「何が好き?」という話はかようにし難い話題だ。好きの言質を取られることを彼らは嫌う。好きなことを知られることで、嫌いなことが浮き彫りになり、その人のし好と思考が読み取られるからだ。サッカーのひいきチームひとつをめぐる心理戦。何気ない会話に、ひりひりさせられる。交わした会話を反芻し、かの国の深淵を覗く。たまらない瞬間だ。

■ 北のHow to その67
 例えばアイドルグループの推しメンは誰か。プロ野球のひいきチームはどこか。好きな話題は口にしやすく、同じチームが好きというだけで距離感が縮まるものだが、北朝鮮ではそうではないようなのです。好き、の話題は避けた方がいいでしょう。

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