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餃子の焼ける匂いは私の腹を空かし、心を温かく満たしていった

大人一人前のラーメンを完食出来るようになった年齢を、あなたは覚えているだろうか。
お店によってまちまちだと思うが、大人一人前の量と言ったら結構なボリューム。小食の女性だったら、未だに完食出来ないわ――なんて人も中にはいるのかもしれない。
小さい頃からラーメンが大好きで、最後の晩餐に何を食べたいかと問われたら必ずラーメンと答えている私。
そんな私が大人一人前のラーメンを綺麗に完食したのは齢4つの頃である。
それを見た女性店主は「あらあらまぁまぁ、よく食べるお子さんねぇ」と目を丸くして喜んだらしい。
特に大食いというわけではないのだけれど、ラーメンだけは無限に食べられた。

そんな私のお気に入りの店は、実家の傍にあるちょっと小汚い雰囲気のある小さなラーメン屋さん。
名物の餃子はテイクアウトも可能だ。店先に設けられたテイクアウト用の小窓から、おっちゃんが濁声で「らっしゃい、らっしゃい! 餃子どうよー?」と威勢の良い声を上げている。
機嫌の良いときなら「おう、姉ちゃん。元気か?」とか「おう、お帰り!」とか暖かい言葉も掛かった。
その度にはにかみながら「こんちわー」と返すのがお決まりのパターンである。

そのお店の肝心のお味についてだが、正直なところ”普通”。
物珍しさもないし、ほっぺたが落ちるほど美味しいわけではない。かといって不味いわけでもない。
けれど、外に食べに行くとなったときに「あの店に行こうか」という言葉が出てくる程度には、ほどほどの美味しさが約束されている。
あなたの街にもそういうお店はないだろうか。肩肘張らずに行ける、台所の延長線のようなお食事処が。

そんなお店がどうして私のお気に入りなのか。
それはやっぱり、あのお店が私に与えてくれていた安心感を覚えているせいだ。
定休日の火曜日以外、一年中ほとんど毎日朝早くから仕込みが始まり、夜遅く12時近くまで店の火が消えることはない。
他店が既に店じまいを終えて暗くなった後でも、その店だけは煌々と明かりを灯して、残業で疲れ切った私の帰り道を明るく照らしてくれていたのだ。
どんなに遅くなって帰ってきても、その明かりが見えるだけで安心する。夜遅くまで働いていたのは、私だけではない――と実感することが出来た。
厨房で大きな鍋を洗う後ろ姿を横目で眺めながら、「おっちゃん、今日も遅くまでお疲れ様」と何度心の中で声を掛けたことだろう。

今も時々実家に行くので、その店の前を通ることがある。
業務の合間に大好きな煙草をふかすために路上に出ているおっちゃん。
その姿を見ると思わず今でもほっこりして、おっちゃんは長生きしてくれよ――と願わずにはいられない。
おっちゃん以外の古参従業員が辞めてしまったため、ラーメンの味はすっかり変わってしまった。
その事実が少し悲しくはあるけれど、これから先もこの店が私のお気に入りであることは変わりない。
だっておっちゃんの姿がある限り、私にとっては思い出がたくさん詰まった大事なお店だから。
いつも遅くまで頑張ってくれてありがとうね、おっちゃん。

#このお店が好きなわけ

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