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インビジブル

「人類が認識できない上位種?」
 古い本棚やデスクが置かれたかび臭い準備室の置物のように、分厚いメガネ、千鳥格子柄の三つ揃えスーツに蝶ネクタイで身を固めた教授は方眉を上げる。

「それは、別次元に。という意味かね?」
 教授の問いに若者は頭を横に振る。
「そんなに難しい話ではありません。例えば、蟻は我々人間を生物として認識出来ているのでしょうか?」
 教授は回答の代わりに肩をすくめてみせた。
「クロオオアリの体長は約7㎜。僕の伸長が170㎝ですから単純計算で約242倍、その差は僕と愛宕山くらいです」
 教授はデスクの前に立つ若者を見上げる。山とまでは言わないが椅子に座って見上げる若者は、痩せぎすの体形も相まって、ひょろ長い木のようだ。

「サイズの差があり過ぎて、生物として認識できない?」
「サイズに限らず見た目や“性能“の違いでもいいんですが、要するに生物は人類も含めて『規格』が違い過ぎるものを生物として認識出来ない――みたいな」と若者は相好を崩す。

「うむ、生物は自分の理解を超える上位種を認識できない――か。
しかし上位種の方は我々を認識出来るのなら、悪意を持って人類に危害を加えたり殺害した場合は?」
「その時は別の形に置き換わるのではないでしょうか。例えば何かの事故にあったとか、たまたま近くにいた人間に殺された。みたいに。
自らの認識を歪めることで辻褄を合わせる――的な?」

 若者が去った薄暗い部屋の中、教授は彼との会話を反芻する。
 話の発端は映画の「透明人間」だったが「見えないから透明」のではなく「認識できないから透明」という考えは確かに透明人間という存在が持つ幾つかの矛盾点を解消してくれる。
と、ドタバタと足音が近づいて乱暴に部屋のドアが乱暴に開き、驚く教授に向かって銃を構えた男が叫んだ。

「殺人容疑で逮捕する!」

                                続く

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