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『能力者温泉 チカラの湯』第1話:天王寺トールのご来店

日本列島のすぐ近くに「能力者たちの島」があることを、あなたはご存知だろうか。おそらくはご存知ないだろう。

かつて、戦前、いや、それどころか、人類創生の時代からすでに、世の中には能力者がたくさんいた。

能力者というのはつまり、漫画やアニメでよく見かけるようなものを想定していただけば良い。空を飛べる、とてつもない俊足で移動できる、コンクリートをも一撃で破壊する腕力を持っている、エスパー、魔法使い、呪術師、など……まあ、そういうアレだ。

能力者を一般社会に野放しにしておくのは危険だということで、彼らは一斉に島流しにされてしまった。誰が何年ごろにそうしたのかは定かではない。もちろん歴史の教科書にも載っていないし、政府も知らない事実である。

この島は地図にも載っていない。情報操作系の能力者たちが、歴代にわたってこの島を守り続けてきたからだ。独自に発展した今では、交通や施設も充実し、島の中心部にある巨大なショッピングモールには、地元の能力者がたくさん訪れる。

そのショッピングモールの裏側には、瓦葺きの2階だての建物がある。横には大きな煙突。板張りの看板には「能力者温泉 チカラの湯」と筆で書かれている。この島で唯一のスーパー銭湯だ。

自動ドアを抜けて、靴を脱いで靴箱に預け、受付に行くとこう問われた。

「いらっしゃいませ。能力カードはお持ちですか?」

この島の住民は皆、能力カードなるものを持っている。簡単にいえば身分証明書で、そこには実名や本籍の他に所持能力の種類が書かれている。

しかし、うーん、受付の人は女性か。おずおずと、僕はスマホの能力カードの画面を提示した。紙のカードも持っているが、モバイルタイプのものもあるのだ。

「あ、……はい、かしこまりました」

やっぱりな。予想どおりの反応だ。確かに銭湯でこれは嫌がられるだろう。しかし僕にやましい気持ちはない。朝風呂でもして、頭をすっきりさせてから勉強に励もうという心づもりで来たのだ。

「くれぐれも……」

「ええ、もちろんです!」

早口で答えて、そそくさと脱衣場に向かった。

僕、天王寺透(てんのうじ とおる)の能力、それは、……「透視」である。ね?銭湯で嫌がられそうでしょ?もちろん女湯を覗く気はいっさいありません。覗きに使ったことなど一度もありません。

ただこの能力、ちょっとボーッとしているとうっかり使っていたりするのだ。気が抜けない。だから僕は女性と間近で目を合わせられないし、話すことも怖い。いつ服が透けて見えてしまうかわからなくて怖いから。生まれてこのかた18年間、彼女どころか女友達ができたことさえ一度もない。

身体を洗って、サウナへと向かった。まずは心頭を滅却するのである。テレビではカズレーザーが何やらハイテンションで叫んでいた。

この島にテレビ局はないが、エスパー系の能力者が勤めるアンテナ受信所が点在していて、所員が受信した内陸の電波を島の各エリアに送ることで、どこでもテレビ番組が見られるのだ。ちなみにラジオでも同じ手段を取っている。日本の法律に抵触していそうな気もするがここは日本国外なので適応されない。

必死でカズレーザーを見つめながら、我が煩悩を振り払うことに努めた。5分間耐久カズレーザー。

よし、もう脳内にはカズレーザーの顔しかない。そして身体も熱を帯びてきた。サウナから出て、手前の水風呂に向かう。掛け水を3回。じっくりと肩まで浸かり100秒まで数える。泳いだり潜ったりしてはいけない。マナーを守って楽しい水風呂。

100秒を過ぎた頃、僕は感じた。自分の身体の神々しい温もりを。

漫画『サ道』では水風呂に浸かった時に覚える快感を「整う」と表現していたが、まさに今の僕の状況がそれに当たる。

ちなみになぜこの島で漫画がふつうに流通しているのかというと、変身系の能力者が内陸へと赴き現地の運送業者などに扮して書店から返本されたものをいただいて持って帰ってくるのだ。これはふつうに法律的にアレだと思うけどこの島ではOKだ。

……あ、油断した……ちょっと壁の向こうの露天エリアが見えてきた。ん?困ったな。

いちばん端っこの、女湯と竹藪で遮られている部分に寝湯のスペースがあるではないか。

温かいお湯の上で、どーんと寝転べる。家のお風呂では絶対にできない贅沢。これはなんとしてでも味わいたい。

できれば目を瞑って歩きたかったが、ただでさえ濡れている浴場の通路は危険なのでそれはできない。壁の向こうを見ることはできても、閉じた瞼の向こうを見ることはできないのだ。

はっきりと写っていた竹藪の姿が、近づくにつれて薄れはじめた。やばい。ここで集中力が途切れたら、竹藪の向こう側、つまり女湯が見えてしまう。

脳内にできるだけ強くカズレーザーの顔を焼き付けた。朦朧とする僕の脳内で、カズレーザーはやがてなぜかザキヤマに変わり、ザキヤマがなぜかみのもんたに変わる。

とりあえず男なら誰でも良い。爆笑問題の田中、キンプリの平野くん、高橋英樹、菅官房長官、タモリ、北島三郎、夏目漱石、ジョン・カビラ、セカオワのピエロの人、藤井七段、阪神に来て一瞬で帰った外国人助っ人選手(名前は忘れた)、トレンディエンジェルの斎藤じゃないほう、……そしてようやく、寝湯にごろんと転ぶことができた。

目を閉じてしまえば、もう怖いものはない。何も見えない空間で、ぼんやりと僕は考えた。なぜ僕は、生まれついて透視の能力があるんだろう。

こんな能力は、別に要らなかった。 もっとなんかこう、空を飛べるとか超速で移動できるとか、悪魔を召喚できるとか波紋を習得しているとか、いかにもな感じのやつが良かった。

いや、別に能力なんかいらない。ただただ僕は穏やかな学生生活を過ごしたいだけなのだ。それなりに友達を作って、気の合う彼女とハンバーガーショップで笑い合えればそれで良いのだ。現実は、友達もいない不甲斐ない浪人生。この前の模試の結果も散々だった。

家だと二度寝してしまうから銭湯に来たというのに、ついつい誘惑に負けて、しばらく眠りの世界に浸ることにした。寝ている時がいちばん幸せだ。

あーあ。ろくでもない生活に、ひとつくらい奇跡が欲しい。空から美少女が降ってくればいいのに。

せっかく良い感じにウトウトしていたのに、周りが何やら騒がしい。浴場では静かにしてくれないかな。

「おい!お前!逃げろ!」
「隕石が落ちてきたぞ!」

他の客に身体を引き上げられた。一体なにごとだ。

「上を見ろ!」と言われ、僕は空を見た。すると、遥か彼方から、こちらへと猛スピードで落下する物体が見えた。

能力が発動して、だんだん物体が鮮やかに見えてきた。僕の透視能力は隙間を超えて見えるだけでなく、単純に遠くのものをはっきりと確認することもできるのだ。あの物体は……いや、あれは物体ではない。人間だ。

赤いワンピースを着ていて、箒にまたがっているがバランスを崩して、涙目になりながらだんだん落ちてきている。金髪でショートカット。三角の帽子が似合う。魔法使い系の能力者か。

しかし……。くりくりした緑色の瞳、少しだけふっくらしたピンクの頬、化粧っ気のない口元。

かわいい。めちゃくちゃタイプだ。

いやいや、呆けている場合ではない。このまま男風呂に突っ込まれたら危ない。僕も逃げなきゃ。いや、ここは彼女を受け止めるべきなのか?

「あっしに任せるでごわす!」

そう言って、ひとりの巨漢が立ちはだかった。

「鶴橋壁男(つるはし かべお)38歳。あっしの能力は壁!壁のごとく厚いこの肉体でごわす!うっかり44マグナムの銃弾を喰らった時や、うっかりビルの26階から落下した時も無傷だったでごわす!」

……この人、どんな人生を送ってきたんだろう。

「お客様の中にサイコ系の能力者の方はいらっしゃいますか?」

係員の叫びに、ひとりの男が小さく手を上げた。

「自分、念力系っす。ただ……、あんま重いのは動かせないっす。と、とりま、やってみるっす……」

目を反らして肩を震わせている。ビビっているのだろう。

魔法使いの美少女は加速を続け、一目散に男湯へと突撃しようとしている。突撃してほしくないのかしてほしいのか複雑な気持ちを抱えつつも、僕は叫んだ。

「アレは隕石ではありません!魔法使いの女の子です!」

周りの人々は目を丸くしたが、鶴橋と名乗る巨漢だけは唯一、動じることなく「合点!」と叫んだ。念力の男は目を閉じて能力に集中しているようだ。

その時、美少女が笑った。そして、何かを言っているのが聞こえた。「うれ……い」……うれい?うれしい?嬉しい、と言っているのだろうか。

つまり、隕石ではなく人間だと最初に周囲に伝えたことで助かった、ありがとう、という意味?よくはわからないが、ただひとつだけ確信がある。

僕は彼女の笑顔に、一目惚れしてしまった。

(つづく)

サウナはたのしい。