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【産まみむめも番外編・WS開催報告】異なる他者や制度を想像するアプローチを、政策づくりに活かすことは可能か?

公共とデザインでは、個々人が探究テーマを持ちながら活動しており、政策・ガバナンスに関する研究会があります。この一環として、「異なる他者・制度を想像するアプローチを政策づくりに活かすことは可能か?」という問いをもと、2022年4月から1年かけて行った「産まみむめも」の番外編となるプロジェクトを実施しています。今回はそのなかでの「配偶子提供」をテーマにしたLARPワークショップの様子をレポートとして公開します。

はじめに

大阪のお寺應典院にてDeep Care Lab主催で実施された「産む」から「死ぬ」までを考える10日間『むぬフェス』。

むぬフェスの番外編企画として、2024年5月24日、「配偶子提供における政策立案を見据えた想像力拡張アプローチのワークショップ」を実施しました。

これは、Live Action Role Plaiying (LARP)という即興演劇の手法を通じて、自分とは異なる立場の人や存在にまで想像力の射程を広げ、そこでの気づきを政策立案に活かすことが可能なのかを検証するものです。

この企画は、元々、公共とデザインで2023年3月に行った、産むことにまつわる選択肢(不妊治療・養子縁組)をテーマにした当事者との協働のプロジェクトと産む物語を問い直す展覧会「産まみむめも」をベースにしています。

開催のきっかけ ー想像力拡張アプローチを政策の射程まで広げることは可能か?ー

「産まみむめも」展は、6日間で500人の方に来場いただき、さまざまな産むにまつわる形を想像する場を作ることができました。展示に来てくれた方に「こんな困りごともあるのか」「こんな生き方や考え方もあるのか」という気づきを与えられたと思います。一方で、協働デザインのプロセスの結果、得られた気づきや可能性が実際の社会の仕組みや政策に落とし込むというところまで、射程が及んではいませんでした。

はじめるときにはあくまで「自分たち自身がこのもやもやに向き合いたい」「参加してくれる人の問いが深まる場になるといい」「対話から価値観を相対化するプロセスを参加型デザイン的なプロセスで行ってみたい」というところが主な関心だったからです。

そのため、今回は他者が置かれている状況を具体的に想像することから、実際の社会の制度や政策にどのような変化をもたらすことができるのか?というところを実験していきたいと考えました。

LARPとは ー異なる世界を体験するプロトタイピング手法としての即興演劇の可能性

LARP (Live Action Role Playing)とは、リアル世界でプレイヤーが身体を用いて演じるRPGゲームの一つです。

元々は娯楽目的で生まれたアプローチでしたが、現在、参加型デザインとスペキュラティブ・デザインを融合させ、異なる世界を体験するプロトタイピング手法として、注目を集めています。

例えば、フィンランド政府では、デジタルガバナンスが推進される中で、「パーソナライズされたサービス」と「監視国家」の間にある線引きはなんなのかを探るため、デジタル・エージェンシー職員と学生が2035年の未来を演じるLARPワークショップが行われました。(Ming Unn Andersen,2021 水野翻訳・要約) 

当日のワークショップの様子

課題意識と初期の仮説 ー盲点の発見や運用時のリアリティの把握ー

制度の策定や変更は多数の人へ大きな影響があります。そのため、制度を設計する際には、類似の制度をもつ他国や他地域の先行事例の研究や影響分析、関わるステークホルダーの洗い出しやヒアリングなど、膨大な準備が必要になります。また、実際に制度や法令としてまとめる際には、議会等での議論や合意形成が必要となります。 

異なる、また時には対立する意見がある中での落とし所を見つけることは非常に難しいことです。 また当事者の意見を慮ろうとしてもどうしても限界があったり、また決定した制度がどう運用されるのか、どう受け取られるかも、なかなか考えにくい部分があります。

産まみむめもでは、未来の"もしも"をテーマにした展示会や、粘土制作や演劇など、作ることと考えることを往復しながら個々人の問いを深めていきましたが、今回LARPという手法に関心を持ったのは、そうした政策立案時の難しさに対して、当事者の状況を生々しく想像するサポートするような補助ツールになるのではないのかと思ったからでした。

LARPは、あらかじめ設定した世界観に浸り、そこに登場する人物になりきりながら即興で演劇することにより、新たな視点を獲得する手法です。そのため、なかなか想像しにくい当事者の置かれた状況になってみたり、政策が実行された後の世界を考えることによって、議論中には思ってもみなかった盲点が見つかるようになるのではないかという期待がありました。 

さらに、政策、制度にまつわる固定化された価値観というものにもアプローチできるのではと思いました。政策を作る時、どうしても制度設計者が持っている価値観に影響されます。

また政策を作る人間だけではなく、政策をつくる側の問題への認識はもちろん、背後にはわたしたちがどれくらい問題だと感じているかが影響していることがわかってきました。わたしたちの関心が文化や価値観を作り、また有権者として政治家の意思決定にも影響するからです。

苦しんでいる人が声を上げることも重要です。でも、当事者だけでは制度を変えるには限界があるのです。 

当日のワークショップの様子

第三者への配偶子提供というテーマについて

今回、テーマを選定するにあたっては、産まみむめもが対象としてきた、産むにまつわる選択肢に関わる議論の中でも、特に制度的な論点が存在するものに焦点を当てました。この分野で活動家の方へのヒアリングを通じ「第三者による配偶子提供」というテーマを選びました。

日本では、現在、4.4組に1組の夫婦が不妊検査もしくは不妊治療を受けています。不妊治療というと主に女性側の治療だと考えられがちですが、日本人男性100人に一人が無精子症であるなど、男女1:1の割合で不妊の原因があります。また、晩婚化は当事者だけの事情ではなく、社会構造からくる「社会的な不妊」だともいわれます。

さらに、LGBTQカップルやシングルなど、多様なパートナーシップや家族の在り方があり、彼らが子どもを望むことは自然なことです。そうした自身の精子・卵子で妊娠することのできない方にとって、子どもを望むには、第三者から精子・卵子の提供を受けるか、養子縁組をするしか子どもを持つ術はなく、精子・卵子提供を希望する人たちは少なくありません。

実際に日本では第三者の精子提供による人工受精は1948年にはすでに行われ、およそ1万人の子どもが誕生しています。

現在、政府でもこうした人工授精によって生まれた子どもたちの民法上の親子関係の整理や、生殖補助医療を行う医療機関の認定や精子・卵子のあっせんについての議論が行われています。  

2020年の議員立法及び、その後の議連での法案検討において問題解決への制度アップデートは進められているものの、未だ複数の社会的、制度的論点が残されています。

ワークショップについてー二つの未来シナリオー

今回は應典院でのむぬフェスの一環として急遽行ったため、政治家や行政職員に個別にお声がけすることはできませんでしたが、参加者を公募で募ったところ、配偶子提供というテーマやLARPというアプローチに関心を持ってくださった医療系の研究者、デザイナー、学生ら7名の方が応募してくれました。

私たちの課題意識や、配偶子提供に関する議論の経緯や、現在の法改正の動き、その中で残された論点について紹介した後にLARPを行いました。 


今回は、第三者による精子・卵子(配偶子)提供にまつわる当事者が遭遇するであろうシーンとして、 ちょっと先の未来である2035年版 をベースに2つのシーンや簡単な登場人物の設定資料を共有し、その設定に基づいて演じてもらいました。

未来の設定だけではなく、現在の制度を前提にした2024版のシーンも用意したのですが、時間の関係上、ワークショップでは紹介するのみになりました。 

気づき(インサイト)

イベントの前は、初めて集まった方とこの難しいテーマで即興演劇(LARP)ができるのかと少し不安でしたが、杞憂に終わりました。どの方もイキイキとそれぞれの登場人物として演じていらっしゃいました。そして、その人物の口から出てくる生々しい発言にはハっとされられるものが多々ありました。

イベント後に参加してくださった方にインタビューを行いました。特に重要だと思ったコメントを抜粋して紹介します。

当初想定していた以上に、当事者の気持ちになれたのが不思議だった。 演じた役はゲイの方だった。当初は政策として必要なのか?という気持ちだったのが、演じた後は必要だと選択肢が変わった。根本的になんでこれができないのか?という当事者の気持ちになれたと思う。 

ユウイチ(弟)が「(精子)ドナーって誰でもいいの?」と言ったところ、それに対して「不安だよね」という返しがハル(姉)からあった。そこで妹役の私が「どういう条件だったらいいと思う?」ということを言ったところ、ハル(姉)から「最低限、学歴かな」という言葉がポンと出てきた。

演じる前は、(精子提供のドナーの)学歴を気にする人の気持ちはそこまで理解できなかったけれど、演じてみて、、ハル(姉)は銀行員という職業の設定で競争環境で人生を生きてきた人で、それを考えるとしょうがないなと思った。

(子供をコミュニティで共同で育てるChild as Commonsの制度がある自治体に住む弟が会話にいたこともあって、)”ちょっと変わった点としては、コモンズの不安をハルが言っていて、「信頼できない人かもしれへん」ということを言っていた。その辺りはクリティカルだなと思った。コモンズの制度はどういうふうに、安全性を担保するのかというのが気づきだった。構想のなかでの不安やリスクを生々しく想像することができるのは、LARPの特性が活きた部分だと感じた。

今回、LARPを通して未来の世界・制度を想像してみた気づきとして、以下のようにまとめました。

  • 世界観の設定や共有を行うことで、当日集まった参加者でも十分にその世界を擬似的に生きることができ、具体的な会話や行動ができる。

  • 異なる立場の人物として生きることで、その人物が自分とは異なる価値観の人間であったとしても、その時の気持ちがどういうものかに思いを馳せることができる。

  • 架空の制度がある世界を生きることで、制度設計のリスクや盲点の洗い出しのアプローチとして有効なのではないか。

一方で、全く新しい政策・制度の起案にLARPを活かすことができるかどうかという点については、今回のワークショップだけでは検証が不十分かもしれません。
制度設計者に LARPに参加してほしいという声は、今回の参加者からも多く上がったものの、そもそも政治家や官僚、自治体職員にそのニーズがあるのかは、参加者にその属性の人物がいなかったこともあり、確認することができませんでした。 

しかし、前述したように、制度の背景には人々の価値観が大きく影響します。広義の意味で、今まで関心を持っていなかった方に、現状の制度の課題や、未来の制度や政策について想像してもらうという点では、大きな兆しとなったのではないかと思っています。  

今後について

このワークショップの後、不妊治療に取り組む過程での養子縁組制度の適切な情報伝達について研究している方から連絡をいただき、医療従事者が患者の心理に想像力を働かせ、コミュニケーションのあり方を見直すツールとして、今回のようなプロセスを活用したいという相談を受けました。改めて、想像力を拡張するプロセスが制度のデリバリーも含む、政策のプロセスに活用される可能性を感じています。

一方で、制度設計の現場での検証が十分ではないため、引き続き、政治家や官僚、自治体職員も巻き込んでのワークショップを企画していきたいと考えています。

制度からは離れますが、ハラスメント防止や、D&I施策に向けてさまざまな研修がありますが、形式や表面的なセリフだけ学んでも現実の場面では対応することが難しいという声も聞きます。頭で理解するだけではなく、身体感覚を通じて感じたことはとてもパワフルです。在り方からの変容、より深い理解を促すツールになりうるかもしれません。 

多様な在り方や価値観を、無理やり一つに統合するのではなく、お互いを尊重しながらもどう共に生きることができるかを模索しなければならない時代。

この時代に必要な政策立案のプロセスや求められるアプローチを引き続き、模索していきたいと思います。

執筆者プロフィール
隅屋輝佳

東村山出身。海外青年協力隊、NPO法人でのオープンイノベーション推進業務などに従事。慶應大学SDMにて、マルチステークホルダーによるルールメイキングについて研究し修士号取得。その後、自身の団体や世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターにて、ひらかれた自律分散的なガバナンスのあり方として、アジャイルガバナンスを推進する。
文化人類学者エスコバルの多元世界の概念と巡りあってから、ケアやマルチスピーシーズをキーワードに、自然との新たな関わり方、多元的なガバナンスのあり方を模索する。 

富樫 重太
株式会社issues共同創業者 / 公共とデザイン 共同代表。大学在学中にデザイン会社で勤務。株式会社Periodsを創業し、社会起業家の新規事業開発支援に取り組む。2018年に株式会社issuesを取締役として共同創業。住民の困りごとを政治家に届け、政策で解決するサービス「issues」を開発。自治体・国政をまたいで、住民ニーズに基づく政策づくりの支援を行う。2021年に公共とデザインを設立。プロジェクトに「産まみむめも」や、渋谷区でのソーシャルイノベーションラボ設立伴走など。

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公共とデザインでは、こうした想像力を拡張するプロセスから政策形成に寄与する取り組みを一緒に模索・お話しできる方を募集しています。

今回のような制度設計での実験的なプロセスに関心がある政治家や官僚、自治体職員の方、その他多様な主体における協働プロセスに関心がある企業・自治体・研究者の方など、ぜひお気軽にお問い合わせいただけますと幸いです。

連絡先:publicanddesign.pad@gmail.com


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