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ショパンコンクール本大会進出者インタビュー(12)~牛田智大さん

第10回浜松国際ピアノコンクール入賞者として予備予選を免除され、10月の本大会に進出している牛田智大さん。すでに多くの演奏会やCD録音などで高く評価され、大活躍のピアニストです。この度、一問一答の形で特別にインタビューにお応えいただきました。牛田さんの音楽がワルシャワに響くのが今から楽しみです。

取材協力:ジャパン・アーツ
写真:©Ariga Terasawa(全て)


Q.まもなくに迫ったショパンコンクール本大会へのご参加を予定されていますが、意気込みをお聞かせください。

牛田:ショパン国際ピアノコンクールという素晴らしい舞台で演奏する機会をいただけたことはとても光栄です。ショパンの作品はピアニストが成長する上で不可欠なもので、また自分にとっては作品の精神性や哲学に特別なシンパシーを感じる数少ない作曲家の1人なので、20代初めの時期にこうして集中して学ぶことができて本当に幸せだと感じています。

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Q.1つだけというのは難しいとは思いますが、お気に入りのショパンの作品をひとつ挙げて魅力を紹介していただけますか?

牛田:マズルカ へ短調 遺作 Op.68 No.4です。
この作品は、死の年に残された「音による遺書」だと感じます。後にスクリャービンが「死の象徴」とした半音階的進行を用いた、死に救済を求めるかのような音楽。亡くなる当日の絶筆は「この咳が僕を窒息させるだろうから、生きたまま埋められないよう身体は解剖に回してくれ」と歪んだ文字で書かれた一言でした。この作品の自筆譜にも咳き込むあまり線が歪み乱れた跡が無数にあり悲痛な苦しみを感じます。特別な共感をもつ作品です。


Q.牛田さんが感じていらっしゃる「ショパン」という作曲家の魅力をお聞かせください。

牛田:ショパンの作品というと、多くの方は「子犬のワルツ」「別れの曲」などの甘美で洒落た雰囲気を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし実際のショパンは、家族の死や祖国の滅亡を目の当たりにし、二度と祖国に戻れないであろうという絶望のなか、主な仕事のひとつであったサロンでのエレガントで優雅な振る舞いとのギャップに苦しみ続けていたのです。
若い頃の作品では苦しい運命に抵抗するような音楽ですが、晩年に近づくにつれてそれを受け入れるような音楽に変わっていくので、その変遷も興味深いところです。


Q.ショパンらしい表現のうえで大切にしていることはありますか?

牛田:何か特別なことをする必要性はあまり感じていません。鍵になるのは、とても基礎的なことです。タッチのコントロールや音の伸び、テンポ設定やリズムの正確さ、フレージング、イントネーション、ペダル、ポリフォニー、ダイナミズム、スタイル感という、どんな作品でも必要な点を、より確実に磨き上げることが大切だと考えています。
その上で心がけているのは、演劇的であることです。ショパンは演劇をとても好んでいましたし、パントマイムが得意だったという逸話も残っています。
オペラからも大きな影響を受けています。「ショパンは歌っているように弾く」と言われることがありますが、それはただ声楽を模倣するという意味でなく、オペラなどにおける演劇的な歌、つまり芝居の要素を作品に見出すということだと思います。どんなテーマの物語なのか、どんな感情があるのか、モノローグなのか、ダイアログなのか、男声なのか、女声なのか。それぞれの音やモティーフがどんな意味や背景を持ち、どう語られるべきかを、楽譜をもとに考えることを大切にしています。

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Q.以前、ショパンは一番難しい作曲家の一人だとおっしゃっていましたが、今はいかがでしょうか?

牛田:最も難しい作曲家だと感じるのは、変わっていません。でも同時に、最も共感できる作曲家は誰かと尋ねられたら、きっとショパンと答えると思います。
自分にとって、楽譜を読み、作曲家がどんな音を望み、どんな音楽を求めていたのかを理解することが最も自然にできるのが、ショパンの作品なのです。理解はできても技術的な問題でなかなかそれを音にできず、苦労するのですが(笑)。


Q.2019年にポーランドで演奏されたそうですが、これによってショパンへの理解が深まったところはありますか?

牛田:ショパンの生家で演奏するためにジェラゾヴァ・ヴォラに行ったことは、とても良い経験でした。道中、車窓から眺めたのどかな田園風景は、山が多い日本とは違って大地がずっと先まで続き、地平線が見えるのです。あの広大な景色は強く印象に残っています。ショパンの音楽に対するイメージが少し変わりました。
ワルシャワでは2回演奏会をさせていただきました。どちらもピアノの近くにショパン像があり、気がつくと目が合ったりして、なんだかまるでショパンにレッスンを受けているようで、真摯な姿勢で演奏しようという気持ちになりました。


Q.貴重なお時間をありがとうございました。

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