どのような世界にいるのか 3

原理3【経済の仕組みをつくりかえる】

 今回も引き続きノーム・チョムスキー著『アメリカンドリームの終わり あるいは富と権力を集中させる10の原理』(寺島隆吉・寺島美紀子訳)をみていきます。

 原理3【経済の仕組みをつくりかえる】の要約は、以下の通りです。


 1970年代から一貫して、「人類の支配者」、つまりし社会を所有していると思っている人たちの側で、猛烈な努力が続けられた。それは経済の仕組みを変えようとする試みである。

 その一つが、経済における金融機関の役割を増大させることであった。たとえば、銀行、投資機関、保険会社その他の役割を増大させる試みである。


 1950年において、アメリカのGDPに対する比率は、製造業28%金融業11%であったのに対し、2010年では、製造業11%金融業21%とその比率は逆転している。


 かつて1950年代、60年代のアメリカ大企業の社長は、ほとんどが技術者上がりだった。かれらには、自分が会社の所有者であり経営者階級の一員であるという自覚があり、社会のあり方に関心をもっていた。しかし、いまその感覚はどんどん薄れつつある。

 会社経営の頂点に座る人たちは、かつては技術者上がりの人が多かったが、いまは、大学の経営学修士号を取得した人が多く、かれらはさまざまな種類の詐欺的な金融操作を学んで卒業してくる。このことが、経営者の態度を一変させた。かれらはますます企業に対する忠誠心を失い、自分自身にだけ忠誠心を発揮するようになったのである。



 アメリカで起きたことは、経済における金融機関の役割が急上昇したことである。それと並行し、アメリカ国内の生産量も利益率も急激に低下した。これが、経済の金融化と呼ばれるもののひとつの現象であり、この金融化と同時に起きたもうひとつの現象が、製造業の海外移転である。

 製造業を国内から国外へ移し、国の生産力をえぐりとってしまうというのは、意識的な決断の結果である。というのは、国外には安い労働力が待っているからで、さらにそこには、健康や安全に関する厳しい基準も環境規制もない。

 たとえば、世界最大級の企業のひとつであるアップル社の製品は、台湾人が所有する中国国内の工場で盛んに生産されている。しかし、その工場は拷問部屋と呼ばれるものになっている(フォックスコンの工場は拷問部屋:自殺したくても自殺も許されないような労働環境だということ。労働条件が厳しすぎて屋上からの投身自殺が多発したため、サーカスの網のような落下防止網が、建物のまわりに張り巡らされていることで知られる)

 フォックスコンという台湾の会社の中国南西部にある工場では、さまざまな部品を組み立てているが、それらの部品は近隣の工業諸国から送りこまれたものである。このようにアメリカ企業の得た利益の大半は、この組み立て工場のようなところから生まれている。

 国際的な「自由貿易協定」と呼ばれているものの実態は、「自由」貿易どころではない。
 この経済体制は明らかな意図をもって作り上げられたもので、その狙いは、世界中の労働者をお互いに競争させて、賃金を下げなければならないように追い込むことにある。その結果、働く人たちの収入は大きく落ち込むことになった。

 これは、アメリカの労働者が、搾取され尽くしている中国の労働者と競争状態になることを意味している。そして、これは世界中に広まりつつある現象である。(『True cost』 というドキュメント映画は、衣料業界で起きているこの現象を鋭く描いている)

 アメリカが国外に輸出しているのは、人間を操作するさまざまな価値観である。たとえば、富を一部の集団に集中させること、働く人々への増税、働く人々の権利を奪うこと、働く人々から搾取することなど、、、。

 これは、富裕層と特権階級を守るための貿易制度をつくりあげようとした自動的な結果ともいえる。

 合衆国の製造部門の最近の失業率は、1930年代と同じ水準にある。しかし、根本的な違いは、失われた仕事は二度と戻って来ないということである。失われた製造業の仕事は、社会政策の大きな変化がない限り決して戻らない。
 なぜなら、社会を動かしている人たち、(アダム・スミスの言い方を借りれば「人類の支配者たち」)は、全く違った考え方を持っているからである。

 かれらは、アメリカ合衆国に大規模な製造業を取り戻すことに興味はなく、興味があるのは、なんの環境規制も受けることなく、超低賃金で労働者を搾取することによって、もっと多くの利益を得ることのできる場所を国外に見つけることである。

 支配階級の経済政策は、労働者の地位をより不安定なものにしていくことに向けられている。連邦準備制度理事会FRBの議長アラン・グリーンスパンは、議会の証言台で、経済政策の成功の理由を、労働者をさらにいっそう不安定な状態に置いたことにあった、と述べている。

 かれによれば、労働者を不安定な状態にしておけば、非常に管理統制しやすく、そうすることによって、労働者は適正な賃金や労働条件を要求したり、あるいは労働組合をつくる自由を求めることがなくなる。そして、いま仕事があるだけで喜びを感じ、たとえ汚い仕事をしなければならなくなったとしても気にかけもしなくなる、ということである。

 金融化と企業の海外移転は、社会を悪循環へと誘い込む過程であった。それは、富と権力を一部の集団に集中させるという悪循環でもある。

資料
「労働者を不安定な地位に追い込めば経済は健全になる」
 米国上院「銀行・住宅・都市問題」委員会での証言 FRB議長グリーンスパン 1997年2月26日

労働に対する名目上の報酬、とくに賃金部分の減少が加速していることが、昨年以上に明白になった。賃上げ率は、これまでの労働市場が予測したものよりはるかに小さいものであった。
賃上げを抑制する傾向は数年前から顕著であったが、これは主として労働者の不安定さが増した結果であると思われる。

1991年景気後退が最悪であったとき、調査では、大企業の労働者の25%が解雇を恐れている、であったのに対し、同じ調査会社による1996年の調査では46%になっている。労働者がいまの仕事を辞めたくないと考えるのは、別の雇用を求めても労働市場が縮小しているからである。これは労働者の関心が、雇用契約を長くしたい方向に向かっていることを示している。この何十年もの間、雇用契約が3年を超えることは滅多になかったが、今日ではそれが、5~6年に移行する可能性がある。

大まかな特徴を言えば、賃上げよりも雇用の安定を強調する契約である。近年はストライキも少なくなって来ているが、これも雇用の安定に対する懸念を証明している。このように、「雇用安定のため、少ない賃金増で妥協する」という近年の労働者の意向は、資料で十分に裏付けられていると考えられる。

要約は以上。
以下は私見です。

この章からわかることは、「雇用の不安定」は意図的なものであったということである。
それは資本家たちが故意に行い、かつ故意に継続しているという事実でもある。
原理2でみた『パウエル覚書』で資本家に呼びかけられた大衆への攻撃の延長である。

「世の中は、自然に進歩していくもの」=これは、真実かもしれないが、100年200年あるいは1000年、いやそれ以上の年月をかけて眺めないと「真実」とはいえないものかもしれない。

 つまり、わたしたちが体験する人生では、おおいに退歩することも有り得る。
 また、富裕層とそれ以外の層は、「進歩」を共有し合えないのが現状である。

 資本家たちは、協調して意識的に大衆の力を削ぎ、二度と大衆が団結して資本家(世界の支配者を自認する者たち)に立ち向かえないようにしているようである。

一人ひとりには学ぶ力がある。

不正に憤りを感じる心がある。

知る力がある。

削がれているが、協調して団結する力がある。

良心、良識を踏みにじる行為を許すわけにはいかないという気概がある。

狡く汚く、権勢と富と謀略にものをいわせる人々に、世界の成り行きを委任している場合ではない。理性をもって立ち上がり、この悪を野放しにしないことだ。

しかし、そのような人の数は多くない。

かれらが多数を占めるようになるまで、数多くの闘いがあるだろう。


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