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【職場にカミングアウト】ADHDなど発達障害の方々ー!カミングアウトは全然怖くないですよー!!寧ろしましょう!(2)


(1)はこちらから↓。

前職は地獄だった!!ADHDの人たちは、くれぐれも私と同じ仕事を選ばないようにしてください。

(1)でも書いたように、「恥の多い生涯(障害)」を送ってきた。

こんな私でも、奇跡的に「就職」はできた。

そして、新卒入社した会社で得た経験により、私は22歳にしてやっと、自分の障害を知ることとなる。

私の前職は、主にアパレル商品を扱う、小売系の企業だった。
総合職として入社したのだが、新卒一年目・二年目は、たとえ総合職入社であっても、全員店舗で実践を積む必要があった。
販売員をしながら、店長の仕事を覚え、入社3年以内に店長を経験しなければならなかったのだ。

(1)を読んでくださった方や、ADHDについて知っている方、当事者の方ならば、なんとなく予想がつくだろう。

ADHDの特性を持つ人間が、販売員・店長業務をこなせる確率は、限りなく低いと思う。

販売員や店舗管理などの仕事は、「ADHDには適性がないのでやめた方がいい職種」だと後から知ったが、全くもってその通りである。

小売店の販売員・店長に求められる仕事は、私が不得意とすることのオンパレードだった。

業務例は、こんな感じだ。恐らくADHDの人は、見ただけで青ざめるのではないだろうか。

・レジ:マルチタスク(客との会話、クレジットカードの手続き、商品入れ、お金の受け渡しなど)と注意力が求められる
・ラッピング:手先が不器用すぎて、当然できない。1年勤めたが、1度もまともにできなかった
・売り場づくり:図面を見て売り場を組み立てるのだが、図の理解が困難・空間把握能力が乏しいので、まともに売り場を作れない
・什器の取り扱い:物を丁寧に扱えない、手から物をよく落とすため、店長に「もっと大切に扱え」と怒られた。什器で怪我をすることも多かった
・接客:お客さんが何を言っているのか、要求していることをうまく理解できない
・金銭管理:札束を数えるだけでも、人の倍以上時間がかかる。売上の計上も常に間違えていた。電卓を使って売上を計算しても、途中で「どこまで打ったのか?」分からなくなるため、何度もやり直す
・仕事内容を忘れる:作業をしているときにレジに呼ばれたり、お客さんに声をかけられるため、何をやっていたのか忘れる。立ち仕事なので、メモをゆっくり取る時間もなく、店長に指示されたことも、頭から抜けてしまう

毎日毎日、「自分が今『何』をやっているのか?」、訳が分からなかった。
店舗の中を走り回っているうちに、一日が終わっていた。

メモ帳に覚えなければならないことを必死にメモするものの、販売業はスピード感が求められる仕事なので、ゆっくりメモを読み返したり、頭の中を整理したりする時間もなかった。

集中力、注意力の切り替えが難しいので、別作業をしている時にお客さんに呼び止められると、イライラして仕方がなく、集中力も切れてしまい、作業が手につかないことも多かった。

とにかく毎日混乱していて、半年経っても身についたスキルは、ほとんどなかった。

そんな日々を送っているうちに、ADHDの診断を受ける動機になった、決定的な事件が起こる。

私がいたお店では、レジに10万円が貯まると、安全面を考慮して金庫に10万円を入れるルールがあった。

お金は専用の袋に入れて金庫まで持って行くのだが、事件当日、私は10万円を袋に入れず、制服のポケットに入れて持って行こうとしていた(つーか袋に入れろよ)。
金庫まで行く道すがら、先輩に声をかけられ、突発的な作業が発生してしまった。

その瞬間、私はポケットの中の「10万円」の存在を、忘れた。

お金を制服のポケットに入れたまま、帰宅してしまったのだ。

翌日は休みだったのだが、朝早く、店長から電話がかかってきた。

「金庫のお金数えてたら10万円ないんだけど、知らない?」

そう言われた瞬間、サーッと血の気が引いていった。
10万円は、私の制服のポケットの中にある。そのことを、思い出したのだ。

店長の恩情と、普段の私の勤務態度から、「多分マジのドジでやらかしたんだな」と解釈してくださったことにより、本部に報告がいくことはなかった。

しかし、この「10万円事件」が決定打となり、「私は何かおかしいんじゃないか?」と、やっと自分を疑うことができた。
ネットサーフィンをしているうちに、ADHDという病気を知り、とりあえず自己診断テストを受けてみる。

▼私が自己診断テストを受けたサイト

笑えるぐらい、当てはまる項目が多かった。

さっそくテストの結果を印刷し、いつもの精神科に持参して、主治医に相談した。
子ども時代のことや、日常生活のことなどを聞かれたあと、あっさりと診断が下りた。

正直に言って、ホッとした。
自分が抱えていた「生きづらさ」や「違和感」の原因が分かったし、しかもこれは「先天性の病気なのだ」と思うと、一種の諦めもついた。
今までのトラウマも、なんとなく慰めてあげられる気がした。

さっそく主治医から、ADHD専用の薬を、処方してもらうことになった。
薬には、コンサータとストラテラの2種類がある。
私は現在進行形で、ストラテラを服薬している。

ただ、このADHD用の薬、値段が結構高いのだ。
そのため、経済的負担を減らすことを目的に、「自立支援」を受けることを、主治医からすすめられた。
主治医に診断書を書いてもらい、役所に診断書を提出し、申請が通れば、医療費の何割かを国が負担してくれる「自立支援」が受けられる。
所得によって国が負担してくれる額は異なるものの、私は現在、1割の負担のみで済んでいる。

通院しているけれども、自立支援を受けていない発達障害者がいれば、ぜひ受けていただきたい。
医療費の負担額は、グッと減ることだろう。メリットしかない制度だ。

経済的な面が解決したあと、私がやるべきことは、あと一つしかなかった。

転職である。

自分の適性に合った仕事、自分の得意なことを活かせる仕事に、変えよう。
そう、決意した。

「私が人よりも、多少はできること、本当に好きなことは、なんだろう?」

そう思ったとき、真っ先に浮かんだのが、「文章を書く」ということだった。

本当のところをいうと、最初に転職を考えた業界は、女性向けAV業界だった。
女性向けAV業界で、「シナリオライター」をやりたかったのである(いずれ女性向けAVの素晴らしさについては、noteで書きたい)。

とはいえ、業界が特殊すぎる。当然、疑問や不安もあった。
とりあえず、映像制作の仕事をしている大学の先輩に、真面目に進路相談をした。
結果的に、色々な事情を考慮したうえで、そちらの道は断念した。

しかし、「ライター」という選択肢は頭に残っていた。

子どものころから、小説や作文を書くのが大好きだったし、学生時代に賞もいくつかもらったこともある。
大学生の時は、小説をひたすら書いては公募に投稿しており、最終候補に残った経験もあった(なんなら今でも投稿はしている)。

「そうだ。ライターならば、こんな私でもできるんじゃないか」

そう思い、12月から2月にかけて、職種を「ライター」に絞り、転職活動を行なった。

念願かなって、第一志望だった現在の会社に、ライターとして転職が決まった。

しかし、職場・職種が変わっても、ADHDを抱えながら仕事をすることは、そう簡単には片付けられない問題であることを、割とすぐに痛感することとなる。

得意を活かせる仕事を選んだからといって、ADHDが「治る」わけではない


見出しの通りだが、好きな仕事・得意を活かせる仕事に就けたからといって、ADHDという障害が治るわけでは、全くない。

だが私は、そこの部分を勘違いしていた。

得意を活かせる仕事に就けば、全て解決すると思い込んでいたのだ。

やはり、職場や職種が変わっても、前職と似たような困難に直面した。

・スケジュールの管理
・時間の管理
・ワーキングメモリの乏しさから、短期記憶が機能しない(指示内容、仕事内容を忘れる)
・会議についていけない
・ケアレスミスが多い
・「雑音」がすごい。情報をうまくさばけない(ここでいう「雑音」とは、メール・社内チャットなどの通知、そして人の顔である。ずっと机に座っている状態で、人の顔が無数に目の前に広がっていると、不安でたまらなくなるのだ)
・会議を忘れる
・マルチタスクができない
・計算ができない
・地図が読めない(取材に行く機会があるため、非常に危機感を覚えた。遅刻だけは絶対に避けたかった)
・事務的な手続きが苦手で、再提出が多い

「なんだよ、結局私、クズじゃん。結局、何もできない人間じゃん」

そんなふうに思い始め、また自尊心がボキボキにへし折られそうになっていたとき、ある社員にこんなことを言われた。

何かの会議で、計算をしなければならない場面が発生したのだが、小学生レベルの算数もまともにできない私は、その計算の答えの出し方を質問した。
そうしたら、こう返されたのである。

「え?加賀美さん、●●大学出てるんですよね?これ、小学生レベルの計算ですよ」

私の出身大学は、世間的には、まあ学歴は高い方だと見なされている学校である。
しかし、私は文学部・国文学科の出身であり、理数とは無縁の勉強しかしてこなかった。

大学に合格した方法も、一般入試ではない。
高校生だった私は、得意・不得意の科目に差がありすぎること。そして、長期的な受験勉強など、自分には到底無理だと思ったことを理由に、AO入試を選んだ。

小論文・面接・英語の試験を頑張り、学校の成績表(文系などの得意科目を集中的に伸ばした)と、受賞歴のある作文コンテストや英語のスピーチコンテストなどを武器にすれば、なんとか合格できるのではないか、と踏んだのである。

こういった経緯を知らない人からすれば、たしかに、「なんで●●大学出てるのにこんなことも分かんないの?」と思うのは、当然かもしれない。

しかし、この発言を受けたとき、私は、もはや苦笑を返すことしかできなかった。

ああもう、無理だ。誤解され続けるのも、もう嫌だ。限界だ。

そう思った。

実は、この発言をされる前にも、自分の脳の情報処理上、必要な工程だと思ってやっている作業を、
「なんでそんなことしてるんですか?」
と言われたり、
このクソバカ凸凹脳をコントロールして、うまいこと情報整理をするために、どうしても発生してしまう動作を怪訝な目で見られ、
「なんかムダな動きしてませんか?」
と、言われたこともあった。

もう、黙っていられない。

というより、自分の特性を黙っていると、結局自分で自分の身を守れないことに、気がついた。

周囲に説明する義務がある、と感じた。
「努力しても、どうしてもできないことがある」と周囲に伝えることで、助けてもらいたい、理解してもらいたいと、本気で思った。

現在の会社に転職してから、5ヵ月経ったころ、産業医面談を申し込んだ。
人事の社員にも同席してもらい、全部ぶちまけた。

冷静に話そうと思っていたのだが、産業医の先生と人事の社員が、余りにも優しくて、涙が止まらなかった。
取り乱したくなかったのだが、先生と人事が、真摯に話を受け止めてくれたので、号泣せざるを得なかった。
黙っていたことを怒られるのではないか、とビクビクしていたのに、全くそんなことはなかった。

「こんなことを言ったら、言い訳していると思われるんじゃないかと思って、言い出せませんでした」

と言ったら、

「それは言い訳でもなんでもないです。大丈夫ですよ。特性を理由に解雇されるなんてことは、ありえませんよ。寧ろ、そういった特性は、絶対に職場に伝えるべきです。周囲の理解を得られますし、助けを求めることもできます。少なくとも、あなたの上司には言っておくべきです」

そう、産業医の先生に、力強く言われた。

私の生い立ちも聞いた上で、
「あなたが現在通っている病院にはカウンセリングもあるようですから、絶対に受けた方がいいですよ」
と、すすめられた。

帰り際、「頑張ってね」と先生が優しく背中を叩いてくれた時のあの感触は、今でも忘れられない。

その後すぐに主治医に報告し、相談したところ、

「僕も前から、加賀美さんはカウンセリング受けた方がいいと思ってました。でも、患者さんの意思がない限り、こちらからすすめることはできなかったので。カウンセリングでは心理検査も受けられますから、自分の特性の理解が更に深まると思いますよ。行動療法的なアドバイスも受けられるので、きっと役に立つと思いますよ」

そう、言われた。

カミングアウトのススメ!

現在、私は毎週カウンセリングを受けている。もう半年になるだろうか。
そんな日々を送っているうちに、実感し始めたことがある。

人によるかもしれないが、ADHDの人がうまく働いたり、日常生活を送るには、薬物療法だけでは補い切れないことが確実にあると、私は思う。

そこを補うような、具体的アドバイスをくれるのが、カウンセラー(私の場合は臨床心理士だ)だ。

まだまだ業務上、生活上の困難は多いのだが、カウンセラー、主治医、そして理解ある上司、同僚、先輩のおかげで、私はなんとか、働くことができている。

また、(1)でも書いたように、ADHDの人にはやはり、心理検査の実施も強くすすめる。

まずは、自分で自分のことを理解しないと、助けを求めるにも、求められない。

何が苦手で、何に限界があって、どういう場面で助けてほしいのか、周囲に具体的に伝えるには、自己理解が不可欠なのだ。

それから、去年までは社内の一部の人間しか私の特性のことは知らなかったのだが、今年に入って、「公」にした。

理由は、簡単である。
結局、言っておいた方が、周囲に迷惑がかからないのだ。

「できる」と思ってやっても、やっぱ無理だった、ということもある。
ヤバい、分かんない、ちょっと助けてほしい、と思うこともある。

そんな時、「自分で解決できる」と思ってやった行動が裏目に出て、人に迷惑をかける可能性は、私たちのような凸凹人間には、大いにあるのだ。

そうすると、最終的に苦しい思いをするのは、他でもない、自分である。

直近でいえば、上司に報告するための成果率(%)の出し方が、どうしても分からなかったので、隣に座っている先輩に計算を助けてもらった。
別に怪訝な顔もされず、優しく教えてくれたので、「ああ、伝えておいて良かった」と思った。

参考までに、現在私が行っている業務上・生活上の工夫を記載しておこう。

●環境配慮のお願い。気が散る・不安になる・緊張するので、人の顔がたくさん目の前に広がらないような席を用意してもらう(顔が壁側に向く)。仕切りが設けられた「集中スペース」席の、積極的な活用。
●メモ。メモメモメモ。とにかく何でもメモ。話についていけるよう、複数人の会議の発言をタイピングしながら聞くことで、「今何の話をしているのか?」を目で確認しながら、把握する。
●月の予定や、次の日にやるタスクなどを、あらかじめ手帳に書いておく
●「どうしても分からない」と思ったことは、素直に聞く。「私これ理解できてないな」と、自分で認識できるクセをつける。
●出社後すぐに、メモ帳に「緊急」「緊急じゃない」「重要」「重要じゃない」の4つの指標を書いて、タスクを振り分ける。そうすると、優先順位を目で確認できる。タスクが終わったら線を引いて、自分に安心感を覚えさせ、褒める。
●集中力の切り替えが難しいので、意識して休憩を取り入れる。一旦離席する、トイレに行く、場所を変えるなど、「スイッチ」を切り替える。
●会議前、提出物の期限時刻の前には、アラームを設定しておく。
●「雑音」のシャットアウト。メールや社内チャットをチェックする時間とタイミングを決めておき、それ以外の時は、ウィンドウを閉じている。気が散らないようにするためだ。イヤホンを耳栓代わりに使っている。
●情報処理がうまくできず、脳が混乱したときは、ノートに手で書いて、情報を整理する。「何に混乱しているのか?」「何がわかっていないのか?」を可視化する。
●取材に行く時は、絶対に迷うことを前提に、最低でも30分前には取材先の最寄り駅に着くよう、会社を出る。
●「多分これ忘れるなー」と思った瞬間、スマホのリマインダーにメモをする。勿論、日付と時刻も込みで。
●家の中では、絶対に目に入る場所に大事なもの、必要な書類を置いておく。
●家族(主に伯母)に定期的に家に来てもらうことで、私の生活状態がおかしくないか、家に異常がないか、チェックしてもらう。

自分で自分を守るためのカミングアウトです

最後に、繰り返すようだが、ADHD・ASD・その他発達障害を抱えている人は、職場に自分のことを伝えよう。

他でもない自分を、自分で守るために、伝えるのだ。

怖いかもしれない。
私も、本当に本当に怖かった。

一番怖かったのは、ADHDを理由に、「仕事をサボろうと思っている」、「できない言い訳にしている」と思われることだった。
だが、そんな心配は杞憂だった。
恐らく、自分が思っているよりも、人間は怖くないことが分かった。

ただ、万が一の事態を避け、誤解されないためには、

「自分には、こういう特性があります。自分の脳のクセと折り合いをつける必要があります。そのために、こういう対策をしています。ですので、ご理解ください。そして、できれば、こういう配慮をお願いします」

と、こんな感じで誠意を尽くしてきちんと伝えれば、大抵は理解してくれるのではないだろうか。

もし、そのように伝えたにも関わらず、自分の特性を理解してくれなかったり、無視されたり、努力を容認してくれないような職場であれば、とっととオサラバしてしまおう。

あなたが傷つき、搾取されるだけだ。

それから、偏見を持たれるのではないか、という恐怖についても、よく分かる。

だが、あくまで私の場合だが、もうなんというか、恥をかき過ぎてきた人生なので、その点に関しては「今更感」があり、別に怖くもないのだ。

これ以上失うものとかないだろ(笑)と思っているし、仮に偏見を持って接してくる人間がいれば、「宇宙人が何か言ってるわ」と、無視すればいいと思っている。

自分の中の、「なんかヘンだな?」を、見過ごさないことも大事だと思う。
つまり、「自覚」することだ。

当事者として言うが、発達障害者が「生きづらさ」を覚えたり、「周囲に迷惑をかけてしまう」ことが起こったりする原因の大半は、「自覚」がないことによるものだと思う。

「なんかヘンだな?」と思ったとき、まずは発達関連のサイトを見るか、書籍を読むなどすれば、違和感のヒントを掴むことができる。

▼私がよく見るサイト 
LITALICO発達ナビ | 発達障害ポータルサイ

「本当にやばいんじゃないか?」と思った時は、医療機関に行くか、役所の保健福祉課で相談するか、家族に相談するなどして、助けてもらおう。

結局は自分が苦しい思いをするだけなので、早い時期に気づくに越したことはない、と思っている。

正直に言えば、私も子どものころに自分の特性について、知りたかった。
しかし、その当時は「発達障害」という概念や言葉が全く浸透していなかった。今更言っても、仕方がないことである。
だからこそ、今の時代を生きている子どもたちが適切な教育を受けられる制度は、整って欲しいと思う。

2次障害についても、完治に時間はかかりそうだが、まあゆっくり、付き合っていくしかないなと思っている。

大丈夫です。
あなたは、一人ではありません。
助けてくれる専門機関はあるし、助けてくれる人もいます。

こんな凸凹人間の私でも、なんとか社会で仕事ができているのだから、大丈夫です。

偉そうに長々と講釈を垂れてしまいましたが、現在職場で苦しんでいる人は、あなたらしい働き方を見つけられること、自分に合った仕事に就けるように、心からお祈りしています。

(今度は発達障害児の「教育」についても書けたら書きたいな!)

Twitter:@psy_kagami


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頭の中は、いつもごみ箱です。血まみれの愛の中で生きてます。夢は、死ぬまでに本を出すこと。それから、自分と自分の人生を心から愛せるようになること。

私達の人生って美しいね スキ!
150
◉エッセイ、(私)小説、ファッション◉性・ジェンダー・恋愛・エロ・精神障害・生きづらさ・毒親・文学・音楽・サブカルなどを書きます◉ちなみにADHD(精神障害者保健福祉手帳3級)◉もがきまくっている日々
コメント (5)
加賀美さんのノートを、たった今初めて読みました。そして実はつい先ほど、ADHDの検査から帰って来たばかりの、24歳の接客業をしてる女です。
「自分は仕事の出来ないクズ」「自己否定」「恥ずかしい、死にたい」が常に頭にこびりついて、「今日もまた何か失敗するのでは…」とびくびくしながら出勤する日々です。

症状の出方が加賀美さんと激似で、モヤモヤしていた部分を代弁してくださっててめちゃめちゃ泣きました。

明日オーナーにカミングアウトをしに行きます。死ぬほど怖いですが…がんばります。
>吉岡さん
こんにちは!こちら、コメントにずっと気がついておらず……大変失礼しました💦
参考になったとのこと、非常に光栄です。

ご家族へのカミングアウトとその反応……お辛かったでしょうね…
ただ、私はコメントから吉岡さんの謙虚で努力家な一面を感じました。
でも、あまり自分を責めすぎないでくださいね。

私の経験が少しでも役に立ったのならば本当に嬉しいです。
吉岡さんが自分らしい仕事や人生に向かって進めることをお祈り申し上げております。

コメントありがとうございました!
>みけさん
はじめまして!コメントありがとうございます。

昨日ADHDの検査から帰っていらしたとのこと、お疲れ様でした。
みけさんのお気持ち、本当によくわかります…私もADHDが判明した職場にいた時は、みけさんと同じような状態でした。

泣かせてしまったとのこと、そんなつもりはなかったのですがすみません💦
でも、まずはご自身が抱えていたモヤモヤの原因や正体が分かったようで本当に良かったです。
カミングアウトを決意されたみけさんの勇気も素晴らしいです👏👏

私の場合は、モヤモヤの原因と正体が分かったことで自分が進むべき道や仕事の種類がハッキリしました。

これからどんな未来に進まれるにせよ、この記事がみけさんがベストな道を歩めるヒントになったのであれば、私も嬉しいです。

私の方こそ励みになりました。
コメントありがとうございました!
A.D.H.D持ちの金融機関で働いている者です。不注意が多く、支店が忙しい時に限ってミスをしてしまって周りに迷惑をかけてしまっています。こんな私なのですが、幼い時から音楽、映画、アニメ、ゲームなどのエンタメが好きで、そのことに関しては一日中何か調べたりしてても辛くなかったです。この経験を活かして、上記のようなコンテンツを扱うWEBメディアで編集者を目指して働きたいと思ってます。A.D.H.Dの方にとって編集者という仕事は適職だと思われますか??
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