Pカップに呪われた、ある男の話
※この話はフィクションを含んでいます。
※ぶっちゃけこんな大層なもんじゃないので雰囲気で読んでください。
「アイドルマスター」というコンテンツに出会ったのはいつ、と聞かれると少し困ってしまう。
直接的にはいわゆる「デレステ」がサービスインし、遊び始めた瞬間をいうのだろうが、果たして本当にそうだろうか?
それよりもっと前に出会っていたはずなのに。例えばキャラの画像であったり、ネットスラングであったり。
一番古い記憶は太鼓の達人に曲が収録されていたというものだ。だから、ひとまずこれを出会いとしておこう。
まあ、そんなことはどうだっていい。とにかく、既に私は「アイドルマスター」というコンテンツに出会っていたのだ。
だから、そんなアイドルマスターの新作タイトルが出ると聞けば、興味が湧くのも必然であった。
目の前のモニターに、新作発表の生放送が映る。どうやら今度の新作は若いプロデューサーが率いるらしい。
「こんな若いのにプロデューサーか……大変そうだ」
あくびをしながら、勝手にそんなことを思った。
ゲーム部分のPVが流れ始め、アイドルが登場する。キラキラと輝くエフェクトが眩しい。ぼうっと画面を眺めながら出たのは、「最近の絵っぽいな」というそんなありふれた感想だった。
まあ、いいさ。とりあえず最初に触ってみて、合わなければやめればいい。
そんな軽い気持ちで、私はコップの中身を飲み干し、ひとつ大きな息を吐いた。
(しかしこのゲーム、難しいな)
やがてサービスインの日を迎え、私はPCの前で奮闘していた。いや、悪戦苦闘と言ったほうが正しいか。
本家のつくりを意識したという言葉通り、今まで私の知っていた「アイマス」とはシステムが根本的に違っていた。
最初は、クリアすらままならない状態だったが、創意工夫の末、2日目に優勝の文字を見た時には、至上の喜びを感じた。
何より、小さなころよく遊んでいたとある野球ゲームに似ていたものだから、私が面白いと思うのも必然であった。
それから頻度の多寡はあれど、私はそのコンテンツに少しずつハマっていった。
この時点では、あくまでサブとしてプレイするゲームとして、ではあるが。
歯車が狂い始めたのは、甘いチョコレートの季節。
一般的に女性が心寄せる男性に思いを告げるとされるその季節に、歯車は狂い始めた。
プロデューサーズカップ、世のプロデューサーを震わせ、阿鼻叫喚の渦に叩き落とす悪魔のようなイベントのはじまりである。
とはいえ、私は最初からそのコンテンツに呪われていたわけではない。
もちろん最初のイベントということもあり、それなりに頑張ろうとはしていた。が、何を犠牲にしてでも勝ち残りたい、というほどの覚悟はなかった。事実、イベント期間の最中に同人誌即売会に出向き、お気に入りの配信者に差し入れをしたりしていた。
そんな中、初めて身体の異常を感じたのは帰路のモノレール車中。やけに気だるさを感じた。体が熱い。転げこむように帰宅してから、体温計を手に取る。無機質な音のあと、液晶には38.4という文字が浮かんでいた。
3日間にわたる睡眠不足。身体には着実に疲労が刻まれていたのだ。
ベッドに転がりこみ、目を閉じる。私は3日ぶりにぐっすりと眠り、その後期間中プロデュース活動をすることはなかった。
アイドルマスターというコンテンツとライブという娯楽。切っても切り離せない関係だ。1stライブのライブビューイング会場に向かいながら、期待に胸を膨らませる自分。
今思い返してみれば、あの時が一番純粋であったのだろう。
やがてライブの熱狂は渦を巻き、迷光が観客の下に現れた。
その3つの輝きが、人々をさらなる狂気へと引きずり込む。
(いや、早すぎるだろ)
わずか2ヶ月というスパンで再び眼前に現れた、プロデューサーズカップの文字に、私は嘆いた。
と言いつつも、私の脳は回冷静であった。前回の敗因は2つ。
体調、そして闘った場所だ。
体調面は言わずもがな、前回走ったボーダーは高くもないが低くもない、という絶妙なラインであった。
ならば、体調面を整え、ボーダーが低い場所を狙えば手が届く。
「次こそは」
そうして、私は決して開けてはならない扉を開いた。
結論から言えば、望む場所に手は届いた。
ただ、それが自分の真に望む所であったかどうかはわからない。
ハッキリと順位が刻まれた称号プレートを見ながら、私は複雑な感情に囚われていた。
(いくら何でもボーダーが低すぎる)
自分の好きになったキャラクターが、周りからの好反応を得られない。
このイベントにおいては喜ばしいことなはずなのに、なぜか気持ちは晴れなかった。
そんな心の靄が晴れないままに、再び戦いの幕は切って落とされた。
ゲームシステム的に言えば、称号を付けられるのは1つだけ。
全く闘う必要はないはずだ。しかし、私は再びその戦地に身を投じた。
そこに、高く高く、そびえる山があることを知らずに。
私はプツリと紐が切れたようにうなだれ、右上のバツマークを力なくクリックした。
悔しいという感情が脳内を支配する。私は、負けたのだ。
その事実を認めたくなくて、私はガシャを回した。
画面には、直前までプロデュースしていたアイドルが、こちらに笑顔でクレープを差し出していた。
私は敗北した事実から目を逸らすため、SNSにそれをアップした。
時を同じくして、この頃から妙な違和感を感じ始めた。
その疑念は最初は些細なものであったが、時を経て、敗北を経て、確証へと変わっていく。
戦いの傷が癒え、しばしの安息が流れた。
やがて季節は巡り、新たな出会いが訪れる。
世間で流行するウイルスの話題を吹き飛ばすかのように、その知らせは突然届いた。
自分の好みは自分が一番把握している。当たり前のことだが、この場においてはなによりも重要なことであった。
(明らかに、好きなキャラだ)
シニカルな表情をする彼女に、有り体に言えば一目惚れをしたのであろう。気づけば、私の心は完全に1体の偶像に囚われていた。
その瞬間、私の往くべき道は定まった。
その道が、苦難に溢れる道だとは知らずに。
小さな頃、足の速い彼はいつだって人気者だった。自分がいくら全力で走っても、彼はいとも簡単にそれを置き去りにする。
(くそ、もっと速く動いてくれよ)
願いは届かず、私の足は止まる。視界がどんどん暗くなっていく。周りの人たちが私を抜き去って行く。こんな鈍間の姿なんて、とうの昔に眼中にないのだろう。
闇の中で私は自らの力のなさを呪った。
やがて、暗闇が全てを包み込む。
完膚なきまでの敗北だった。プロデュースを何度重ねても、上位陣との差は離れるばかり。
知識も、腕前も、資産も。そして何よりも、「覚悟」が足りていなかった。最後まで悪あがきをする気力もなく、私は敗北宣言をするしかなかった。
そこからの半年間は、さながら修行のようであった。いくら「覚悟」を手に入れようと、力が足りなければ何も為すことはできない。
ひたすら、先駆者から知識を吸収しようと教えを乞うた。
好きなアイドルが登場してもジュエルを貯め続けた。
そうして貯めた資産はPカップで強力なアイドルに惜しみなく注ぎ込んだ。
できることはなんでもした。走る環境も、端末も。
そして、何より大事な「走り方」も。全てを捧げても、勝つ。
やがて四度目の戦いのゴングが鳴り響く。
過去の経験から、各人の戦力差は初日で推し量れる。
15時を迎え、ひたすら前を見て走り続ける。
今まで積み重ねてきたひとつひとつの要素が、自信となり、速度となり、ファン数を増加させていく。
(今までの自分とは違う)
周りを気にせず、ただひたすらに走り続ける。
気が付けば、今まで見たことがない景色がそこに広がっていた。
正直に言うと、この時は恵まれていたと思う。時間も、やる気も、素晴らしい環境もあった。
常に高くそびえるはずだったボーダーという壁も、現実的なラインで揺れ動いていた。
サポートしてくれる仲間もいる。力を存分にぶつけ合える実力が拮抗した敵もいる。
そんな恵まれた環境で、私は初めて全力を出しきることが出来た。
2位という銀色の文字が刻まれたプレートの価値を考えながら、担当のガシャを回す。
あの瞬間、確かに私はPカップに満たされていた。
かくして、長きにわたる私とPカップの戦いは終わった。
Pカップのために過ごす日々が終わり、私はシャニマスの真の楽しみ方を思い出す――――
はずだった。
半年後、真新しいアイドルの絵の横に「6」と刻まれた称号を前に、私は自分に問いかけていた。
(いや、なんで?)
あの時確かに戦いは終わったはずなのに、なぜ私はもう一度戦いに身を投じたのだろう。
周りに散々聞かれた答えに、私は「取れそうだから取った」と答えた。
本当にそうだろうか?
理由を心の中でもう一度繰り返す。
「アイドルが好きだから……」
その答えを口に出そうとしたところで、はっとした。
今までの記憶を辿る。深く、深く。
そこには、コミュやアイドルの記憶はほとんどなく、覚えていたのは、ただ「Pカップを走った」という記憶だけであった。
そこでようやく気付いた。私は「Pカップでしかシャニマスを楽しめない」のだと。
アイドル同士のコミュも、ユニットでの楽曲も、ライブでのパフォーマンスも。
何一つ知ることなく、私はただPカップを走ることでシャニマスを楽しんでいる。
そこまで思考を巡らせて私は気づいた。
もう、このコンテンツを最大限に楽しむことは出来ないのだと。
私は、Pカップに呪われてしまったのだ。
この呪いが、いつか解ける日は来るのだろうか。
コミュを見て、素晴らしいと長文の感想を記すことが出来るのだろうか。ライブを見て、そのパフォーマンスに涙を流すことが出来るのだろうか。
シャニマスのアイドルを心から好きだと言える日が来るのだろうか。
問いかけても、答えが返ってくることはない。
代わりに、全てを賭して愛したはずのアイドルの声が部屋に響く。
『努力に意味とかないですよ
それを褒めるのって身内だけでしょ?
……私は結果がまあまあなら充分です』
いつも聴いているはずのそのセリフが、その夜は妙に鮮明に聞こえた。
あとがき
別にこんな大層なことを思ってやってたわけではないです。
いうてもただのイベランなので、周りにどう言われようと自分が満足できればそれでいいんじゃないですかね。
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