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インターン日記#16 【Final Report】

今日をもって、Vulcanus in Europeの企業研修のパートが終わりました。
このプログラムをどうまとめるか、非常に悩ましかったのですが、あえてFinal Reportをそのまま公開することにしました。会社からは、機密情報の面からは問題ないと承諾をいただいている内容です。多くはブログと重複しています。


仕事について


まず、私は自動車関連のことを今までに勉強したことがなく、8月の時点でスペイン語は語学学校で学んでいたことをほとんど全て忘れてA2にも達していなかったことを前提に置きます。また、ヴルカヌスに参加した目的が非常に抽象的で想像力に欠ける目的だったので、渡航した直後から目標を見失ってしまいました。
私がやった仕事は、前半は認証試験のためのチェックリストの作成やテストの評価、後半はプロジェクトマネージャーから与えられた一時的な仕事でした。
チェックリストの作成では、クライエントからもらった資料を見ながら、実際の試験に必要な手順を記入したり、部品を入力したりします。また、テストの評価では、自分でプロトコルと呼ばれる試験の指南書を読み、実験結果と照らし合わせてクライアントに提出するレポートを作成します。プロトコルに詳しい上司からこまめなフィードバックをもらいながら、プレゼンテーション資料を作っていました。
また、実車を上司と一緒に見たり、車に触れたりする機会もありました。中には、まだ発売されていない車を見たり、重要な試験に関わったりすることもあり、業界の裏側を知ることができて非常に興味深かったです。
私は今まで現場に行って触れることだけに興味があるのだと思っていましたが、じっくりと時間をとってデータの整合性を確かめることも同じくらい楽しいということも分かりました。完璧な試験レポートは作れなくても、注意深く値を見て、正しく試験を評価できたことが嬉しかったです。

一方で、11月からは仕事があまりありませんでした。試験がひと段落して、何もやることがなかったこと、仕事がなくても自分から積極的に探せるほどの自信がなかったからです。仕事の内容としては、部品を確認してエクセルにまとめたり、お客さんにメールを返信したり、たまに試験のためのチェックリストを作成したりと、事務作業が多かったです。自分のメンター以外にもたくさん同僚はいました。しかし、一度チェックリストを作成したときに、同僚が大幅に訂正をしてくれた経験があり、迷惑をかけたくない、話しかけたくてもスペイン語の壁があって話しかけられない、と気持ちが委縮していました。それに加えて、単純なミスが相次ぎ、自分は仕事に向いていないと考えることもありました。どんな些細な仕事であっても、気持ちを緩めずに高い完成度を目指すことが大切だと思いました。

時間が余っていたので、空いている時間はお客さんとの会話についていけるようにと、自動車の動向に関する記事を読んでいました。仕事がもらえた時には、色々な手段でやってみることを試みました。
例えば、ヨーロッパ、スペイン、フランスでの交通事故死亡者数を交通手段別でレポートにまとめる時には、今まで勉強したことのなかったPythonを使ってデータの分析をしてみました。
また、プレゼン資料の仕事が与えられたときも自分なりに試行錯誤をしました。車の衝突実験には、ダミー人形を搭載するのですが、新しい形のダミー人形についてのレポートも、時間をかけて資料を見て、なるべく情報のあるスライドを作ることを目標にしました。
私は自分の将来についてずっと悩んでいたので、オフィスにいる同僚にお願いして話を伺っていました。特にスペイン人以外の人で、どうしてIDIADA を選んだのか、スペインでの生活はどうなのか、という話は面白かったです。また、IDIADAの支社がある中国に行った同僚もおり、どのようなことを得たのか、今の仕事にどのようにつながっているのかを聞くのも、残り少なくなった研修期間をどう使うかに非常に役に立ちました。

語学語学の学習は、スペインに来てからことあるごとにモチベーションが急上昇したり急降下したりして、コンスタントに続けることが非常に難しかったです。週に数回言語練習会に行っていましたが、会社で聞くスペイン語とはまるで違っているように感じました。会社でスペイン語を聞くのがトラウマで、いつまでたっても成長しない自分自身にいつも苛立ちを覚えていました。しかし、モチベーションをあげた体験としてはっきりと覚えているものがいくつかあります。

10月ごろ、席がなくて私が一人でランチを食べていると、数人ほどが私のところまできてくれたのにもかかわらず、私は一言も話すことができずにランチを終えてしまったことです。このことが印象に残っていて、その日から平日夜の9時からZoomを開き、都合のつくヴルカヌスの同期と会話の練習をすることにしました。

また、私の部署に同い年くらいのインターンの人が何人かいて、話しかけてくれるのに本当に何も分からなかったことがあり、その時も文法書を一から復習しました。

一番強烈に残っているのは、1月の下旬ごろにインターンをどう終えようか色々な人に相談していたときに、突然私がスペインで今働いていることのありがたみや、今までたくさんあった時間をスペインを選んだことで悩み、スペイン語から逃げるための暇つぶしに使っていたことをはっきりと自覚したことです。私達の代は、オンラインでしか語学学校に行っていませんでした。現地の語学学校に行っていればこんなに苦労することはなかったといつも同期と話していたにもかかわらず、スペインで語学学校には通いませんでした。残り 2 か月弱しか残っていませんでしたが、後悔しないようにと、旅行と仕事以外の時間とお金を語学に費やしました。それでも一か月で急激によくなることはなく、同僚たちは本当にスペイン語を話しているのかと思うほど、何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。
さらに、会社のあるカタルーニャ地方ではカタラン語を話す人が多く、街中で多く目にします。せっかくだからとカタラン語も文法だけ勉強してみました。すると、前に勉強していたフランス語と驚くほど似ており、思いのほか楽しく勉強することができました。また、今まで分からないから見ない、と遮断していた街中の広告が分かったり、カタラン語をほんの少し聞き取れるようになり、バルセロナでの生活がより一層楽しくなりました。


滞在中に得たこと


まず、自分の時間、お金、感情をマネジメントして、優先順位をつけることができるようになりました。残念ながら仕事で特別な技術を学んだことや大きく貢献したことはありません。しかし、滞在を通して自分の精神面が多少成熟したと思います。スペインの行政手続き、語学の壁、限られた時間と資金の使い方、生活リズムなど、日本で意識しなかったことに否が応でも対応しなければなりませんでした。セルフコントロールが苦手な私にとっては、時には苦痛で逃げることもたびたびありましたが、なんとかここまで続けることができました。
また、自分の長所も改めて実感することができました。私は目標を設定して達成しようと努力することで精神を安定させることができると再認識しました。ヨーロッパに来たら、リラックスした環境で毎日を楽しく過ごすことを夢見ていましたが、実際には何の目的もない空虚な日々を過ごしていたことが多かったです。しかし、2月から効率的に時間を使おうとしてからは、毎日充実した日々を送っていました。


さらに、自分の弱点を克服するためにしていたことがあります。私は何かを始めることは得意でも、続けることは苦手です。そこで、スペインでは「言語化して発信し続ける」ということを意識しました。スペイン語での言語化、という意味では、毎日数分でいいからスペイン語に触れて言語化につなげることを意識しました。また、体験の言語化、という意味では、ちょっとしたことでもメモを残したり、休暇中に出会った人や景色など詳細に記録し続けていました。そして、それをこまめにブログなどで発信することを強制することで自分の気持ちを客観的に見直すとともに、もし可能であれば将来のヴルカヌス生に役立てばいいなと思っていました。実際に、2023年度生や、2024年度の応募を考えている人から連絡をいただきうれしかったです。

このNoteで公開しているヴルカヌスの受験記の閲覧数は1000を超えています・・・!いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

noteは日記、instagramは自分専用のアルバムとして使っていました。(どうしてinstagramでほとんどフォローしないのかと聞かれますが、人の投稿をみるのが目的ではなく、自分の成長記録として運用しているからです)noteは、どんなに薄い内容でも毎週投稿しつづけ、(2月からはスペイン語記録もつけ始め)いつの間にか80記事を超えていました。

今後のキャリアを考える上でも非常に好影響を与えました。日本ではあまり苦労したことのなかった私が、こちらに来ると「スペイン語もしゃべれないアジア人」という立場で生活しなければならないと感じました。また、仕事の環境でも、英語であっても何を言っているのか分からずに唖然としてしまうことがありました。こちらでは、インターンなどで経験を積みながら徐々にキャリアアップしていくのが普通で、私の部署でも大学院に通っているインターン生が常に数人いました。私は今学部 3 年が終わった段階ですが、海外の大学院に通って経験を積みつつヨーロッパで就職するか、このまま日本で就職するのかを考えるとても良い判断材料になりました。


ここまでが自分自身の成長や気づきですが、生活の中での気づきもたくさん得ました。具体的にいえば、スペインのコミュニケーションについて、外国人である私と同僚などの関係性について、スペインからみた日本、スペインのヨーロッパに置ける立ち位置、EUという枠組みと日本の比較など、日本にいるときよりもはるかに解像度が上がりました。
スペインでのコミュニケーションは、一般的に日本よりもずっと近いです。例えば、「あなた」を意味する Usted は日常生活の中ではむしろ使わないほうがいいとされ、初対面であっても「君」を意味する Tú で話します。男女ともにボディータッチが多かったり、大切な挨拶のときに頬に二回キスをするのもスペインの文化です。いまでも戸惑うほどですが、どんな人に対しても心を開く姿勢は本当に尊敬しなければならないと感じると同時に、日本では絶対に見られないような社会規範だと思いました。
専門知識も言語も劣っている私に対して、質問に丁寧に答えてくれたり、ふさぎがちな私に何度も話しかけてくれた同僚には感謝しかありません。一部の会社では、自分の仕事を取られることを恐れて仕事を教えてくれないこともあると聞きます。 IDIADA では、質問に対して必ず時間を割いて、私が満足するまで付き合ってくださる人ばかりで本当に人に恵まれていると思います。

スペインでのアイスブレイクでは日本のことを聞かれることが多いのですが、アニメや漫画、日本食など私よりもはるかに詳しい人ばかりで驚いてばかりでした。こちらに来てから幸いなことに人種差別にあったことはなく、むしろ日本人だと伝えるとほとんどの人が好意的な反応をしました。さらに、ヨーロッパから見たアジア、特に日本の文化の特殊性は特筆するべきだと感じました。漫画、アニメなどの世界に知れ渡ったサブカルチャー、無形、文化遺産に恵まれた観光地が各地に点在し、季節によって楽しみ方が違う自然の豊かさなど、ほかの国ではなかなか見られない特徴が多くあります。日頃の悩みであった超満員電車や超高層ビルなども、外から見ると興味をそそるようでした。


スペインのヨーロッパでの立ち位置についてですが、スペインで働くことが決まった時に、治安の悪さ(軽犯罪の多さ)、若者の失業率の高さ、給料の低さ、カタルーニャ地方やバスク地方の独立問題など、暗い面しか見ていませんでした。またインフレーションの影響は徐々に生活を蝕んでいるようでした。ほかの国と物価は大きく変わらないにもかかわらず、スペインの平均給与は西欧の中では最も低い国の一つです。ところが、ほかのヨーロッパの地域の学生の多くは、スペイン語や社会保障制度の欠陥など、生活するハードルは高いにもかかわらず、移住先、勤務先としてスペインを希望していました。その理由として気候、食事、人の特徴などが優れていることを挙げていました。スペインが観光地だけではなく、生活拠点としてもポジティブな視点を持っていることに驚きました。逆に、今まであこがれていたドイツやオランダ、北欧については、気候がメンタルに与える影響が想像以上に大きいこと、現地語のハードルはどこにいっても存在すると分かり、よい意味で幻想が崩れました。


最後に、EUという枠組みと日本の対比についてです。パスポートなしで移動できる域内、Euroや、食品の栄養表示の統一、EU内の多くの国にあるチェーンのスーパーなど日常生活のあらゆる面で EU 内の統一を見ることができます。仕事では Euro NCAP という欧州における自動車安全テストや、ヨーロッパの外から輸入される部品の扱いの厳しさ、EU に一度入った時の人やものの移動の自由さなどから EU 内外の差を感じることができました。EU は、ドイツやフランスといった世界経済にも大きな影響を与えている国や、バルト三国のような共産主義国から守られるために加入した国、東欧やギリシャなど他の国の補助を受けなければならない国なども加盟しており、一枚岩ではありません。スペインは北と南で生活の質が異なり、主な産業が観光で、国内でも自治の問題がずっと燻っています。EUに加入していることで経済と国際関係の安定を保てている面があるのではないかと生活の中から感じました。

ファイナルレポートでは旅行のことを書けなかったので、こちらに少し追記をします。旅行は、私の滞在期間の中で最も大切な時間と言ってもいいほど実りの多いものでした。

まず、旅行の準備段階から、限られた時間の中どの順番で回ろうか、誰とどこで会おうか、何を持っていくかなど0から旅程を立てるのは大変でした。

そして、現地での学びは私なりに全て吸収したつもりです。

行った国は、スペインを入れて15カ国、
行った都市の数は60近く、
案内してもらった大学は19校、
旅行期間は合わせて40日以上と、非常に充実していました。
皆様の力が無ければ達成できませんでした、本当にありがとうございました。

日本にいる間に行きたかった大学や都市にはほとんど全て行くことができました。
選択肢が多過ぎて整理することが出来ていないのですが、まずは自分のやりたいことに耳を傾けることから始めたいと思います。

また、ヴルカヌス生ともしょっちゅう旅行をしたり現地であったりしました。お互いの境遇を話せて非常に楽しかったです。


そして、忘れてはいけないのは、ヴルカヌスのプログラムを通じて会ったすべての人たちです。ここまでコーディネートしてくださった事務局の皆様を始めとして、仕事でお会いしたクライアントや、同僚の方たち、バルセロナで会った現地の人たち、ヴルカヌスの先輩など私が頼りにしていた人など、絶対にこのプログラムのこのタイミングでなかったら会えませんでした。
一度、日本人の女性の方で海外の現地採用で働いている方がクライエントとして来た時、個人的にご飯をご一緒させていただきました。同じような境遇だったので、話をたくさん伺えたことも素敵なご縁だったと思います。
会社の中では、いつも元気いっぱいで周りを明るくさせるメンター、私が最初に就職するときの推薦状を書いてくださるとまで言ってくれた上司、私が入った後すぐに転職し、少ししかお世話になっていなかったのに気にかけて連絡をくれる人、思い切って相談しようと思ったら快く引き受けてくれた人などがいました。
普通は家族と過ごす大切な時間であるクリスマスのディナーに誘ってくれて、ごはんをふるまってくれた人や、スペイン語の文法を日本語で教えてくれるスペイン人にも出会いました。

また、ヴルカヌスインヨーロッパだけではなく、ヴルカヌスインジャパンの先輩にも大変お世話になりました。私を家に泊めてくれたり、話を聞きたいと頼むとつつみ隠さず話してくれたりと、落ち込んでいた私にとっては本当にありがたかったです。何よりも一緒に不安や憂鬱や喜びを共有してくれたヴルカヌスの同期には感謝しかありません。たった一年間、それぞれの場所で生活していましたが頻繁に連絡を取り、励ましあえたことは何よりも精神の安定につながりました。
今後はヴルカヌスのアラムナイとして、何か私に手伝えるようなことがあれば積極的に行動したいと思います。
大学在学中に、このような密度の高い貴重な時間を過ごせたことに感謝します。
本当にありがとうございました。



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