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0241 - 近所にあったビデオレンタル店

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ふと思い出したお店の話。

高校卒業後に上京して住み始めた住まいの近くに、小さなビデオレンタル店があった。

時代はまだビデオ全盛期。1本借りるのに1週間400円くらいが相場だった。ラインナップで比べたらTSUTAYAに行くほうが圧倒的に充実しているのだが、家から歩いて3分という便利さもあり、この小さなビデオレンタル店にちょくちょく足を運んでいた。

いかにも映画好きそうな、還暦を超えていても不思議じゃなさそうな白髪まじりなおじさんが1人で経営。正直あまり繁盛している様子ではなく、他のお客さんと遭遇することも滅多になかった。

お店を知ったきっかけは「たまたま通りがかった」だけ。特に何も考えずに入店。入り口の奥のカウンターに座るおじさんの姿が見えるも、基本的にそのタイミングでは「いらっしゃい」などの挨拶は一切無し。

けして広くはない店内。棚に並べられたビデオを順番に眺めていると、いつの間にか隣におじさんが立っていて「いらっしゃい、今日はどんな気分?」と訊いてくる流れが定番だった。

おじさん「今日はどんな映画を観たい気分?」
僕「いや、特に決まってないです」
おじさん「そう、、、アクションとかパニック系は平気?」
僕「はい、平気です」
おじさん「じゃあ、これ観たことある?」

といった調子でいろんな映画を薦めてくれる。このおじさんのおかげで出会えた作品はとても多い。そこが個人店ならではの良さや強みではあるのだが、代わりに「自分が観たい作品が簡単に借りれない」という大きな欠陥も孕んでいた。

たまに、おじさんがカウンターの奥から出てくることなく、自分で自由に選べる時があるのだが、2〜3作品持ってカウンターに行くと「お、今日はこの作品を選んだかー」といった言葉に続いて、漏れなく「じゃあ○○って作品は観たか?」と質問される。その作品を観たことないと答えると「そしたら、まずは○○から観たほうがいい」と、勝手にレンタルする作品を変えさせられてしまうのだ。

当時はまだ上京したてな10代。「いやいや、僕はこっちを観たいんですってば!」と強く反発することもできず、言われるがまま、結果的に「おじさんセレクト」な作品ばかり毎回借りていた。

まだネットも無いような時代なので、おじさんセレクトも最初の頃は「新しい作品と出会う貴重な機会」として最初のうちこそ前向きに受け止めていたが、やはり自分で選んだものが借りられない(却下される)というのは相当なストレスになるようで、ある日「今日は急いでるんでまた来ますー」と、パパッと返却だけ済ませてお店を出たのを最後に、2度と訪れることはなかった。

たしか、それから1年もしないうちに閉店してしまったはず。すぐ近所だが、おじさんの姿を見かけることもないまま、自分もその土地を離れてしまった。もう20年以上経つが、おじさんはご健在だろうか。

不思議なもので、そのお店で薦めてもらった作品は今でもアレコレ覚えている。人間、嬉しい記憶よりも辛い(しんどい)記憶のほうが後々まで残りやすいというが、まさにその効果で、ストレスを感じながら借りた作品だから今でも記憶に残っているのかもしれない。

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