小道具屋のお小言(架空学序論にかえて)

ある芝居を見に行って、職業柄すごく気になってしまったことがあるので書き留めておく。作品内容の良し悪しとはたぶん関係がない。あくまで「職業柄すごく気になってしまったこと」だと考えているので大半の人(見る側の人)はそこまで気にしないか、気にする必要もない話だ、ということも先に付け加えておきたい。

その作品は、それぞれ個性とアクの強い複数のサークルが登場し、互いに因縁の火花を散らす構造になっていた。で、そのリアリティを増すために(この言い方はあんまり好きじゃないが)、あるいは作品世界への没入度を高めるために、観客に配布される折り込みチラシ束の中には作中に登場する「架空のサークルの勧誘チラシ」を模したA4の紙が複数枚、混入していた。

立ち止まってしまったのはそのうちの1枚で、そこには架空のサークル情報とともに連絡先としてメールアドレスとTwitterアカウントが掲載されていた。メールアドレスに関しては特に問題ないと思えた。ドメインは明らかに見慣れない名前で、そこにメールを送ってもきっと返事は来ないか、MAILER-DAEMONと名乗る者からの即レスが返ってくるだろうと予測できたから。

ただ、Twitterアカウントだ。こちらはアルファベット4文字(それもサークル名のローマ字綴り)と数字2桁のみで構成された簡素な文字列。すぐ下に「上記連絡先は架空のものです」と明記されてはいるものの、見た瞬間に「これは『実在する』んじゃないか」と直感的に思わせるものだった。

まだ開演まで時間があったので、その場で検索をかけてみる。あった。そのチラシに書かれた文字列と完全一致したのは、インドネシア?に在住の見知らぬ誰かのアカウントだった。昨日今日で作られたようにも見えないし、言葉はわからずともツイートの一つ一つに生活感が伴っていた。これは実在の人物とみて間違いなかろう。

僕はこういった状況を「フィクションの結界が張れていない」と呼んでいる。フィクションには必ず結界が張られているべきだ、というのが僕の小道具としての見解である。それはスピッツ的に言うなれば上演者と観客以外「誰も触れない二人だけの国」を作ることであり、コンピュータ的な言い方をすれば「セーフモードで起動された現実」でなければならない。不用意にアクセス権限を付与されてしまったインドネシアの誰かは、日本でこんな芝居の登場人物のひとりに数えられてしまっていることなど知る由もなく、いわば「訳も分からず異世界に召喚」された形になっている。

(なお、僕のスタンスとして、たとえば登場人物が読んでいる本の中身などについて「どうせ客席からは見えないんだし役者の私物とかの適当な本でいいでしょ」とする考え方には反対しない。かといって諸手を挙げて賛成もしないが、予算や時間的制約を鑑みればそうせざるを得ない時もあるだろうし、それがただちに作品全体を台無しにするものではないことも理解できる。見えないのであれば。)

ただし、今回のケースは折り込みチラシの一部として直接「観客の目に触れる」わけで、そういったものにはやはり結界を張っておく必要はあると思うのだ。

(もうひとつ言っておくと、「上記連絡先は架空のものです」とチラシ内に書くのも実はあまりよろしくない。なぜなら同じ紙面上に配置された文言は架空のチラシの一部として結界の内側に取り込まれ、現実の注釈ではなく架空の事実の一端となってしまうからだ。となると、架空の世界の中でさえ「上記連絡先」は存在しない…というねじれが生じる。やるなら正誤表のように注釈だけ別にして小さな紙切れでホチキス止めするなど、触媒を分ける必要がある)

結界の張り方にもいろいろあるけれど、考えつくものは大きく3つに分けられる。

1.団体または役者個人のアカウントを使って一時的に「なりきる」(アクセス先の実装)

現実的にはこれが最も簡単かつ効率的。なぜならTwitterを活用できてさえいれば、面白半分でアクセスしてきた人を更にキャッチすることも可能だからだ。なにも半永久的にやらずとも、たとえばそのチラシが出回る公演期間中だけ限定で仕様を変えるだけでもいい。あるいは、稼働させなくてもいいから他の人が使わないようアカウントを「確保」しておくのも方策としてはアリだろう(ただし不当に占有するのはネットマナー的にあまりおすすめしない。やるなら有効活用するか公演終了後に放棄解放すべきだ)。

この方法に関してはいろいろ戦略の組み方も考えられるが、おそらくここから先は小道具というより制作やセルフプロデュースの領域とも重なる部分なので、今回は割愛する。

2.「TwitterではないがTwitterを連想させる架空のSNSサービス」のアカウントとして載せる(参照先の改変)

「Twitterであること」に強いこだわりがないのなら一考の余地はある。ただし、この「Twitterを連想させる架空」というのが実はかなりの難関で、安直なもじり(ツブヤイターなど)はリアリティの点において逆効果どころか極端に寒々しい成果をあげる場合さえある。Tuitter、Twittor、Tweeterあたりは無難といえば無難だが、単なる誤字と認識されるおそれも十分にあるし(そういえば一時期流行った迷惑メールのドメイン偽装術はまさにこんな具合だった)かといってShortTalkerくらいまで行ってしまうと、今度は音も字面もイメージが乖離して何のことやらすぐにはわからない。

3.本来アカウント名には使用できない文字を含める(実体アクセスの制限)

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基本的にTwitterアカウントは英数字のみで構成されるので、それ以外の文字でアカウント名を記せば「絶対に存在しないアカウント」を作ることは容易い。とはいえ、漢字やカタカナを使うのは「アカウント名っぽさ」というリアリティが失われるのでおすすめしない(抜け穴として、難読漢字を使って文字化けを装う高度な手段もある)。アンダースコア以外の記号を使うのが無難だが、$とか%、&といった記号は見慣れないのでわざとらしさが残るし、#もハッシュタグを連想させるので使いづらい。おそらく最もバレにくいのはハイフンだと思われる。なぜならメールアドレスやURLなど、同じweb上のサービスで「基本的に記号は使えないか特殊な意味を持つが、ハイフンは使って大丈夫」なものは非常に多いから、うまく紛れ込むことができる。

また、字数制限の15文字を超過したもの(長すぎると怪しいので16文字がベスト)や、Admin、Twitter等の禁則文字列をさりげなく含んだアカウント(mAdministerなど)も有効打といえる。が、ためしにadminでユーザー検索してみればわかるとおり、このルールに関してはザルというか事実上あってないようなものっぽいので、やはり事前の検証はある程度必要そう。

なお、同じ作品で別のサークルのチラシには電話番号が○○○-△△△△-□□□□で載っていた。それでいいのならそれが一番いいと思う。「架空の電話番号」が必要になったとき僕が最もよく使う手は劇団窓口か上演会場の受付直通番号だけど、これもまた、無関係の人間を異世界へ勝手に引きずり込まないための結界の一種である。


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