不動産証券化の関連法令等整備の歴史と資産規模の推移から見る不動産セキュリティトークンの展望
※本記事は2021.1.22に公開されたものをNoteへ移行しています。
1. はじめに
こんにちは、三菱UFJ信託銀行 SRC運営事務局です。
前回の記事では、一般的に有望なSTO対象として語られる不動産を裏付資産としたセキュリティトークン(以下、不動産ST)を前提に、その特徴を既存の投資商品との比較により明らかにしました。
Progmatスキームによる不動産STは、J-REITのような「小口投資」「高い流動性・換金性」「長期(無期限)の運用」という強みを持ちながら、クラウドファンディングのように、ポートフォリオではなく個別物件を対象とし、ファンド運営負荷を抑えて発行されることが期待できると評価しました。
不動産STの特徴をご理解いただいたうえで、今回の記事では、不動産証券化の法整備の歴史と、J-REITと私募REITの資産規模の推移から、不動産STの展望を検討していきます。
2. 不動産証券化市場拡大と関連法令等整備の歴史
不動産証券化とは、不動産の証券化という特別の目的のために設立された法人等が、不動産が生み出す賃料収入等の収益を裏付資産にして証券を発行し、投資家から資金を調達する手法です。「特別の目的のために設立された法人等」には合同会社や特定目的会社等があり、それぞれのスキームについては過去の記事(セキュリティトークンによる不動産証券化のスキーム比較)をご参照ください。
ここでは、日本における不動産証券化市場拡大の歴史を、(1)1991年から2000年、(2)2001年から2010年、(3)2011年から2020年までの3つの期間に分けて説明します。
(1)1991年から2000年まで(黎明期・発展期)
不動産証券化市場が整備されるようになった契機の1つは、バブル崩壊後の不動産小口化商品の元本割れや、同商品提供業者の経営破綻により、投資家が損失を被る事例が頻発したことです。1990年代初頭のバブル崩壊により、不動産価格が大きく下落したことでこのような事態が生じ、1995年4月に「不動産特定共同事業法」(以下、不特法)が施行されました。この法律は、不動産小口化商品を提供する事業者を規制する目的で施行されたものであり、不動産証券化市場整備の第一歩と言えるでしょう。
バブル崩壊は上記の問題だけでなく金融機関の不良債権問題も引き起こしました。バブル崩壊後は担保となっている不動産の価格下落が急速に進んでいたことから、担保不動産や担保付債権等を迅速に処理する方法が必要とされました。また土地神話の崩壊により、不動産の保有リスク軽減等を理由に不動産のオフバランス化を図る動きが企業の中で広まりました。1996年から1997年にかけてこういった課題への対応が注目され、1998年9月に「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」(後の資産流動化法。以下、SPC法)が施行されました。この法律は、日本で最初の総合的な資産証券化のための法律であり円滑な不良債権処理を促すものでした。
不動産の証券化が進む中で、「証券投資信託法」が「投資信託及び投資法人に関する法律」(以下、投信法)に改正され、2000年11月に施行されたことにより、J-REITの組成が可能となりました。それまで投資信託で不動産を対象とすることはできませんでしたが、この改正により、豊富な個人投資家の資金が活用されるスキームの構築が可能になり、一層の不動産証券化市場拡大に寄与することになります。J-REITや、後述の私募REITのスキームについては過去の記事(Progmat想定スキームによるセキュリティトークンと既存の投資商品との比較(不動産))をご参照ください。
(2)2001年から2010年まで(発展期・調整期)
2000年の改正投信法施行を受け、2001年9月にはジャパンリアルエステイト投資法人(主要スポンサー:三菱地所株式会社)と日本ビルファンド投資法人(主要スポンサー:三井不動産株式会社)の2銘柄が東京証券取引所に上場しました。上場当初は認知度が低く、また分配金の実績もなかったことから、拡大は限定的でしたが、2002年12月の税制改正大綱での配当課税の引き下げ等、制度面の改革があり、後の急成長に繋がりました。
2005年から2007年はJ-REITの急拡大を原因の一つとして、不動産証券化市場の過熱から三大都市圏を中心に地価が大きく上昇し、この期間はファンドバブルやミニバブルと呼ばれるようになりました。その後、2008年のリーマンショックに代表される世界金融危機により不動産証券化市場は停滞・縮小することとなりますが、J-REITの資金繰りを支える不動産市場安定化ファンドの設立等の施策により、落ち着きを取り戻します。このような状況下で、上場していることによる過度な価格変動リスクを避ける新たな商品として私募REITが誕生し、野村不動産プライベート投資法人が2010年11月に資産運用を開始しました。
この時期に生じた関連法令等整備として、金融商品取引法(以下、金商法)の改正があります。2004年の改正証券取引法(以下、証取法。後の金商法)の施行により、匿名組合出資等がみなし有価証券に指定され、2007年の改正金商法の施行の際に、信託受益権もみなし有価証券となりました。これにより、不動産証券化スキームの広い範囲で金商法が適用される体制が整うこととなりました。
(3)2011年から2020年まで(回復期・安定期)
2011年の東日本大震災の影響により、回復の兆しを見せていた市場はまたも停滞することになりますが、J-REIT市場では2012年4月におよそ4年半ぶりに新規上場があったことを皮切りに、再び回復に向かいます。この期間ではJ-REIT以外にも私募REIT、不特法による実物不動産の証券化、クラウドファンディングによる証券化等、多様な不動産証券化商品が、拡大していきました。また、特にJ-REITで投資家のすそ野が広がり、2014年にはGPIFがJ-REITへの投資を開始しました。
この期間も度重なる関連法令等の改正を実施しており、社会情勢、経済環境に合わせ市場基盤を整備することで、不動産証券化市場は30兆円を超える規模まで成長しました。新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年3月から5月頃には、予定されていた不動産取引の延期や中止が散見されましたが、2021年1月現在、不動産証券化市場が縮小するような大きな影響は生じていません。
3. ST関連法令等の整備状況との比較
上記の不動産小口化商品・証券化市場の関連法令等整備の内容を、暗号資産・STO関連法令等の整備状況と比較すると下表のとおりとなります。
不動産証券化市場の関連法令等の一連の整備において、不動産小口化商品により個人投資家が損害を被るケースが多発したという問題を契機に、事業者への規制を定めた不特法が施行されました。その後、投資商品としての法令整備が改正投信法の施行によってなされ、その翌年に同法に基づく投資商品がマーケットに供給されています。続いて、法令整備の中で規制対象とされていなかった類似の投資商品を規制対象に追加し、以降、適時関連法令等の改正・施行が継続されています。
ST化関連では、法令整備の契機はマウントゴックス事件に代表される暗号資産取扱事業者からのビットコイン等資産流出と考えられます。マウントゴックスのサーバーがハッキングされ、大量のビットコインが流出していたことが、2014年に明らかになりました。この事件は、暗号資産関連のものですが、同様にDLTを活用した商品であるため、関連法令と考えられます。
その後、事業者を規制する法律として資金決済法の改正が行われ、2020年に施行された改正金商法にて、「電子記録移転権利」「電子記録移転有価証券表示権利等」といった名称で規定され、STが規制の対象となりました。これらは不動産証券化の関連法令整備とほぼ同様の時間軸で進んでいることがわかります。
当然、時代や社会情勢、規制対象等が異なるため、同様のスケジュールで関連法令整備が進むと予想されるわけではないですが、1つの指標として照らし合わせると、改正金商法施行の翌年である2021年に、国内初となる同法に基づく公募商品が提供され、その数年後には類似する投資商品の規制取込が進むというスケジュールとなります。類似する商品として、ここでは不特法に基づく広義の不動産STを例として挙げています。
4. 不動産証券化市場規模の推移
不動産証券化の関連法令整備の歴史を振り返ることで、現在のST関連法令の整備状況の段階を検討しました。次に、不動産証券化市場規模の推移を振り返ることで、STの想定される市場規模を整理したいと思います。過去の記事(Progmat想定スキームによるセキュリティトークンと既存の投資商品との比較(不動産))で比較対象とした投資商品のうち、国内最初の銘柄が明確で発生からの変遷をたどりやすいという理由から、J-REITと私募REITを比較対象とします。
(1)J-REIT(2001年~/公募・上場)
J-REITの資産規模の推移は以下のグラフのとおりです。
J-REITは、上場していることから高い流動性・換金性を有する商品であり、数万円程度の少額から投資が可能なものです。機関投資家から個人投資家まで、幅広い投資家から支持されています。
2001年の上場から2003年ごろまで、急激な市場規模の拡大はなかったですが、2005年から2007年のいわゆるファンドバブルでは急成長を遂げています。その後、世界的な金融危機を背景に調整局面に入りますが、2011年以降は回復に転じ、順調に資産規模を拡大しています。2010年には7.8兆円、2020年には20.3兆円という資産規模に到達しています。
(2)私募REIT(2010年~/私募・非上場)
私募REITの資産規模の推移は以下のグラフのとおりです。
私募REITは、J-REITがリーマンショックに代表される世界的な金融危機の中で、投資口価格を大きく下落させ、調整局面に入っていた2010年に生まれた商品です。J-REITのように上場していないことから、価格変動リスクに占める資本市場の影響を小さくしており、私募ファンドへの投資では困難な中途換金性もある程度は確保しているものです。
J-REITと同様に、2010年の1号案件から、2012年ごろまでは大きく成長していませんが、それ以降は順調に拡大が続いています。2015年には1.4兆円、2020年には3.8兆円という資産規模に至っています。J-REITの1/5近い資産規模にまで成長しており、存在感を増してきています。
(3)Progmatスキームによる不動産ST(公募・非上場)
J-REITは小口で流動性・換金性の高い商品性が個人投資家を含む幅広い投資家から支持され、私募REITはJ-REITの資本市場の影響による価格変動リスクを低減させたことで金融機関や年金基金といった、まとまった規模の投資を長期で行う投資家に支持されました。
Progmatスキームによる不動産STは非上場の公募商品と考えられ、資本市場の影響を限定的にしながら少額での投資が可能となることを想定しています。J-REITも私募REITも運用開始直後は急激な資産規模拡大は生じていませんが、将来的には同様の動きとして資産規模の大幅な拡大を期待できると言えるでしょう。
5. まとめ
上記の通り、不動産証券化の関連法令等整備の歴史を振り返ると、投資商品としての流通を前提とした法整備の翌年にJ-REITが2銘柄上場した流れと同様に、現在では改正金商法に基づいた公募STOについて世間一般からの期待も高まっております。
J-REIT、私募REITの資産規模の推移を見れば、2007年から2009年頃の世界的な金融危機においては市場規模の停滞・縮小が生じましたが、それを除けば順調に資産規模を拡大させ続けています。Progmatスキームの不動産STに期待されている商品性に鑑み、本商品が広く投資家に受け入れられる可能性は十分あると言えるでしょう。
上記の期待される強みを発揮できる商品設計で発行できるよう、具体的な実務検証を継続する必要がありますが、実現すれば発行体や投資家等の皆さまに新たな価値を提供できる可能性は十分にあるものと考えられます。
今後も皆さまへの情報還元を継続し、ST関連事業のご検討の一助となれば幸甚です。個別のご質問やご相談事項がございましたら、共同検討をはじめとしたさまざまな枠組みがありますので、SRC事務局までお問合せください。
引き続き、SRC及びProgmatをよろしくお願いいたします。
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