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Progmat想定スキーム#4:受益証券発行信託を用いる際の実務課題と解決策

※本記事は2020.8.28に公開されたものをNoteへ移行しています。


1. はじめに

こんにちは、三菱UFJ信託銀行 SRC運営事務局です。

これまで計3回にわたり、受益証券発行信託を活用した資金調達の法的建付けやProgmat利用時の取引当事者間の処理フローについて説明してきました。

今回は、Progmat想定スキームを紹介する記事の締めくくりとして、受益証券発行信託スキームを活用する際のより実践的・実務的なポイントを、一部ではありますが説明します。

2. 受益権型セキュリティトークン(ST)の質的分割はできるのか?

はじめに、受益権型STを質的分割する場合の対応について説明します。

デジタル証券を普及させ、多くの投資家にとって魅力的な商品とするためには、投資家にとって利回りや配当収受の確実性といった観点から魅力を高める必要があると考えられます。たとえば配当収受の確実性という観点では、受益権を質的に分割、すなわち優先劣後構造を設けて劣後部分をスポンサーやプロ投資家に保有してもらい、マス個人に流通させる優先部分の信用力を上げるといった方法も取り得ると考えます。

一方、不動産を裏付とした信託型投資商品において、このように受益権を質的分割するうえでは税法上の留意点があります。

それは、不動産をSTとして流通させるためのSPVである信託が、税法上「受益者等課税信託」として取扱われる場合、質的分割を行う場合の課税方法が明確に定められていないという点です。

不動産管理処分信託等の「受益者等課税信託」の場合、信託財産の法的な所有者は受託者となりますが、税務上は受益者等が信託財産を保有するものとみなして課税がなされ、信託財産から収益が発生した段階で受益者に課税されます。具体的には、信託財産である不動産について賃料収入が発生した場合、当該賃料収入が受託者から受益者へ支払われているか否かに関わらず、受益者に対して課税されることとなります。

この時、当該信託財産について受益者等が二以上ある場合には、法人税法施行令15条4項および所得税法施行令52条4項において、
「信託財産に属する資産及び負債、収益及び費用の全部が、その有する権利の内容に応じてそれぞれの受益者等に帰属する」
ものとみなされて課税されることとなります。

この「権利の内容に応じ」という取扱いについては、法人税基本通達14-4-4において例示されており、
「例えば、その信託財産が構造上区分され、独立して住居、店舗、事務所等の用途に供することができる場合に、当該独立した区分の全部または一部が二以上の受益者等の有する権利(受益権)の目的となっている場合には、当該目的となっている部分ごとに各自の有する権利の割合に応じて有している」
ものとして課税されることとありますが、本ケースで想定しているような優先劣後構造といった質的分割に係る取扱いについては明確に定められておらず、課税方法は不明確です。

この論点を解決するためには、受益証券発行信託を一定の要件を満たして「集団投資信託」に該当させることで、受益権の質的分割を行う場合においても税法上の取扱いを明確にすることができます。

「集団投資信託」に該当する場合、信託財産の収益については受託者段階では課税されず、受益者への分配時にその分配額に応じて課税されることとなります。そのため、質的分割を行った場合でも、その受益権の内容に応じた課税がなされることとなり、税法上の取扱いを明確にすることができます。

なお、2020年7月31日付の記事「Progmat想定スキーム#1:受益証券発行信託を用いたデジタル証券化の法的建付け」でも紹介しているように、不動産証券化においては流通税の軽減等のために、不動産そのものをSPVに取得させる前に一度不動産管理処分信託により受益権化することが一般的です。この不動産管理処分信託(「受益者等課税信託」)に係る受益権を、受益証券発行信託(一定の要件を満たした「集団投資信託」)の受益権として流通させることで、質的分割を行いつつ受益権を流通させることができます。

受益証券発行信託(一定の要件を満たした「集団投資信託」)による受益権の質的分割

3. 受益証券発行信託を「集団投資信託」に該当させることはできるのか?

それでは、受益証券発行信託を「集団投資信託」に該当させるためには、どのような要件が求められるのでしょうか。

法人税法上、受益証券発行信託が一定の要件を満たす場合、「特定受益証券発行信託」として「集団投資信託」に該当するものとされています。

「特定受益証券発行信託」に該当するための要件の一つとして、“受益証券発行信託の各計算期間終了時の貸借対照表に記載された留保金の元本総額に対する割合(利益留保割合)が2.5%を超えない”旨の信託行為の定めがあり、かつ実際に超えない必要があるとされています。

一方で、特に不動産を信託財産とした場合、この利益留保割合に係る要件を満たすうえで難しいポイントがあります。それは、不動産運営上で必要となるキャッシュリザーブをいかに確保するか、という点です。

不動産の運営においては、大規模修繕により計画的に多額の費用が発生する他、突発的なキャッシュアウトにも対応できるよう、ある程度のキャッシュを蓄えておく必要があります。一方で、「特定受益証券発行信託」では、発生した利益を“留保金”としてリザーブできるのは元本に対して2.5%未満であり、原則として全て受益者へ分配する必要があるため、いかにして信託財産内に十分なキャッシュを確保するか、が課題となります。

このキャッシュリザーブを確保するための方法として、減価償却費等の「キャッシュアウトしない費用」を利用した会計処理により、毎期積み立てていくことが考えられます。

利益留保割合の計算にあたっては、“受益証券発行信託の各計算期間終了時の貸借対照表に記載された留保金”をもとに行いますが、ここでいう“留保金”とは、貸借対照表上で元本等の部に、任意積立金の項目と次期繰越利益(または次期繰越損失)の項目に区分して記載された額となります。

すなわち、“留保金”の計算においては貸借対照表上の「留保金」の額をそのまま用いると考えられるため、会計上費用として処理可能であればキャッシュアウトを伴うか否かは考慮されないものと考えられます。したがって、会計上キャッシュアウトしない減価償却費等をキャッシュリザーブとして蓄えておくことで、大規模修繕に備えることができると考えられます。

なお、万が一信託財産である不動産に関し減損が発生した場合には、会計上の利益は減少するものの、税務上損金算入はできないため、受益者へ配当後の税務上の未分配利益が“留保金”とみなされないか、という点も検討すべきポイントです。この点についても“留保金”の計算はあくまで会計上の値がベースになることから、会計上の損失である減損も、損金算入可否に関わらず“留保金”とはみなされないものと考えられます。

4. 多数の個人投資家が購入する場合に、運営負荷・コストが高くならないか?

ここまで、受益権型STの質的分割により、より多くの投資家にとって魅力的な投資商品とする方策について説明してきました。

それでは最後に、受益権型STを大量の個人投資家が購入する場合の留意点の一部をご紹介します。

個人投資家を対象とした既存の不動産投資商品であるJ-REITにおいては、不動産投資法人の意思決定機関である投資主総会を開催し、個人投資家も投資口数に応じて議決権を行使することができるという仕組みがあります。

個人投資家による意思決定の場を設ける場合、運営コストが増えてしまう他、個人投資家は不動産の管理・運営のプロではないため必ずしも最適な判断を行うことができるとは限らず、個人投資家の意見を反映した結果スキーム運営が不安定になってしまう虞があります。

それでは、受益証券発行信託を活用したスキームにおいて、投資主総会のような意思決定機関を開催する必要があるのでしょうか。

結論としては、このような意思決定機関を開催不要とすることができる手段があるため、この観点で負担が増えることはありません。具体的には、信託法において定められている「受益者代理人」の制度を活用します。

「受益者代理人」はその名の通り、受益者の権利に関する行為を、受益者に代わって実施する権限を有する第三者のことを指します。代理する“受益者の範囲”や“権限の範囲”は、信託行為(=信託契約)に定めることで、スキームに応じて自由に設定することが認められています。

「受益者代理人」を設置することにより、スキーム運営上の意思決定に個人投資家を関与させない設計も可能になりますし、受益者に対し交付する必要がある信託財産状況報告書等の法定帳票も個人投資家へ直接交付する必要はなくなり、「受益者代理人」にのみ交付すればよいなど、運営負荷・コストも軽減することができます。

なお、「受益者代理人」は、受益者のために誠実かつ公平に、かつ善良な管理者として権利を行使する必要があります。したがって、「受益者代理人」はスキーム関係者との利益相反の虞がないよう、例えば弁護士等の第三者が担うことが考えられます。

この際、「受益者代理人」が運用財産に対する投資判断まで実施することは現実的ではないため、代理する権限の範囲を“投資判断に係る事項以外の権限(信託業務の委託先の選定等)”とし、投資判断に係る指図権者は既存の集団投資スキームと同様、投資運用業のライセンスを有するアセットマネジメント会社が就任するスキームとすることを想定しています。

「受益者代理人」が存在する場合のイメージ図

5. まとめ

本日解説したポイントをまとめると、
  ①不動産を裏付けとした受益権型STOでも、優先劣後構造等の様々な
   種類のSTに分割して発行することが可能
  ②受益証券発行信託で様々な種類のSTに分割するには、
   「集団投資信託」である「特定受益証券発行信託」にするとよい
  ③「特定受益証券発行信託」の要件を満たしつつ、ファンド運営上
   必要なキャッシュリザーブを確保することも可能
  ④J-REITにおける投資主総会のような負荷の高いガバナンス機構を
   簡便化することも可能
 の4点をご紹介しましたが、実際に発行・運用するうえではその他にも様々な観点でのノウハウが必要になります。

これまで全4回の記事を通して、“日本版セキュリティトークンの私法上の一大問題”である対抗要件問題をはじめとした、各種課題の現実的な解決方法としての「信託型STO」をお示ししてきました。

現時点の国内の状況を俯瞰すると、STに係る検討自体が発展途上なことに加え、受益証券発行信託の仕組み自体のノウハウも偏在しています。

幸い当社では、受益証券発行信託を用いた新商品組成のノウハウを多く有しており、運用実績も豊富です。本研究コンソーシアムを通じて、法務/会計/税務の実務的なポイントから技術的なポイントまで、皆様と随時共有しながらSTOの普及を図っていきたいと考えています。

本枠組みの中で、複数の会員企業様と具体的案件をもとに整理を進める「個別検討」も可能ですので、ご興味ご関心があればSRC運営事務局までご連絡いただければと存じます。

来月は、技術的なポイントとして「流出リスクへの対策」をテーマに、隔週で情報発信したいと思います。

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