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不動産STO 1号案件#2:セカンダリ取引と各種業務フロー

※本記事は2021.9.17に公開されたものをNoteへ移行しています。


1. はじめに

こんにちは、三菱UFJ信託銀行 SRC運営事務局です。

2021年8月11日にProgmatスキームを活用した本邦初の公募型不動産STO(以下、本PJ)が実行されました。前回から2回に分けて本PJについて説明する記事を発信しており、前回の記事では本PJの参加者やその役割、また商品性や販売方法についてまとめました。

本PJにおける主要な協業企業様は、大手不動産運用会社のケネディクス様、証券会社の野村證券様、SBI証券様の3社であり、ケネディクス様には委託者兼当初受益者(としてのブリッジファンド設立者)としての役割だけでなく、スキーム上、劣後受益者としての役割を担っていただく必要があること等を説明しました。また、両証券会社様は、本PJによって発行されたセキュリティトークン(以下、本ST)の取扱いおよび保護預り業務を担い、本PJを進めるにあたり、本ST取扱いのための社内体制の構築、個別取引約款整備等の事前準備、変更登録に係る金融庁や自主規制団体との折衝等に対応いただいたことに触れました。

今回の記事では、STの普及を論じる上で欠かせない論点であるセカンダリ取引の内容や、関係者様と連携して行うファンド運営に係る各種業務フローについて、これまでの記事から1歩踏み込んで説明していきたいと思います。Progmatスキームについては以下の過去記事でご紹介していますので、併せてご参照ください。

■Progmat想定スキーム#1:受益証券発行信託を用いたデジタル証券化の法的建付け
■Progmat想定スキーム#2:Progmat利用時の取引当事者間の処理フロー概要
■Progmat想定スキーム#3:デジタル証券市場におけるカストディアンの役割とProgmat上の処理フロー
■Progmat想定スキーム#4:受益証券発行信託を用いる際の実務課題と解決策
■Progmatスキームによる不動産STOのB/S遷移と評価額の考え方

2. セカンダリ取引

(1)セカンダリ取引の重要性

STの性質の特筆すべき点として、取引所への上場コストを要さず高い流動性を実現できる可能性があることを挙げることができます。本STは小口化・デジタル化された有価証券であり、Progmatへの記録により対抗要件を具備した権利移転が可能な商品設計となっています。この点は、同様に不動産を背景資産として小口化されている投資商品である既存の不動産クラウドファンディングとの大きな相違点であり、高い流動性を確保できるかどうかは、プライマリの経済条件や運用期間にも影響を及ぼすものと考えられ、今後STOが普及する上で、重要な論点ということができます。なお、各種投資商品と不動産STとの比較については過去の記事(Progmat想定スキームによるセキュリティトークンと既存の投資商品との比較(不動産))でまとめていますので、併せてご参照ください。

(2)セカンダリ取引の類型

ここで、本PJにおけるセカンダリ取引の内容を説明する前に、一般的に投資商品のセカンダリ取引として、どのような類型があるかについて触れたいと思います。

セカンダリ取引の類型としては「①相対取引(金商業者による買取)」「②金商業者内マッチング」「③金商業者間マッチング」「④PTS」「⑤投資家間直接売買」といったものが考えられます。PTSとは、「Proprietary Trading System」の略称であり、私設取引システムを指します。これは東京証券取引所等、金融商品取引所を経由しない取引の仕組みであり、証券取引所の代替市場としての役割を担うものです。

2021年9月現在、日本国内でPTSを運営している企業は2社のみですが、SBIホールディングスと三井住友フィナンシャルグループによって共同設立された「大阪デジタルエクスチェンジ株式会社」が、STの流通を視野に入れた新たなPTSを、2022年春を目途に(STの取扱いは2023年以降)運営することが報じられており、注目を集めています。

(3)本PJにおけるセカンダリ取引の内容

本PJにおけるセカンダリ取引の内容は、前述の類型における「①相対取引(金商業者による買取)」に該当します。本STには、ロックアップ期間が設けられており、受益者は、2022年7月末日に終了する信託計算期間の終了後に最初に到来する決算発表日の翌営業日以降、金商業者に対し、本STの譲渡を申し込むことができます。この譲渡は、裏付資産である不動産(以下、本物件)の鑑定評価額に基づくNAVを基準に、金商業者が決定する価格を譲渡価格として行われます。

本STは野村證券様とSBI証券様が取り扱っていますが、受益者は保護預り先の金商業者に対してのみ売買することができます。例えば野村證券様から本STを購入し、野村證券様との間で保護預り契約を締結している受益者は、当該STをSBI証券様に譲渡することはできません。

このセカンダリ取引の申し込みは、一定の場合(アセットマネージャーにおける開示および通知に基づき金商業者が受益証券発行信託(以下、川下信託)に関する重要な後発事象の発生を認識し、当該事象が川下信託に重大な影響を及ぼしうると判断した場合および本物件を信託財産とする不動産管理処分信託(以下、川上信託)受益権の売却が決定された場合等)を除き、基本的には毎営業日行うことができるものであり、一定の流動性を付与できているものと評価できます。一方で、日次よりも更に高頻度で売買するためのセカンダリ取引を目指すのであれば、更なる高度化の余地があり、例えば前述の類型における「④PTS」等の実現が必要と考えられます。

3. 本STの権利移転フロー

ここまでセカンダリ取引の内容について説明しましたので、ここからはセカンダリ取引の約定後は、具体的にどのようなフローで本STの権利移転・記録がなされるかを説明していきます。

(1)権利移転に必要な要素

おさらいになりますが、本STの特長の1つとして、Progmatへの取引の記録が、すなわち第三者への対抗要件を備えた正式な権利移転となる点を挙げることができます。これは、川下信託の対抗要件が、「受益権原簿への記載または記録」であり、Progmatで管理されている電子帳簿がこの受益権原簿に該当するためです(詳細については過去記事(Progmat想定スキーム#1:受益証券発行信託を用いたデジタル証券化の法的建付け)をご参照ください)。このことから、「Progmat上での記録」は「受益権原簿(電子帳簿)の書換」と言い換えることができ、本STの権利移転に際しては「川下信託の受託者(以下、川下受託者)に対する受益権原簿の書換請求」という要素が必要となります。

また、本STは、Progmat外での取引が行われることでデジタル完結のスキームが阻害されないよう、川下信託契約において、譲渡には川下受託者の承諾が必要である旨を規定しています。このことから「川下受託者の譲渡承諾」という要素が必要となります。では、これらの要素が権利移転フローにどのように落とし込まれているかを確認していきましょう。

(2)本STの権利移転フローの詳細

以下の9つの段階に分けてまとめます。

①本ST譲渡の約定・資金決済
投資家と金商業者の間で、上記セカンダリ取引の内容に従い、本ST譲渡の約定・資金決済を完了させます。

②本ST移転の指図
金商業者からカストディアンに対し、資金決済が完了した本STの情報や数量(個数)等を記載した移転情報を作成の上、本ST移転の指図を行います。カストディアンの役割については過去の記事(Progmat想定スキーム#3:デジタル証券市場におけるカストディアンの役割とProgmat上の処理フロー)で説明していますので併せてご参照ください。

③本ST移転のトランザクション(以下、Tx)の作成・川下受託者宛回付(Progmat上の処理)
金商業者からの移転情報を基に、カストディアンが移転Txを作成し、Progmat上で川下受託者宛に回付します。このTx回付がすなわち「川下受託者への譲渡承諾依頼」と「川下受託者への受益権原簿書換請求」となります。また、このTxは移転元・移転先双方の秘密鍵による署名を伴って回付されるものです。秘密鍵を用いたデジタル署名の仕組みや、後述するノードについては過去の記事(エンタープライズ向けBC(プライベート/コンソーシアム型)の特徴と代表基盤比較)で触れていますので、ご参照ください。

④川下受託者署名・カストディアンへのTx戻し(Progmat上の処理)
川下受託者が、移転元・移転先の秘密鍵による署名が充足していることを確認した上で、川下受託者としての署名を行い、カストディアンに対しTxを戻します。

⑤ノータリーノードへの回付(Progmat上の処理)
川下受託者の署名があるTxをノータリーノードに回付します。ノータリーノードはTxの二重消費が生じていないことを確認するのみであり、Txの内容までは確認しません。「ノード(node)」とは「結び目」「交点」といった意味を持つ言葉であり、ネットワークの参加者を指します。Progmatのブロックチェーン基盤において、二重消費の検証をするノードをノータリーノード、カストディアンとしてのノードをカストディアンノード、川下受託者としてのノードをアセットノードと呼称しています。

⑥ノータリーノード署名・カストディアンへのTx戻し(Progmat上の処理)
ノータリーノードが二重消費について検証した上で、ノータリーノードとしての署名を行い、カストディアンに対しTxを戻します。

⑦署名付Txの関係者配布(Progmat上の処理)
①~⑥により得られた署名付きのTxを関係者に対し配布します。

⑧Tx取込・データ同期(Progmat上の処理)
配布されたTxを各ノードで取込み、データを同期します。これにより、Progmat上での記録が実行され、これが「川下受託者による譲渡承諾」と「受益権原簿書換」に当たります。受益権原簿の書換の完了をもって川下受託者の譲渡承諾とみなすことは、川下信託契約の中で規定されています。

⑨本ST移転結果報告
⑧により本STの移転が完了したことを、カストディアンから金商業者に報告します。

以上の手順を図示すると、以下の通りです。

(3)Progmat拡張の方針

上記の通り、本PJではProgmatのノードは、ノータリーノードを除くと川下受託者(原簿管理者)と、カストディアンのものしか存在せず、これらはどちらも弊社のノードです。金商業者が直接Progmatにアクセスしない構成であるため、権利移転フローの②と⑨のように、Progmat外の処理が必要となっています。

この点について、現在SRCではProgmatの参加者を拡張するための個別ワーキンググループを開催しており、「受託者(原簿管理者)」「カストディアン」「金商業者」がノードを保有し、相互にProgmat上で接続してProgmatの運営パートナーとなり、各々がビジネス拡大可能なオープンなプラットフォームとすることを目指しています。また、ノードの拡張だけでなく、ノードを持たないスキームの関係者については、各Progmatの運営パートナーを通じてAPI接続し、リアルタイムな情報参照や登録等を可能にする構成とすることを企図しています。

4. 本PJにおける会計・決算フローとアセットマネージャーへの投資一任

これまで、セカンダリ取引の内容と、権利移転のフローを確認する中で、金商業者と弊社との連携について説明してきました。ここでは会計・決算フローに注目し、アセットマネージャーであるケネディクス・インベストメント・パートナーズ様(ケネディクス様の100%子会社)と弊社との連携について説明したいと思います。

(1)本PJにおける会計・決算フロー

本PJは特定受益証券発行信託を活用した50人以上を対象とする公簿の有価証券の発行であり、信託計算期間が1年を超えないように決算を行う必要があり、また決算期毎に有価証券報告書を提出するために、会計監査の手続きを行います。会計、税務上の取扱いについては過去の記事(不動産STOを前提とした受益証券発行信託の会計・税務上の取扱い)で説明していますので、併せてご参照ください。

会計・決算フローとして、「アセットマネージャーから受託者への配当方針通知」「配当明細作成・交付」「財務諸表・有価証券報告書作成」「監査報告書作成」「投資家への配当実行」「源泉徴収手続き・配当に係る支払調書作成」等への対応が必要です。

アセットマネージャーが、配当の原資となる本物件の収支の把握や、配当方針の通知、有価証券届出書の作成等の役割を担うため、このフローの中では特にアセットマネージャーの役割が大きく、アセットマネージャーを起点として、会計事務所、監査法人、レンダー、金商業者、川上信託・川下信託受託者と連携を取りながら会計・決算対応を行うことになります。

(2)アセットマネージャーへの投資一任

弊社は川下受託者であり、本PJの有価証券届出書上、本STの発行体とされていますが、弊社とアセットマネージャーとの間で投資一任契約を締結しており、川下信託の運用に関する実質的な判断を一任しています。弊社は専らアセットマネージャーの指図に従い業務を遂行する建付けとなっており、運用判断に関する裁量を一切持ちません。

まず、川下信託の運用裁量については、川下信託契約において、受託者である弊社が川下信託の運用裁量権を担う旨規定するとともに、受託者がアセットマネージャーに運用裁量権を委託する旨も規定しています。この運用裁量の内容は、別途締結される投資一任契約で規定されるアセットマネージャーが担う業務内容と同一とし、これにより川下信託の運用裁量権が受託者に残らない構成となっています。

次に、川上信託の運用裁量権についても同様に一任されています。川下信託の信託設定前の時点では、委託者が川上信託の受益者(以下、川上受益者)であり、運用裁量権を有しますが、川下信託の信託設定後は、委託者ではなく川下受託者が川上受益者になるため、川上受益者たる川下受託者が川上信託の運用裁量権を有することになります。この運用裁量権について、川下信託契約において、川下受託者がアセットマネージャーに委託する旨も規定しており、川下受託者に川上信託の運用裁量権が残らないようになっています。

最後に、万が一アセットマネージャーが不在となっても、受託者は川上信託および川下信託の運用裁量権を担わない構成になっています。川下信託契約上、優先受益者である投資家を代表する受益者代理人と、劣後受益者であるスポンサーの合意に基づき、後任のアセットマネージャーを選任することとしており、この意思決定に受託者は関与しません。なお、川下信託契約の規程上、後任のアセットマネージャーが選任されない場合は、信託の終了事由に該当することとなります。

5. まとめ

前回から2回に亘り、2021年8月11日に実行された本PJの詳細について説明し、今回の記事ではセカンダリ取引の内容と本PJの各種業務フローについてまとめました。

本PJのセカンダリ取引は、「相対取引(金商業者による買取)」により行われるものであり、一定の場合を除き、基本的に投資家は毎営業日譲渡の申し込みが可能であり、一定の流動性を付与できているものと評価できますが、日次よりも更に高頻度で売買するためのセカンダリ取引を目指すのであれば、PTSの活用等、更なる高度化の余地があることを説明しました。

また、業務フローとしては主に金商業者と連携して進める本STの権利移転フローと、主にアセットマネージャーと連携して進める会計・決算フローについてまとめ、権利移転フローについては、権利移転に必要な要素とProgmat上での処理方法を説明し、会計・決算フローについては、対応事項と投資一任の契約構成について1歩踏み込んで説明しました。

今後もSTOの普及に寄与する情報の整理、調査を進め、皆さまへの情報還元を継続いたします。個別のご質問やご相談事項がございましたら、共同検討をはじめとしたさまざまな枠組みがありますので、SRC事務局までお問合せください。

引き続き、SRCおよびProgmatをよろしくお願いいたします。

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