見出し画像

中国で政策転換が相次ぐ理由 ―倒れた習近平と自己主張を始めた軍と政府の各部門―

はじめに

冒頭の画像は9月20日午後、北京を訪れたマレーシア国王と閲兵している様子ですが、果たして画像の「習主席」は三中全会の開かれた本年7月中旬以前と同一の人物なのでしょうか、というのが当方の一連の記事での問いかけです。必ずしも替え玉とは限らないのですが。
下記をはじめとする先行する記事がいずれも長くなっていますので、最近起きた事例については、本稿に記してゆきます。ただこの記事だけでは事態の全容は理解していただけませんので、人民解放軍や国務院(政府)との関係については、続いて下記のnoteをご覧ください。筆者にとってはとうに、「謎はすべて解け」ていますので、いずれの記事も材料が違うだけの同工異曲で申しわけないのですが、通して読んでいただいている読者の方には、本稿についても中間部の事例の分析に関するパートだけ読んでいただければそれで充分です。
なお当方は反中の売文業をなりわいにしているわけではないので、この作業をいつまでも続けるつもりはありません。次々と現れる断片的な事実を素材として、単一の洞察を述べているうちに、やがて全世界の誰にでも分かる形で、中国の現指導部に関する真実が表に出てくることを待ち望んでいます。


1. 一見すると無関係な諸事実

以下に時系列順に述べる個々の事実は見ようによっては、習主席肝煎りの政策転換であり、ついに習政権が必要だった方向転換を決断したと持て囃す向きも多いかと思います。しかしそれは現実に対して、以前の中国指導部のスタンスに基づいた補助線を引いて解釈しているにすぎません。
習近平が一度倒れて、亡くなってはいないまでも、もう表に出てこられなくなっているか(この場合は外交の場面には美容整形を施された替え玉が出ている)、脳梗塞で2ヶ月前に好々爺に人代わりしていて、習近平なき習路線の維持が困難になった現指導部にとって当座は都合のいい操り人形と化しているとすれば、どうでしょうか。

① 9月19日、日中両国は中国が安全基準に合致した日本産水産物の輸入を再開することで合意した。
中国は23 年 8 月 24 日以降、1年以上も日本産の水産物の輸入を全面的に停止していましたが、ここへきて突然、態度を軟化させました。この背景についてですが、指導部内でまだ早いと主張して、1人強硬に反対していた人物が、実質的にいなくなっていたのだとすれば、この現象の説明は簡単です

② 9月24日、中国人民銀行(中央銀行)の潘功勝総裁、中国証券監督管理委員会の呉清主席、国家金融監督管理総局の李雲沢局長という金融監督当局のトップが揃い踏みする形で異例の記者会見が開かれ、金融緩和政策への転換が打ち出された。
しかもこの会見はリアルタイムでテレビ中継され、潘総裁自身が記者からの質問に答えるという透明性の高い形式で行われた ※1)。

これまた見ようによっては習主席肝煎りの政策転換ということになりますが、ブルームバーグが取材した匿名の複数の当局者によれば、この決定の必要性は金融当局のトップには自明でありながら、何ヶ月も政権上層部によって止められて保留にされていて、会見の48時間前(日曜朝と思われる)になってにわかに指示されたとのことです。多くの中国政府の関係者にとっても寝耳に水の出来事だったようです。
背景には先週になって、政府の掲げる今年の経済成長目標が達成できない可能性があきらかになり、政策当局高官が中国経済について議論するための予定外の非公開会議が複数回開催されたことがあります。とりわけ、経済成長に大きく貢献する沿岸地域の少なくとも一つの主要な省(上海市・江蘇省・浙江省のいずれかと思われる)の関係者から、GDPの目標達成は困難であるとの警告が発されたことが決定的であったといいます ※2)
この決定メカニズム自体はきわめて合理的なものですが、胡錦濤前政権当時ならいざしらず、経済に暗い現主席になってからの十数年間は、合理的な経済政策が後回しにされていましたから、これまた何かが大きく変わったことを示しています
習近平は経済が理解できないことから、これまでは人民元安につながりかねない政策金利の引き下げ(それによって引き起こされる輸入物価の高騰にともなって、人民の不安が増大し、批判の矛先が共産党体制に向けられることを恐れていた)には手が付けられなかったものと思われます。

③ さらに9月25日の朝、中国国防省は1980年代以来じつに44年ぶりとなる、太平洋へのICBMを着弾を発表した。
わずか数発しか保有していない戦略核兵器を誇示して気勢を上げたい北朝鮮指導部ならいざしらず、改革開放の全面化以来、中国では人民解放軍が突出することは抑え込まれていました。
中でもロケット軍(陸軍主体の人民解放軍をいま一つ掌握できていないことに危機感を抱く習国家主席(中央軍事委員会主席を兼務)の肝煎りによる組織改編で、核ミサイルを管掌していた「第二砲兵」が格上げされたもの)はこの間、装備の調達不正から高官が摘発され続けていた鬼門でした。不正調達とは、核ミサイルの抜き打ちの試射ができないのをよいことに、ミサイルを格納する地下サイロのハッチがそもそも開かない造りになっているとか、燃料の代わりに水が詰められているといったひどいもので(米軍や冷戦期の旧ソ連、冷戦後のロシアではついぞ聞いたことのない醜聞)、これによって浮いたコストによって利益を得た軍需産業側からロケット軍高官に贈賄が横行していたのです。
23年12月には、ロケット軍トップを務めた李玉超 前司令官をはじめとする幹部9人の全人代(国会に相当)の代表(議員の意)が解任され、10月以降は李尚福 前国防相(軍装備発展(開発の意)部の元部長)やその前任の国防相であった魏鳳和 元国務委員らが相次いで取り調べを受けており(ともに三中全会前の24年6月に党籍剥奪処分)、ロケット軍は意気消沈する一方でいました。
今回の久しぶりの試射、それも島嶼の領有権をめぐって摩擦を引き起こしているフィリピンや、原潜調達で連携を深めるアングロ・サクソン圏の安保協力枠組み「AUKUS」の一角オーストラリアの沖合の海域を複数指定しての着弾はあきらかにロケット軍の士気を回復させる試みであり、習が政治的に健在であれば到底できなかったことです。制服組トップの張又侠による権勢の誇示であり(前掲拙稿参照)、ロケット軍幹部に対する捜査もこれで打ち切りでしょう。
上記以外にも、8月中旬以降に中国海軍・空軍による日本周辺での領海・領空への侵入が相次いでいますが ※3)、これまた前稿に分析した張又侠による人民解放軍の完全な掌握(換言すれば党に対する軍の自律性の回復)のプロセスを踏まえた現象です

※注1) ブルーグバーグはこの中継について、中国の運営方法に大きな変化があったことを示すものとしている。 Xi’s Economic Adrenaline Shot Is Only Buying China a Little Time
※注2) 同上。
※注3) たとえば以下の日経記事参照。当該記事では、首相が退陣表明した日本の政権交代期の空白を中国側が突いていると説明しているが、それは主たる説明変数ではない。
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA261HN0W4A920C2000000/

2. むすび

一連の記事の結論は毎回同じですので、今回は簡略にします。より詳細な分析については、先行する拙稿をご覧ください。
政府と軍を統制してきた党という扇の要であった権勢家、習近平の重しが外れたことで、抑え込まれていた国家の各部門がそれぞれに自律性を回復して、てんでばらばらに活動を始めています。今回示したもろもろの事例もまた、そのことの現れといえます

なお冒頭の画像の出所は、下記です。


記事全般を気に入っていただいて、当方の言論活動をサポートしていただけましたら、有難く存じます。 特典としてサポートしていただいた段階に応じ、 個人LINEのやり取り→お電話での直接の交流→年に1回、実際にお会いしてのご会食 等の交流企画を考えております。宜しくお願い致します。