日本の後進国化の原因が構造改革であると認める勇気を持とう

また的を外した記事である。

「日本はAI後進国」「衰退産業にしがみついている」「戦略は先輩が作ったものの焼き直しばかり」。ソフトバンクグループの孫正義社長による手厳しい発言が話題となっている。

アメリカで成功しているビジネスモデルを素早くパクる「タイムマシン経営」で成功した孫が「戦略は~焼き直しばかり」と批判するのは滑稽である。タイムマシン経営の邪魔になる日本オリジナルのTRONプロジェクトを実質的に潰したのも孫の「功績」である。

加谷も「これでもかというくらいひどい有様」と罵倒しているが、日本生産性本部は新自由主義色の濃い団体であり、賃金抑制と労働者締め付けを正当化するために労働生産性が低いと強調するバイアスがある。年金の所得代替率も低負担・低給付を選択したためで、後進国の証拠にはならない。失業に対する公的支出が少ないのも失業率が低いことの反映である。

日本の労働生産性は先進各国で最下位(日本生産性本部)となっており、世界競争力ランキングは30位と1997年以降では最低となっている(IMD)。平均賃金はOECD加盟35カ国中18位でしかなく、相対的貧困率は38カ国中27位、教育に対する公的支出のGDP比は43カ国中40位、年金の所得代替率は50カ国中41位、障害者への公的支出のGDP費は37カ国中32位、失業に対する公的支出のGDP比は34カ国中31位(いずれもOECD)など、これでもかというくらいひどい有様だ。

労働生産性の国際比較で注意しなければならないのは、貿易財は「同じもの」を比較することが可能だが、非貿易財は質の違いを数値化してアウトプットに算入することが難しいため、単純に比較できないことである。

日本の労働生産性は先進各国で最下位であると述べたが、実はこの順位は50年間ほとんど変わっていない。日本経済がバブル化した1980年代には、各国との生産性の差が多少縮まったものの、基本的な状況に変化はなく、ずっと前から日本の生産性は低いままだ。

外国に比べると日本のサービスは価格の割に馬鹿丁寧と感じたことがある人は少なくないだろうが、これは労働のインプットに対する金銭換算したアウトプットが少ないことなので、経済学的には「低生産性」と評価されてしまう。非貿易財、特に対人サービスでは高生産性の「割高な価格で雑なサービス」よりも低生産性の「低価格で丁寧なサービス」が消費者にとってはありがたいことは言うまでもないので、生産性の高低は必ずしも優劣を意味しないのである。

多くのサービス活動は、本質的に生産性向上になじまない。場合によっては、生産性向上がサービスそのものを台無しにしてしまう。弦楽四重奏が27分の作品を9分で演奏したらどうなるだろう。質の切り下げによって高い生産性を実現したと思われるサービスもある。米英のような国での小売産業の生産性向上は大部分、店員が少ないこと、遠くまで運転して来店しなければならないこと、配達時間の遅さなど、まさに質の低下によってもたらされた。

日本の労働生産性の低さには、同レベルのサービスが諸外国に比べて安いことも反映されている。生産性の比較は貿易財産業(主に製造業)で十分であり、非貿易財部門も含めた経済全体は参考程度にとどめておくのが無難である。

日本のサービス価格が1997年以降、相対的に割安になっていることも考慮に入れておくべきだろう。

次もミスリーディングな比較で、EU諸国の輸出が多いのは、各国間の地理的近接性と(ドイツは9か国に隣接)、経済統合のために輸出と国内取引の違いがほとんどなくなっているからである。

日本が輸出大国であるという話も、過大評価されている面がある。
驚くべきなのはドイツで、GDPの大きさが日本より2割小さいにもかかわらず、輸出の絶対量が日本の2倍以上もある。

電力をとっても、日本は島国なので自給しなければならないが、ヨーロッパは電力網がつながっているので輸出入できる。

オランダも生鮮野菜や果物、花卉の輸出が盛んだが、それが可能なのは外国に短時間で届けられるためであり、島国の日本には真似できない。

日本も、北海道、東北、関東、・・・、九州、沖縄と各地域を形式的に独立させて「日本連合」を創設すれば、「各国」の輸出量は激増するが、そのような比較をしても無意味だろう。

とはいえ、加谷のこの指摘は事実であり、考えるべきはその原因が何かである。

日本は「昔、豊かだったが、今、貧しくなった」のではなく、日本はもともと貧しく、80年代に豊かになりかかったものの「再び貧しい時代に戻りつつある」というのが正しい認識といってよいだろう。

下図はUSドル換算した1人当たりGDPの世界ランキング(ルクセンブルクやモナコ、マカオなどの小国・地域を除く)の推移で、縦軸が順位(1位→25位)、横軸が年(1985年→2018年)、赤が日本、青がアメリカである。

アメリカは住宅バブル崩壊~リーマンショック~世界大不況期に順位を落としたものの、再び盛り返しているが、日本は2000年の1位から2018年には22位に後退している(2009~2012年の上昇はドル安円高によるもの)。

これらの図から即座に読み取れるのは、日本の転落が小泉政権による構造改革が本格化した2001年から始まったことで、日本経済を復活させると喧伝された構造改革こそ後進国化の原因であることを強く示唆する。国民は「良薬は口に苦し」と騙されて毒を飲まされ続けているわけである。

日本経済の後進国化のメカニズムについては既にマガジン[経済]の記事で検証しているのでそちらを読んでもらいたいが、ポイントは、中曽根・橋本・小泉・安倍と続けられてきた新自由主義革命によって、経済運営の目標が「日本国民を豊かにする」ことから「グローバル投資家の利益最大化(→人件費の最小化)」に180度転換したことである。

読むと感じる。社会そのものが「ブラック化」したのだと。私たちのほとんどが働くことでしか生きる術はない労働者だ。その労働者を、政府と企業はコストとしてしかとらえていないのだと。

ナイーヴな下級国民はまだ気付いていないようだが、日本の政財官学の上級国民たちはGoodhartが言うところのAnywheresになっており、Somewheresの下級国民よりも外国のAnywheresと価値観や利害が共通している。

重要なのは、後進国化は上級国民にとっては経済政策の失敗を意味しないことである。Amy Chuaの"World on Fire"では、南アフリカやボリビアを訪れたChuaが現地の上級国民の裕福さに仰天したエピソードが描かれているが、国が低開発化されて貧富の差が拡大することで、むしろ豊かになる階層が存在することを見逃してはならない。構造改革とは、彼らによる彼らの利益のための改革だったのである。

自己の利益を最大化することで、かりに他者が不幸になったとしてもそれに何の道徳的責任を感じたりしない「合理的精神」こそが、自由競争の勝者に求められる資質であると言っても過言ではないだろう。

その一例だが、手配師が頑張って雇用破壊に成功すると、労働者は貧しくなるが手配師は儲かる。

私が、若い人に1つだけ言いたいのは、「みなさんには貧しくなる自由がある」ということだ。「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」と。

以下は安倍首相の発言だが、これを聞いてもなお日本政府が下級国民≒一般労働者の味方だと思えるだろうか。小泉首相は「自民党をぶっ壊す」と叫んだが、安倍首相は実質的に「(外国人のために)日本をぶっ壊す」と言っているのだが。

もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。
外国の企業・人が、最も仕事をしやすい国に、日本は変わっていきます。
日本を、能力あふれる外国人の皆さんがもっと活躍しやすい場所にしなければなりません。
もし、皆さんの投資意欲を削ぐ何かが見つかれば、すぐに私に教えてください。いかなる岩盤も、私の「ドリル」の前には無傷ではいられません。
そのとき社会はあたかもリセット・ボタンを押したようになって、日本の景色は一変するでしょう。

構造改革に熱狂して賛成票を投じてしまった人は認めたくないだろうが、日本の政治家はすでに日本人の味方ではないことや、構造改革が多くの下級国民を貧しくして日本を後進国へと退行させていることを認める勇気が必要である。

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