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最近の研究成果

先月のNature Communicationsに続いて、今度はNature Cell Biology誌に私の研究室の論文が掲載された。(大学HPに掲載されたプレスリリース)  

下の点線に挟まれた文は、論文の内容について専門外の人にもなるべく分かるよう解説を試みたものだが、興味の無い方はこの文は飛ばして2つめの点線より後を読んで頂きたい。こういった応用的では無い、いわゆる基礎研究の意味するところについて述べている。

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細胞の中には、リソソームという消化器官がある。細胞の胃腸のようなものだ。袋状になっていて内部に消化酵素をたくさん持っている。細胞が、シリカであるとか、尿酸やコレステロールやアミロイドタンパク質の結晶であるとかいった異物を取り込むとこのリソソームに到達し、その膜に穴を開けてしまうことがある。

人間でも胃腸に穴が開くと命に関わるように、リソソームに穴が開くと細胞が死んだり弱ったりして、様々な病気の原因になる。何とかしないといけない。我々は以前に、リソソームに穴が開くとオートファゴソームというパックマンないしロボット掃除機のようなものが現れて、穴の開いたリソソームを包み込み処理してくれることを発見している。

今回は、なぜリソソームに穴が開くとオートファゴソームが上手い具合に現れるのか、その仕組みを明らかにした。

リソソームに穴が開くと中のカルシウムイオンが漏れ出る。そうするとLC3というタンパク質がそのリソソームにくっついてカルシウムイオンを汲み出すポンプのスイッチをオンにする。その結果さらに大量のカルシウムイオンが出てくる。それが合図になってTFEBというタンパク質が核の中に移動し、オートファゴソームを作るのに必要なタンパク質の遺伝子(設計図)に働いてそのタンパク質を作らせるのである。

この一連のドミノ倒しのような出来事が穴の開いたリソソームを取り除いて細胞を守るためのメカニズムであったわけだ。またLC3は2000年に私が見つけたタンパク質であるが、本来オートファゴソームにくっついてその働きを助けている。今回それ以外にも役割があることが判ったのも新しい発見だ。

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専門外の人は、だからなんやねん、随分マニアックな話やなあ、という感想を持つだろう。確かにマニアックだ。ゼンマイ時計をばらして、おお〜こういう仕組みだったかと喜ぶ子供のように、我々細胞生物学者は細胞の中の精緻な仕組みをばらしては感歎している。

しかも細胞は時計より遙かに複雑で精巧にできている。100分の1ミリ程度しかない極小の細胞の中には美しい広大な宇宙が存在し、無数の歯車が刻々とダイナミックに動いている。

このような細胞の謎を解き明かす悦びを、一般の人と共有できたらと思う。科学は文化であり、人類共通の資産だから。

そして、このような一見何の役にも立たない知識の集積が、将来病気の治療や予防に活かされる。病気は生命の基本単位である細胞が正常に機能しなくなることで起こる。細胞があまりにも複雑で人類にとって未知の部分が多すぎるため、がんを始めとしたたくさんの難治性の病気の治療法の開発は、ロケットの打ち上げやダム建設のように5年で完成といった計画を立てることができない。予測できないのだ。

だから、少しずつでも細胞の仕組みを解き明かすことで細胞を理解し、なぜ病気が起こるのかをひとつひとつ突き止めていくしかない。対症療法ではない、病気のメカニズムに立脚した根本的治療法を目指さなければならない。回り道のように見えるこのやり方こそが、最速で効果的なのだ。

以前の医学はどちらかというと、いきあったりばったりに薬を見つけ、理由は不明だけど治るからよかろうという側面が強かった。しかしそれでは治療法が見つからない病気も多々ある(そういう病気が残ってきた)。

これからの医学は、発症メカニズムに基づく治療法の開発が主流とないっていくだろう。そこでは、細胞の仕組みの詳細な理解が不可欠だ。社会に役立つ大きなイノベーションは、しばしば最初は役に立つか立たないか分からない研究から産まれる。そのことを多くの人に理解して貰えたら嬉しい。

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