私は変わらず世界を変える

「私は変わらず世界を変える」
(劇的JOY!ビフォーアフター)

「クソでもブスでも世界を変えたい」
(ドグマ・マグマ)

大森さんのこういう世界にあわせて自分を変えるのではなくむしろ世界の方の許容度を上げることで自分の存在を受け入れさせようとする考え方が好きだし自分を変えよう⭐︎的な曲しか出会ったことがなかったからこの価値観は目からウロコだった。私自身お前は異常だと家族からも散々言われてきたしとにかくそのままじゃだめだ、もっと「普通」になれという圧力をずっと感じてきたから自然と世界則自分変更価値観を受け入れてきたわけだがそれが結局自分を無価値なものと思い込む自己肯定感の低さに繋がっていたのだな。(と大人になった今なら冷静に分析できる)

でも大森さんに出会ってからは確かに人に比べて私はできないことの方が多いけどでも人ができないことで私にできることだってあるし、てか全部完璧な人なんていないだろうしそんなに自分を卑下しなくてもそれぞれのやるべきことをやればいいのだな、と思えるようになった。大森さんの曲に「救われ」たとかよく言われるけどそれはこういうことなんだろうなと思った。つまり今の「普通」の価値観では取りこぼされている人々に新しい考え方の枠組みを提供しているのだ。
だから「大森さんはもっとこうした方がいい」とか「変わった方がいい」とか書かれているのを見ると、それが今のルール的には正論なのかもしれないんだけど、でもー!大森さんのよさはさー!…と叫びたくなる気持ちがある。平常を創ってるルールは掌握してスルーしてる透明衝動…(アナログシンコペーション)
そういえば昨年大森さんが週一でミッドナイト清純異性交遊ラジオをやられていた時のファンからのお悩み相談に対するスタンスは「私もできないこと多いけどいっしょにがんばろうよ」だったことを思い出す。大森さんが苦手なこと私だってできないし、てか私の方ができないこと多いからさ、いっしょになんとかがんばっていこうよ、と大森さんに対しても思う。まあ大森さんは人よりできることが段違いに多すぎてというかむしろ大森さんにしかできないことが多すぎて、こんなことを思うのは大変烏滸がましいかもしれないけど。

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