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世界遺産の前で食べるパエリアと自販機のアーモンド 『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を読んで

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』
ネットで紹介されていて、軽く読めるかなと思って買った本。
気付いたら時間を忘れて夢中で読んでいた。
物語のテーマはやっぱり愛だよなぁと思える一冊だった。

読んだ時にふと思い浮かんだことを書き留めておく。

キューバ

トランジットでドキドキしたり、タクシーに乗る時に自分でも勝てそうな運転手を選んだり、そんな旅の始まりを読んでいると私がスペインに旅行した時の気持ちと重なった。

キラキラした部分ではなくて素直に思ったことを書くから若林さんの文章は魅力的なのだろう。

大学時代、友達と女2人でスペインに行った。
スペイン語を学んだからと調子に乗って、ツアーではなく事前に移動と宿の手配だけしてもらったスペイン旅行だった。

初めての国外線で日本語の通じないCAさんにびびって配られたお菓子を断ろうとしたこと、
タクシーの運転手にぼったくられまいとずっと料金メーターを睨みつけていたこと、
友達と体調を崩してホテルの自販機でサンドイッチとアーモンドのお菓子を買って食べたこと、
ずっと憧れだったサグラダファミリアを目の前にして食べたパエリアよりも自販機のアーモンドの方が美味しく感じたこと。

旅行どうだった?と聞かれて答えるのは、サグラダファミリアの思い出。でも日本でも売っているようなアーモンドだって私の大切な旅の思い出なのだ。

若林さんの旅行記はサグラダファミリアの思い出ではなくて、アーモンドの味を思い出させてくれた。見たこと感じたことが丁寧に書かれていて、無理やり感動していなくて、自然体でいいなと思った。押し付けがましくないし、一緒に旅をしているような気持ちになる。だからとても魅力的で、するする読める。

若林さんとドキドキしながらバスに乗って、ビーチにたどり着いた時は私の目の前にもキューバの青い海が広がっている感覚に陥って、気持ちが良かった。


実はこの本は昼休みの時間の楽しみにしようと少しずつ職場で読んでいたけれど、面白くて結局ある日の帰宅後に家で読み始めてしまった。
宇多田ヒカルの曲をシャッフルで流しながら海外の空気を感じる不思議で贅沢な時間。

呑気に読み進めていき、ruta25に入った時にふと思う、
あれ?若林さん一人で街歩いているはずだよね。誰かいるの?
違和感を感じて読み進めるとその理由がわかって、私の心はぐらぐら揺れる。ruta26を読んでいる時にはぽろぽろと涙が出ていた。

職場で読み進めなくてよかった。突然昼休みに泣き出すアラサーはきつい。
ちょうどその時私のWALKMANからはGood Nightが流れていて、なんだかそれがとてもぴったりだと思った。


若林さんがキューバを選んだのは父親の影響だと書いていたが、私がスペインを選んだ理由も父の影響だった。
こういうのは父親に影響されるものなのだろうか。



モンゴル

草原の夫婦を見て、私も結婚っていいなと思った。
仕事をして、帰って、誰がいて、その人のためにまた仕事に行って、という暮らしはシンプルだけど美しいと思う。

馬を乗りこなすシーンは爽快だった。
人にはきっと自分があまり気づかなかったり思いもよらなかったりする得意なことがあるんだろうなぁ。

自分のルーツも知りたくなった。



アイスランド

アイスランドはただ寒い所というイメージだったけれど、火山がある土地なのだと知る。

花火の話は情景がよくわかる気がした。
私は花火の夢をよく見るからだ。
その夢を見るときは決まって花火が近くて大きくて綺麗だけれど怖いのだ。じゅっと爆ぜる音と共に花火の火花が自分のもとに降ってきて私は逃げようとする。
大晦日から始まるアイスランドの花火はそんな感じだろうか。一度体験してみたい。

旅を通して人見知りと気まずさとそれをどうにか緩和させようとする若林さんとツアーの皆さんはなんだか日本人だなぁとなぜかほっとする。
気さくに話しかけていい雰囲気を作るツアー参加者の皆さんは素敵だなぁと思った。

オーロラの話と13人のサンタクロースの話はくすくす笑えてとても心地よかった。

もう少し正直にというか率直に生きていいか、ぐじゅぐじゅしていてもいいんだと、思えたのはこの文章に出会ったおかげだ。
グラグラ熱を帯びている地を私も見に行ってみたい。



あとがきと解説

あとがきを読むのが好きだ。著者の気持ちや思いがわかって身近に感じることができる気がするから。

この本のあとがきは特に好きというか衝撃を受けている。この先、ここの部分だけを読むために本を手に取る自分が容易に想像できる。

「血の通った関係と没頭」、amistad

傷つけば血が流れる、その繋がりのことを言っている。

この文から始まる言葉に私は衝撃を受けた。
そうだ、私はいつもそういうものに助けられながら生きている。
人の場合も、小説の場合も、歌の場合もあるけれど、血の通った関係に光を当てられて、歩いていくことができている。

大切にしたい文章で、忘れたくなくて、自分の中に残しておきたくて、繰り返し読んで、呟いてみる。
若林さん、あなたのおかげでまたひとつ大切な言葉ができました。ありがとう。


そして、最後のDJ松永さんの解説。
この本を私が手に取ったのは松永さんの解説を読んでみたいと思ったからだ。
andropという私の大好きなバンドと一緒に配信ライブをしたCreepy Nuts。そのライブで彼らの魅力に惹かれて松永さんの書く解説ってどんなものだろうと興味を持った。

若林さんに宛てた手紙の形式。人の手紙を覗いているようでどきどきした。
内容は本当に気持ちがこもっているもので、それを若林さん以外の目に触れるところに出した事も含めてとてもかっこいい。
ずるい、こんな愛の文章を書けるなんて格好良すぎる。好きになってしまう。


血の通った関係と没頭というのは愛と言い換えられると私は思っている。
ただ穏やかな気持ちだけじゃなくて、ぐじゅぐじゅになったり煮え滾ったり、感動したりしなかったり、周りと違う自分に戸惑ったり、自分のそのままをさらけ出して、血を流すけれど受け入れる。
そういう姿を見た誰かの暗い夜をそっと照らす。
灯火が当たってぼうっと浮かび上がる、誰かの周りを気にせず何かに没頭する姿は美しい。

それって愛じゃないかと思う。

私はこの若林さんの率直さと松永さんの愛に絆されてどうしても感想を書きたい、読書中に自分が感じたことを書きたいと思ってしまった。だから今こうしてぽつぽつと文字を打ち込んでいる。
パエリアじゃなくて、アーモンドのお菓子の方の思い出も大切にして何かに残せるように。

そういう文章に出会えて本当によかった。



#読書の秋2020

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