
つなぎ、咲く。
3
一日仕事して何十人の人と会話や対話をしても
仕事帰りに街の雑踏、電車や居酒屋の多くの会話の渦に入っても、
誰かの新しい話題に驚いたり対話の進め方に感心することはあったとしても、耳新しいセリフに感動するなんてことは、そう聴くことはない。
いきづまる(息詰まる、行き詰まる)人生の打開への気づきは、疲れているはずなのに眠れない毎日のいら立ちと後悔の念に隠れ流れさり、留まりかけた気づきのきっかけもいつしか埋もれていく。
自分が同じく歩むことのない、生物(人間や動物など)や時代のある場面を凝縮し、エンターテインメントとして表された小説や映画を読み鑑賞すると、心に残る場面やセリフに出会うことがある。シーンの登場人物やセリフは主人公だけでなく主人公の父親、母親だったり、役名もつかぬ市井の人の一言だったりする。
それらのコトバは時にボクの人生の知恵となり支えになり道しるべとなる。
ボクはラグビーを語るほどラグビーを知らない。
知らないからか、
毎回のゲーム(TV中継)に目が離せない。目を話すとたちまち、人生の学びや気づき、名言の数々を逃してしまう気になって後悔してしまう。
今夜もそんなゲームだった。
耳新しくもないコトバが浮かぶ。
ボール、つなぎ、咲く。
おめでとう勇敢な桜たち。
追伸:コトバではなく、案外とシンプルな実践でココロが動くのかも知れない。
3
ニチジョウとダジャレと時々、マジメな事を呟きます。テーマに統一性がありません。キャラに一貫性がありません。
ゆらゆらと、ゆるゆると生きています。