アーティストもマネージャーも一緒になって創作に磨きをかける|「BRIDGE」クリエーション編 レポート①
株式会社precogが主催する、次世代のアーティスト及びスタッフを対象とした、創造のための国際性を学ぶ人材育成プログラム「BRIDGE」。オンライン講座編とクリエーション編の2つのプログラムで構成されている。クリエーション編には、公募審査の結果、「譜面絵画」と「新聞家/村社祐太朗」が育成団体として選出された。
(団体プロフィールはこちら)
彼らは、12月に実施される国際的な舞台芸術プラットフォーム「YPAM(横浜国際舞台芸術ミィーティング)」フリンジプログラムでのショーケースに向けて、オンライン講座への参加ほか、合同ディスカッションにも臨み、創作を深めていく。
さらに、メンターとして山口真樹子(ドラマトゥルグ、通訳者/譜面絵画を担当)、山崎広太(振付家、ダンサー/新聞家を担当)を迎え、団体ごとにメンタリングの時間も設けられる。
およそ3ヶ月にわたり、さまざまな講座スタイルから国際的な視座を育んでいく本企画。この記事では、2度開催された合同ディスカッションの模様をレポートする。
合同ディスカッションは、創作の進捗共有や意見交換を行う場であり、参加団体とメンター、事務局メンバーが一堂に会す。さらに、より多角的な視野から議論を行うために各回限りのゲストアドバイザーも参加する。
初回は、キックオフミーティングから1週間ほど経った9月下旬に実施された。メンター、運営メンバーのほか、譜面絵画代表で脚本家/演出家の三橋亮太と、新聞家主宰で演劇作家の村社祐太朗、新聞家の創作に協力するメンバーとして、俳優の中川友香、ティナ・ロズネル、張藝逸が参加。ゲストアドバイザーは、劇団「Q」の主宰である市原佐都子。
その後2度のメンタリングを経て、2回目は10月下旬に実施。参加者は、譜面絵画制作の河﨑正太郎、大川あやの(オンライン)と、新聞家の村社。ゲストアドバイザーは、呉宮百合香(アートコーディネーター、ドラマトゥルク、舞踊評論)。
譜面絵画|合同ディスカッション①
三橋は日本大学芸術学部の演劇学科出身。在学中の春合宿でメンバーを集めて団体を結成した。「新たな体験性(ライブ性)」を制作目的とし、劇場以外での作品発表にも積極的。中長期的には「観光」や「立場の違う人々同士の距離感」に対する視点をテーマとして扱っていきたいという。
今回は、自身が手掛ける3部作の最後として、譜面絵画がこれまでに発表した、近未来について描く2作(『ホームライナー新津々浦1号』『新津々浦駅・北口3番バスのりば』)と同じ土地を舞台に、異なる時期の話を描こうとしている。
三橋は「短編を増やしていくことで団体のレパートリーを充実させていきたい。これまでも音楽ライブが会場ごとにセットリストが変わるように、会場(土地)ごとに上演作品をカスタマイズできるよう、エピソードの組み替えを試みてきた。また、〈入れ子構造*〉を用いて、3つの異なるツール〈ライブ・音声・映像〉を活用した会話劇に仕立てたい。」と構想を語った。
*入れ子構造・・・劇中で、他のエピソードが劇として展開されること
その後、参加メンバーとのディスカッションへ。三橋のプレゼンに対し、それぞれが気になったことを発言していく。
最初に事務局のprecog黄木から、入れ子構造への強い関心について問われ、三橋は「僕が演劇を観るとき、段階を踏んでフィクションを届けてほしいと思っている。会話劇の過程で、無理せずにフィクションの度合いが高まっていくシステムとしてこの構造を使っている。」と答えた。また続けて「実は漫才も入れ子構造が多用されている。漫才を見ることが大好きなので、そのルーツも創作に影響していると思う。」と着想を得たポイントについても言及した。
ライブ・音声・映像といった、言葉をそれぞれ異なる方法で届けるメディアの活用については、譜面絵画が過去の創作においても取り組んでいることである。三橋は、現時点では3種の関係性を思考中としつつも、過去の創作での事例を共有した。
また、メンバーがそれぞれ離れた地域に住んでいる譜面絵画は、結成当時から”土地”をテーマとすることに関心があるそう。
市原が「扱いたいテーマとして掲げている〈立場の違う人々同士の距離感〉とは、3種のメディアの特性が生む距離だけではなく〈土地に住む人/訪れる人との距離〉も表し、舞台上での存在の仕方に相乗効果をもたらそうとしているか。」と問われ、三橋は「その通り、台本を書いたときは〈土地に住む人/訪れる人の距離感〉についてよく考えていた。」と答えた。
メンターの山口からは、会場や土地に合わせた戯曲のカスタマイズ方法について問われ、三橋が、過去に横浜で上演した際のフィールドワークの経験を話したり、村社は「立場の違う人々同士の距離感」というワードから行きがけに体験したエピソードを共有したりなど、参加者それぞれがユニークな視点から、感じたことを語られる場となった。
譜面絵画|合同ディスカッション②
2度目の合同ディスカッションは、制作の河﨑がその場をファシリテートした。河﨑は始めに、「〈音の指向性〉について実験したい」と投げかけ、全員で音を感じるワークを行った。
横一列に椅子を並べて正面と背後、それぞれからメトロノームの音を聞く。テンポが上がるときは焦ったら手を挙げ、テンポが下がるときは居心地がよくなったら手を挙げる。
「テンポが早くなるのを正面から目にしていると焦る」であったり「後ろから聞く音は、低く感じてリラックスする」や「テンポを刻むだけなら早くても焦らないが、音楽など何らかの色がついていると自分は焦るかも」と、参加者から続々と感想があがった。
この実験を行ったのは、合同ディスカッション間に行われたメンタリングでの会話がきっかけだったという。当初、ライブ・音声・映像の3種のメディアを活かした創作を考えていたものの、メンタリングを経て、より「音声に焦点を当てていく」ほうが良い創作につながるのではないかと考えたそうだ。
ディスカッションでは、映画と演劇での音の違いや、鑑賞中に予期せず聞こえてくる生活音など、創作に関連する”音”について、経験談や感じていることが幅広く語られた。
アドバイザーの呉宮は「指向性」という言葉を使用している点について、音の方向を示す以外にも意味をもっているのではないかと問いかける。「どこまで言っていいのか。」と、作家の三橋の意見を大切にしたいために明言を迷う河﨑に対して黄木は「思っていることを話してもらえたら大丈夫。」と優しく声をかけた。
河﨑は「生活するなかで聴こえてくる音の豊かさに対し、劇空間は音を絞ることで鑑賞に集中させ、楽しませる効果があると思う。その絞られた音を深めていくことに面白さがあると考えている。」と語り、呉宮は「譜面絵画が大事にしている〈劇場の外への意識〉が、このワードに結びついているのではないかと思った。他にもあるかもしれない。それは団体にとって強みになると思う。」と答えた。
音の実践は非常にテクニカルなことであるため、プロフェッショナルの意見も聞くほうが新たな視点が得られるのではと、音楽担当の人選についても具体的な議論に及び、ディスカッションを終えた。
新聞家|合同ディスカッション①
村社が主宰する新聞家は「演劇という媒体のポテンシャルを最大限活かす」「誤解を乗り越える手続きを実感する」を目的に掲げており、台本を複数名で読んだり、意見会を開催したりなど、目的の達成のために、集団で行う取り組みをよく実践している。
この日は最初にワークを実施した。上演で使う台本『生鶴(いきづる)』を、皆で声に出して読むことに。本作は過去にも上演されたことがあり、その時も中川が俳優として出演していた。
日本語、英語のテキストが両方配布され、読みやすいほうを選んで良いとした。英語のテキストはこの日のために村社がGoogle翻訳して用意したものである。これまでの上演は全て日本国内で、日本語話者を前提としていたが、BRIDGEのコンセプトである「国際性」への視点や、ショーケースに海外からの来場者も見込まれるということから、今回初めて英語でのテキストを導入する試みを行った。
また、日本語話者ではない人の来場を想定するために、日本語が第一言語ではない2名(ティナ、張)を協力者として稽古場に迎えた。
まずは15分ほどの黙読タイム。村社は「黙読のあと、思ったことを言い合う場を設けるので、疑問や英語のミスなど何でも良いから話し合いたい。声に出す前の理解を深めてほしい。」と呼びかけた。
台本を読み込むのに要した時間であったり、作中に出てきたシューズブランドと似た靴を履いているであったり、ちょっとした話題がシェアされるなか、日本語と英語の台本を両方用意する際のテキストのあり方にも話が及んだ。
ティナは「日本語に向き合いたいと思うから、フリガナがあるとありがたい。」と話し、張は「読み方を間違えても大丈夫であれば事前に説明してもらえると安心する。」と意見があがり、村社はそれぞれの発言にじっくりと耳を傾けた。
その後、台詞を声に出して読んでいく。話者ごとではなく一文ごとに担当を決めた。村社は「会話の”間”より、言葉の意味をきちんと伝えられるかを意識してほしい」と、事前に呼びかけた。
話者が選択した言語によって、日本語と英語が自由に行き来することへの聞き心地や、話者の移り変わりで発生する不自然な間など、発話する人間の存在を強く感じる不思議な時間が流れた。
参加者からも次々と感想があがる。事務局遠藤は「台詞を発話する瞬間、想像より喉が緊張した。」と答え、中川は、新聞家のクリエイションに慣れている視点から「いつもより速いスピードで展開されたので新鮮だった。」と語った。一方で台詞を読まなかった三橋は「聞くことも贅沢な時間。間に対してそれぞれの感覚が違うけど、黙読の時間があったことで、ある程度の像が統一されていて、それを違うルートでなぞっているように感じた。イメージが一層ひろがるようで楽しかった。」と話した。
村社は「さまざまなプロセスのうえにある試みで、取り組む理由を話して価値づけできることもあれば、そうでないこともある。その調整にずっと悩みながら続けてきている。」と語りながら、今回のワークを受けて「YPAMに来場する人を具体的に想定した内容を考えていきたい。」と感想を述べた。
新聞家|合同ディスカッション②
2度目の合同ディスカッションもワークを行った。内容は前回と少し異なる。
台本の一場面を読み、そこから「自身の経験と重なること」をテーマに、考えたことを語る。そのシーンでは、リビングでの家族の会話が描かれていた。
河﨑が「人を示すときに名前を出していないところは、家族特有のやり取りを思いだした。」と語ると呉宮が「家の会話は省略が多い。超絶ハイコンテクスト。息苦しいときもあるし、安心感もある。目の前で起きていると理解できるけれど、台本で言葉として読むと話が飛躍していくようだった。」と語った。
山崎は「自分だったらどのように舞台上に立つかと演出的な視点で考えた。」と語り、山口は「出てくるオブジェから村社さんのセンスを感じる。」と話した。一方で黄木は、「人間の感情や関係性よりも、舞台上に置かれているであろうモノに注目した。冷蔵庫が印象にのこって、冷蔵庫の目線でテキスト上の世界観を感じていた」と語り、ひとつの場面から多様な視点が生まれていたことがわかった。
続いてこの場面を声に出して読んでみる。村社は前回同様に「発話するときに”間”は考えなくても良い。黙読していたときに感じたことを、声に出したときも実現しているかどうかを重要にしたい。」と呼びかけた。
グループに分かれて読み合い、終了後に村社は、「自分以外の人が読む姿に、自身の読み方も影響されていると思った。」と、読み合いのようすについて感想を語り、その日のディスカッションを終えた。
アドバイザーの市原も呉宮も、合同ディスカッションの最後には、演劇のプロセス/実験の段階を共有することへのおもしろさについて言及し、長丁場にわたる合同ディスカッションの最後を締め括った。
2度目の合同ディスカッション以降もオンライン・対面での個別メンタリングや上演に向けたリハーサル等が行われている。
YPAMフリンジでのショーケースは12月5日(木)〜6日(金)、BankART Stationで実施される。
【公演詳細】
BRIDGEショーケース
参加団体・上演作品:
譜面絵画『2Fご案内 新津々浦駅前プラザ』
新聞家/村社祐太朗『生鶴』
日程:
12月5日(木) 18:00
12月6日(金) 16:00
各公演2演目+トークあり(計135分程度を予定)
会場:
BankART Station(新高島駅地下1F)
公演ページ:
https://bridge-precog.studio.site/showcase-jp
主催・企画制作:株式会社precog
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(芸術家等人材育成)) | 独立行政法人日本芸術文化振興会