「譜面絵画」「新聞家/村社祐太朗」—国際的な舞台芸術プラットフォーム「YPAM」での第一歩|「BRIDGE」クリエーション編 レポート②
株式会社precogが主催する、次世代のアーティスト及びスタッフを対象とした、創造のための国際性を学ぶ人材育成プログラム「BRIDGE」。オンライン講座編とクリエーション編の2つのプログラムで構成されている。クリエーション編には、公募審査の結果、「譜面絵画」と「新聞家/村社祐太朗」が育成団体として選出された。
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本プログラムは9月半ばより始動し、オンライン講座への参加や合同ディスカッションの実施など、創作を深める取り組みを様々に行ってきた。またメンターとして山口真樹子(ドラマトゥルグ、通訳者/譜面絵画を担当)、山崎広太(振付家、ダンサー/新聞家を担当)が両団体に並走した。
アーティストもマネージャーも一緒になって創作に磨きをかける|「BRIDGE」クリエーション編 レポート①
12月5日(木)、6日(金)の2日間、彼らはその集大成として、YPAM(横浜国際舞台芸術ミーティング)のフリンジプログラムにて、ショーケースを実施した。2日目・最終日となる6日の模様をレポートする。
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会場は、横浜・みなとみらい線の新高島駅構内、地下1階に位置するスペース「BankART Station」の一角。段差のない場所で、客席は舞台を半円で囲むようにつくられていた。
最初に上演されたのは譜面絵画『2Fご案内 新津々浦駅前プラザ』(脚本・演出:三橋亮太)。
俳優・小見朋生(譜面絵画)による一人芝居。タイトルにある通り舞台となるのは、新津々浦駅にある架空の「プラザ」。プラザとはスペイン語で「都市にある公共の広場」を意味するそうだ。舞台上は、中心にソファーが置かれ、左には扉の開いた冷蔵庫、右にはテーブルと椅子。テーブルの前には小型カメラを取り付けた三脚が置かれていた。
冒頭、背後から鼻をすするような音や、息が漏れるような音が聞こえてきた。これらは客席後方のスピーカーから流れていた。その後、1人の背の高い人物・ばろん(小見朋生)がのそり、のそりと登場。覇気のない表情だ。
プラザが舞台といっても、通常通り営業している気配はなく、周囲に人がいるようすもない。ばろんの佇まいからみても、なにかショックな出来事が起きたあと(廃墟のような雰囲気)であると感じられた。
ばろんは冷蔵庫の前で一呼吸をおき、椅子に腰掛ける。そしてゆっくりと話し始めた。話題は、ここ、新津々浦駅前プラザに訪れるまでの出来事――信号を渡ろうとしたときに受けた違和感を語っていた……かと思うと、好きなアーティストの話や、美味しい食べ物の話題など、つながりのないエピソードを淡々と語りつづける。変わらず覇気のない、脱力感のある声で話しており、それはプラザの人気(ひとけ)のなさ、異空間であるようすを際立たせていた。またこのとき、ばろんが話す声のボリュームがだんだんと大きくなったことも印象的であった。
次のシーンでは背後から、インタビュアーの声と、シャッター音(カシャ)が聞こえてくる(音声出演:中山正太郎(無名塾)、新田佑梨(青年団))。
これも冒頭のように、スピーカーから流れてきた音声であった。小見は役柄を一人の話し手に変え、インタビュアーの応答に沿うように会話を重ねていく。テーマは、歳をとることについてであった。インタビュアーの声はスピーカーから聞こえてくるので機械的。同じ言葉が繰り返し登場することもあったので、この話し手と本当に会話しているのかは曖昧な状態であり、その違和感も、舞台上の空気を一層不思議な状態にさせていた。
さらに次のシーンでは、小見がリポーターに役を変え、新津々浦の温泉を紹介するといった内容に変化した。背後の音声は放送スタジオ内のタレントと思われる役に変化し、リポーターと交互にやり取りをしていた。
これらの後ろから聞こえてくる音声は、背後から音を受け止めるからか、包まれるような安心感を受けたが、一方で機械的な音から感じられる無機質さは、心がこもっていないようにも思え、相反する感情が同居した。
その後も静かなプラザでの一幕が演じられる。場の状態や話し方と比較して、異空間を感じさせない現実味のある言葉(それも複数人の存在を感じさせるもの)が語りつづけられるので、この言葉たちは、生き生きとしていた頃のプラザのようすの断片なのではないかと思われた。描かれているシーンとのギャップに感情が揺さぶられた。
主宰の三橋は本作品のことを以下のように語っていた。
「公共の場である広場が誰でも使えるように、自分を振り返ったり進めたりできるタイミングとして、自分自身の現在性を確かめられるような時空間を、この作品を体感/体験する誰においても提案します。”自分たち”が楽しめることを願います。」
プラザの″賑わい″ではなく″落ち着き″を舞台に作品が展開することから、静かに鑑賞する客席もじわじわとプラザ(公共の広場)の世界に接続されていくようで、自身の感情に寄り添いながらじっくりと作品を体感できたように思う。
次にパフォーマンスを行ったのは新聞家『生鶴』(作・演出:村社祐太朗)。
村社と出演の吉田舞雪(5日は中川友香が出演)、通訳の春川ゆうきが舞台上に登場した。戯曲の上演は始まらず、最初に設けられたのは″観客の準備(リラックス)″の時間であった。村社がファシリテーターを務める。
このパフォーマンスでは、観客にも戯曲を声に出して読んでもらいたいというのだ。そのための準備の時間、戯曲に目を通すための20分の自由時間であるという。観客は移動することができ、立ったり座ったりオリジナルの椅子に座ることもできる。また、後ろのカウンターでは飲み物をフリーで提供すると伝えられた。温かい鉄観音茶、常温の硬水、氷入りのマンゴージュースと、ユニークなドリンク名にくすっと笑いが起こる。スマホの充電ポートも用意されていた。
舞台上のモニターにはQRコードが映されていて、読み込むと戯曲のデータにアクセスできるようになっていた。戯曲は日本語版と英語版の2種類用意されていた。
戯曲を読むという能動的な作業を観客に求めるにあたって、まず、場自体の安心感を細やかに積み上げていこうとする姿は、新聞家ならではのアプローチで、非常にわくわくさせられた。椅子に座りつづける観客もいれば、ドリンクを頼みに行く人も、充電ポートを活用する人もいて、それぞれが思い思いに時間を過ごせているようすであった。
20分後、挙手制で1ページずつ、読む担当を決めていくことに。ページ内では、出演の吉田と互いに読み合うそうだ。
ぱらぱらと手が挙がり、徐々に担当が決まっていく。台詞が長いページが残りがちであったが、10分ほどかけて全ての担当が決まった。英語を選択する者もいた(初日は英語を選ぶ人がいなかったそうだ)。
村社は「読むことに集中してください」と呼びかける。「台詞の文脈に真剣に向き合ってほしい、相手の台詞に対して間(ま)に気を遣う必要はない」と語った。
戯曲は二場で構成されていて、一場はある病院内での2人の会話(老老介護に悩む昌男(75歳)と社会福祉士である上野(50歳))が描かれる。二場では、その後認知症と診断された昌男と、その息子、娘、娘の子、家族4人の生活が描かれる。
俳優の語りはとてもゆっくり(秒針よりも遅いテンポ)で、観客が発する言葉のテンポも自然と寄って合わさっていくようすがみられた。私自身も台詞を読んだが、ただ聞いていたときには、″ゆっくり話している″という点に濃い印象を抱いていた俳優の台詞が、自分が語ると、相手の発する言葉の意味に一層神経がそそがれて、その俳優の感情(例えば寂しそうな頷き)が、自分の心のリアクション(寂しそうで心配と感じる)にダイレクトに結びついていき、聞くことと、語ることの差を強く感じた。
英語と日本語が交差する会話に対しては、異なる言語で会話が成立していることへの違和感や驚きはほとんどなく、会話に聞き心地の良さを感じた。
読み進めている途中で時間となり、パフォーマンスは終了した。
同様のパフォーマンス(来場者にパフォーマンスを委ねること)は以前にも行ったことがあるという。主宰の村社は、プログラム案内で以下のように語っている。
「そのねらいは『したくない判断は他に押し付け、自信があると事実さえ捻じ曲げようとする』心根、共依存関係が孕むどぎつい利己心を暴くことにあった。それはドラマの中にもあるし、また上演空間にもある。これを暴かない限り上演は誰かがやっているもので、見聞きは誰かの中で自閉している。」
台詞を声に出す/能動的に聞くことで、戯曲の意味を捉えることや、その場にいる人たちとのコミュニケーション(相手がどんな表情をしているか など)に関して、一層自覚的になった。
それは、他者の行動を観て想像力をふかめることのとのできる″演劇″の効果を、″観る″だけではないアプローチから高められる、非常におもしろいパフォーマンスだと感じた。
両日とも上演後にアフタートークが実施され、メンターの山口、山崎を交えた上演後の振り返りが行われた。
譜面絵画の上演で印象的だった一人芝居のスタイルや音声のアプローチ、また、新聞家/村社祐太朗のパフォーマンスでスムーズに展開されていたファシリテーションは、今回のショーケース上演に向けて、合同ディスカッションの際も議論が重ねられていた点であり、本番では、それらがブラッシュアップされて熱量の高まった状態で披露されているように感じた。
(合同ディスカッションのレポートはこちら)
事務局によると、合同ディスカッション以降も深い対話がつづいたという。次回の記事では、その振り返りの模様をレポートする。
取材・文:臼田菜南
フリー 舞台芸術広報/1999年3月生まれ。 舞台芸術業界の広報支援を担う中間支援団体にて、公演宣伝のための記事執筆やSNS運用等を担当後、2023年からはフリーランスで、これまで同様、芸術分野の広報業務のほか、他業界のマーケティング活動にも携わる。芸術にまつわる情報の発信や舞台チラシのリサーチなど、創客につながる取り組みの実践をつづけている。
創造のための国際性を学ぶ次世代の舞台芸術を担う人材育成プログラムBRIDGE
プログラム詳細:https://bridge-precog.studio.site
主催・企画制作:株式会社precog
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(芸術家等人材育成)) | 独立行政法人日本芸術文化振興会