夕休み
夏休みにじいちゃんの家に、僕はひとりで遊びに行った。電車に乗って、バスに乗って、もみじヶ丘9丁目のバス停で降りると、じいちゃんが待っていた。
「おう」
おじいちゃんはそれだけを言うと、さっさと家に向かって歩き出してしまった。もう75才のはずなのに、じいちゃんの歩く速さはものすごく速くて、僕は駆け足で追いかけた。
夕日が眩しい帰り道に、同じくらいの歳の男の子をみつけた。家の前で自転車のタイヤの空気を入れている。
小走りしながら男の子の方をずっと見ていたら、こちらを向いた。
僕がぺこっと頭を下げると、男の子も頭を下げた。
家に着いて、荷物を置いて、すぐ、じいちゃんにお願いをした。
「じいちゃん、遊びに行ってきていい?」
「おう」
僕は急いで男の子の家に向かった。
「何してんの?」
「空気入れてる」
「あそぼ」
「いいよ」
「夏休みだからじいちゃん家にきたんだ。しあさってまで泊まるんだ」
「へー。そっか。夏休みなんだ。俺は夕休みなんだ」
「夕休み?」
「俺、夕焼けが出てる間しか遊べないんだ」
「明日も遊べる?」
「夕焼けが出てたらね」
「またね」
「またね」
次の日は雨だったので遊びに行かなかった。その次の日も雨だったけど、僕は傘をさしてその子の家に行った。その子の姿も自転車もなかった。
じいちゃんの家から帰らないといけない日になった。お昼のバスで帰る予定だったけど、僕はわがままを言って、夕方のバスで帰ることにした。雨は降っていなかったけど、重たい雲がずんと空に居座っていた。
「じいちゃん、またくるね」
「おう」
僕はバスに乗り込んだ。
バスが走り出すと、重たい雲がすーっと晴れていった。
「おーい」
窓の外を見ると、夕休みの男の子が手を振りながら自転車で並走していた。
「またね」
僕は窓を開けて手を振った。
「またね」
バスはどんどん加速して、自転車との距離がどんどん離れていった。僕は、自転車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
町は鮮やかなオレンジ色に包まれていた。
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