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心理的安全性は「あったほうがいいもの」ではなく、「なくてはならないもの」

★紹介する本

エイミー・C・エドモンドソン(村瀬俊朗解説、野津智子訳)「恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」、英治出版(2021)


(紙の本)https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862762883/opc-22/ref=nosim


◆概要

ハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授の「The Fearless Organization」の翻訳。最近、キーワードになりつつある、「心理的安全性」に関する一冊。加えて、早稲田大学の商学部の村瀬俊郎先生が興味深いのある解説を書かれている。

心理的安全性とは

「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」

と説明した上で、自身の研究も含めた数多くの心理的安全性に関わる調査や研究の結果から、第1部「心理的安全性のパワー」、第2部「職場の心理的安全性」、第3部「フィアレスな組織をつくる」の3部から構成されている。

第1部では、心理的安全性の概念について説明し、過去にどのような研究がなされてきたかを紹介している。

第2部では、ケーススタディーを行った多くの組織において、心理的安全性がパフォーマンスと組織の健全性にどのような影響を与えているかを示している。

第3部では、リーダーがどんなことをすれば、誰もが率直に話して仕事をし、貢献・成長・成功し、チームを組んで、ずば抜けた成果を出す組織を創り出せるかを明確にしている。

本書の特徴の一つは、著者の20年に渡る研究結果を元に書かれており、非常にケーススタディーが豊富なことだ。

なお、本書は訳者の野津智子さん、英治出版様からプレゼント用に合計3冊を提供して頂いております。プレゼントへの応募はこちらからお願いします(期間:3月1日~24日)。

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◆心理的安全性は深い!

まず、第一部では心理的安全性の重要性を示すシンボリックなケースとして、都会の病院で新生児集中治療を行う医療チームに心理的安全性が確立されていないために起こった問題を紹介している。

すなわち、ある看護師が治療中に医師の不適切な指示に気づいた。しかし、前週に指示に疑問を投げた別の看護師がその医師に人前で叱責されているのを思い出し、迷った挙句に意見を言わないことにした。叱責されるのが嫌だったし、医師の方が知識が豊富で意見を言っても受け入れられないと考えた。結果として、患者は生命を失いかねない状況に陥った。

このような職場で率直に発言できないことは重要であるにも関らず、見過ごされている傾向がある。このような傾向がイノベーションが阻害されたり、サービスの質が低下したり、生命が失われるといった組織を危険にさらす事態を引き起こしかねないが、現実には多くの組織にそういう傾向がある。これを変えるには、心理的安全性を高めていくことが望まれる。

本書では、まず、このような問題提起をしている。

その上で、第2章では、自身の研究を含めて、100本以上の論文を体系的に整理している。そのカテゴリーは

・心理的安全性が職場でどの程度欠けているかを明らかにする論文
・心理的安全性と学習の関係を研究する論文
・心理的安全性とパフォーマンスとの関係を論じる論文
・心理的安全性と従業員のエンゲージメントとの建設的な関係を示す論文
・心理的安全性がチームにどのような影響を与えるかを研究した論文

の5つであるであるが、本書では、第2部となる3章以降で、この5つのカテゴリーを中心にさまざまなケーススタディーをしている。


◆心理的安全性が低いと何が起こるか

第3章は、心理的安全性が構築されていれば回避できただろうという失敗について議論している。

ここでは、まず、フォルクスワーゲン・グループの欠陥ディーゼルエンジンの事件を取り上げ、もし、エンジニアが心理的に安全な環境で働いていて、クリーン・ディーゼルエンジンを完成させることが無理だと上司に告げることができれば、失敗せずに済んだのではないかとしている。

また、同様のシナリオで起こった、ウェールズ・ファーゴ銀行、ノキア、ニューヨーク連邦準備銀行のケースを紹介している。

第4章では、心理的安全性が低い職場において、職場で沈黙をすることがどのような結果をもたらすかを、いくつかのケースを使って述べている。一つは、NASAAのスペースシャトル・コロンビア号の地球帰還での事故。燃料タンクの落下位による異変を疑ったエンジニアがいたが、その確認のための映像がプロジェクトステークホルダーの階層で依頼できないままで、事故に至った。

NASA以外のケースとして、1977年に発生した滑走路でのボーイング747が衝突し、583名が死亡した事故、1994年にダナ・ファーバーがん研究所で行われたがんの臨床試験をめぐり、不適切だと思われる化学療法剤の投与で患者を死亡した出来事などをあげている。

本書ではこのような現象を沈黙の文化と呼び、心理的な安全性が低いと沈黙の文化がつくられ、率直な発言が軽んじられ、注意を促して無視される環境が生まれる可能性があると指摘している。

また、このような例の一つに、日本で東日本大震災の際に生じた原子力発電所の事故をかなり詳細に取り上げている。この事故は、まさに国全体の心理的安全性が低いために発生した事故だろう。

このような問題がある組織に対して、第5章、第6章では、成功を治めている組織を紹介し、心理的安全性がとのように作用しているかを示している。


◆心理的安全性を高めれば、何が可能になるのか

第5章では、本書のタイトルでもあるフィアレスな職場をテーマにし、これらの職場に共通する率直さを実現するために、リーダーシップがどのように心理的安全性を高めているかを示している。

まず、取り喘げているのはピクサー・アニメーション・スタジオだ。ピクサーでは、創造性と批判の両方が次々と生まれる状況をリーダーシップが生み出しているが、その一因になっているのが心理的安全性の考え方に通じる率直さだとしている。

このほかにも、徹底した真実と透明性によって有意義な仕事と有意義な関係を重視する文化を実現しているブリッジウォーター・アソシエイツ社、無知であることを心得ることをパワーにして、成長したアパレルアイリーン・フィッシャー社、賢い失敗をできるリーダーを育てて、アジャイルな経営を実現しているグーグルX社などを紹介しているが、いずれもこのような特徴をつくるために、心理的安全性を制度化、組織化している。

第6章では、職場の安全性における心理的安全性の議論をしている。ケースとしてまず取り上げられているのは、日本でも有名なバードストライクによりエンジン停止の緊急事態に見舞われ、ハドソン川に奇跡的な不時着をし、死者を出さなかった飛行機事故。この事故において、2人の操縦士が何を考え、どのような判断をしたかを克明に示し、心理的安全性が職場の安全性の基礎となっていることを示している。

さらに、この操縦士と同じマインドセットで、腎臓透析のリーディングカンパニーのオペレーション、世界有数の鉱業・資源会社であるアングロ・アメリカン社の事業展開などを通して、職場の安全の実現における心理的安全性の役割を議論している。

これらのケースを通じて分かることは、心理的に安全な職場を作るには、率直に話す、賢くリスクを取る、さまざまな意見を受け入れる、チャレンジングな問題を解決するといった、当たり前ではできない行為を、人と組織が真摯に取り組めるようにするリーダーシップが必要である。


◆組織やチームの心理的安全性を高めるためにリーダーは何ができるか

このために、第3部ではリーダーとしてできることを示している。

まず第7章では、リーダーのツールキットについて、カテゴリーに分け、以下のよううなものがあるとしている。

・土台をつくる
 ‐仕事をフレーミングする
 ‐目的を際立たせる
・参加を求める
 ‐状況的謙虚さを示す
 ‐探究的な質問をする
 ‐仕組みをプロセスを確立する
・生産的に対応する
 ‐感謝を表す
 ‐失敗を恥ずかしものではないとする
 ‐明らかな違反に対する制裁を取る

このようなツールを、これまに紹介したケースや、新しいケースを使って分かりやすく説明している。また、このようなツールキットがどのように機能するかを、問題ケースを使って説明している。本書の中ではこの部分が非常に役に立つ。

もう一つの視点は学習である。組織学習には心理的安全性が不可欠であり、心理的安全性によって絶え間ない学習と迅速が実行が可能になる。第7章では、心理的安全性を前提にする組織学習の具体的な方法について示されている。ここでもはやり、事例によって示されているので、非常に説得力がある。

本書の最後に、心理的安全性に関するQAを掲載されている。講演やコンサルティングのクライアントが発する疑問に応える形になっているが、質問のテーマも興味深いものばかりだ。


◆本書を読んでみて感じたこと

本書全体で著者が強く言っているのは、心理的安全性は「あったほうがいいもの」ではなく、才能を引き出し、価値を創造するために「なくてはならないもの」だということを主張している。特に、専門的な知識を統合する必要がある組織においては、優秀な人材を雇うだけではもはや十分ではなく、ナレッジと協力をあてにしているならば、心理的安全性の構築に投資すべきであるとしている。この点は、本書を読めば十分に納得できる。

次に、本書で印象に残ったことの一つは、再三にわたり、VUCA時代には「心理的安全性」が重要であると述べられていることである。著者は、VUCAに直面しているあらゆる企業は、従業員の指摘、アイデア、懸念は、市場と組織で起こることについて重要な情報をもたらすため、心理的安全性は最終的な収益に直結していると指摘している。

そして、

・ダイバーシティ(多様性)
・インクルージョン(包摂)
・ビロンギング(自分らしさを発揮しながら組織に関われる心地世さ)

が職場で重視されることを加味すれば、心理的安全性の構築はリーダーのきわめて重要な責務であると断言している。心理的安全性が従業員の貢献、成長、学習、協力の実現を左右するからである。

また、信頼との関係も興味深い。心理的安全性の問題は、信頼の問題と混乱されがちであるが、異なるものだ。

信頼じは個人が特定の対象者に抱く認知的・感情的な態度であり、心理的安全性はチームの大多数が共有すると生まれる職場に対する態度だとしている。この点について、解説にて村瀬先生が適切な例をあげている。「会議の出席者の大多数が周りと違う意見を言っても嫌な顔をされない」と感じられればそこには倫理的安全性がある。しかし、AさんがBさんに対して、「Bさんの意見に同意せずとに違う考えを手宇治しても大丈夫」と思えるなら、それは信頼であるというものだ。

これから分かるように、心理的安全性はチームに存在するものであり、信頼は個人的なものである。そもそも、チームとは何かという議論もあるが、これについてはエドモンドソン教授の考えは深いものがあるので、前著


エイミー・C・エドモンドソン(野津智子訳)「チームが機能するとはどういうことか ― 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ」、英治出版(2014)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862761828/opc-22/ref=nosim

を読んでみて頂きたい。この本を併せて読むと一層、チームにおける心理的安全性と、その向上のためにリーダーがすべき役割に対する理解が深まるだろう。

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