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ギリギリでいつも生きてないからーああー

海外で働きたいことについて、父親に電話した。

今は現地の情報をいろいろと収集している初期段階。そもそも父に海外で働きたいと思った理由を打ち明けた。

結果、「この時期に?もう少し現職で経験を積んだほうがいい」とのアドバイスをもらった。

私は父に「頑張ってね。海外でもやってけるよ。」と言われたかった。

父の言葉は経験と知識からきているアドバイス。自分は浅はかな考えを抱いているのではないかと、不安になった。

そして1時間弱、あーでもないこーでもない話を色々と父に聞いてもらい自分で分かったことが一つ。

私はこれまでに何にも熱中してこなかったのかもしれない。

死ぬほど努力をした経験もない。だから誇れるものがない。自信がない。

「ギリギリで生きている」という体験を生存で避けている。

(肉体的にも精神的にも)死なないように、そうならないように、巧妙に、逃げていた生き方をしていたんではないか・・そして今も何かから逃げようとしているのではないか・・。

どの選択肢を選んだって正解はないのだけど、自分のやることなすことに自信が持てない。失敗を恐れている。(そもそも失敗の定義は何?ということになるけど以下、この記事のためにざっっっっっくり記述)

ここで私の定義する失敗とは、どこにいっても独りぼっちで自分のやっていることが自他ともに認めるふらふらしている人。(という文字起こしするとその抽象さにびっくりしている今。)

要は「ギリギリピンチ」な状態に陥ることを避けたいと思っているのは明確だ。

それでいて挑戦したいとか思う。よう分からん・・・・

明確に言えるのは、自分は「失敗する人だ」「ポンコツだ」と思いそういった世界を自分から作り出していることを発見した。

そんな自分が何かチャレンジをしようにも、やる前から失敗しそう、、と思うのは当たり前だよなぁ。。

正解がなにかがわからないのら数をこなして発見するしかないな。と書き終わりに向かうにつれて悟りを開いてきた。













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