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根性論ではなかったらしい


「あなたは自己アピールが下手だよね、損してる」

「感覚がちょっとずれてる」

「真面目なのにね」

学生のときは、それなりに優秀で自分は賢い子だと思っていた

だから大人になっても優秀で、周りから羨ましがられるようなそれなりの職業と地位ににつくのだろうと信じてた

小学校は成績もよく生徒会長やってたし

高校は地元でそこそこの進学校

自分で言うのもなんだけど誰もが思う優等生だったと思う。

わたしが自分に対して苦しい、と思い始めたのは就職活動のとき

わたしが行った高校は
賢いんだから、自分でできるよね?的な校風で
それにかまけて何もしなかったら
成績が絶望的にあがらず、成績はどんどん落ちた。
結果わたしが希望していた
フランス語の学科は偏差値が高い大学にしかなくて仕方なく都内の仏文が学べる女子大に入った

そこではかなり頑張ったと思う。

高校生のときのように怠惰で
満足できない未来をつくってはならぬ、と。

好きなことを仕事にするために、
バイトを一生懸命してフランス留学したり、
好きなラジオができる放送研究会の仕事をしっかりやって、
我ながら頑張った、と思う。

フランス語と放送どちらにしようか迷った結果、放送局を受けることにした。

満を持しての就職活動

絶対うまくいくと思ってた

経歴も整えたし、努力した自信があったから。

でも就活は尽く惨敗
テレビ関係の仕事は多分70社くらい落ちた

唯一希望に近かったキー局の美術も最終で、あなたは何が言いたいのかよくわからないと一蹴されて落ちた。

仕方なくAD派遣の会社に入り、業界らしいことをしていた

仕事はちゃんとしてたし恵まれてたけど

周りの人より自分は要領が悪く怒られるなぁー

と思うことが多かった。特に女性に。

ああ、ヒステリックな女性は嫌だなぁ。

くらいだった。

そのあと親の体調の関係でテレビの仕事をやめた

親の体調だけど女の人におこられるのがそろそろ限界だった

そのあとフランス語を生かせる仕事、ってことと、急ぎ仕事を探してたので教師の免許を持ってる日本語学校に就職した。事務職だけど。学生募集、広報とあったので、フランスにいけるかも、と薄い期待を持っていた。

やりたいこともできたけど
やはりここでも代表の女だというだけで、周りがだまる、という言うめんどくさい女の人に嫌われた。
ここに至っては、なんでこんな仕事できないやつに指図されなければならないのだろう。

と思いながら働いていた。

親も固い仕事について安心してくれていたので、
今度はそう簡単には辞められなかった。

ビザの事務作業と並行して、イベントの配布物、動画作成の旧発注

それに加えて事務なんだから雑務をしろって。

もっとうまく交わせないかな、できないかな、と思ったが無理だった

ここでも働いてるのにもったいないうまくやれ、と言われた

でも、フランスの取引先もできて、フランスにはいけなかったけど、やりたかったことはできたし、ミッションコンプリート。
でも動画作り続ける日々は続き「ああ、編集っていいなー」と元の仕事に戻った

あまりにも突発的にやめたのでその時も、もっと人の気持ちを考えられる人になりなさい、と言われた。ここもまた、アスペっぽいんだな

そこで契約社員で準キー局のプロダクションにはいった。

条件もいいし、派遣でない、制作会社だし、今度こそは、と思っていた。

でも現実はそんな甘くなかった。

実際入ったら上司はほぼ全員フリーで、同期もみんなど素人。

準キー制作会社の威厳なんてなく、フリー、取引先のいいなり。あんまり環境はかわらなかった。

仕事は真面目なのに要領わるいよな、と言われ、

めんどくさいディレクターをおこらせたり、

出世の機会をどんどん逃した。

そんなことを愚痴ってたら、自分良りそこそこ年下の彼氏に

バカみたい。と言われ、盛大に振られた。

誰も理解してくれないのか。って。

まじで思い出しても笑えるくらい。

でも、30手前で軌道修正かけた道を誰が投げ出せようか。

悔しいけどそんな機会を与えられないうまくできない自分が悪い、人のせいにしてはいけない、と我慢していた

辛すぎて星占いとか占いに行っても「当たる!」ってことはあっても1ミリも改善はされなかった。

最近やっと大きな仕事が回ってきたと思ったら

いや、同期ができるんだからできるだろう

言ってる意図をくめてない

など、毎日怒られ、怯え、またミスをする負のループに陥った

自分の会社の上司にいわれ、

自分でも引くくらい怒られれば怒られるほどケアレスミスが増えた

努力不足では?
まだたりないまだたりない。私の努力が。

そう思って自己啓発本を買ってはメモ術、いろんな本を読んでも改善されなかった

そんなとき
2年前に取材した発達障害の作家さんを思い出した

私は、発達障害だから一気にいろんなこと言われるとできないんです!

と突然泣き出して、大変だった。

ディレクターや他の製作陣は甘えだと、容赦なく彼女を泣かせてしまい

「メンヘラだよな。めんどくせー。」と、言っていたけど

私は妙に共感してしまって彼女責められなかった。

そのときにふと、私もそうなんじゃないかって思って本を読んだら恐ろしいほどあてはまっていた。

けど、ここで認めてしまったら?

てか自分が障害者?まさかね。

と思ってやり過ごしていた。

それから2年たった今、もうここまでどうもできないと、もしかして、と思い勢いで心療内科に駆け込んだ。

表参道にひっそりたたずむ雑居ビルにある、クリニックの部屋には
病んでる?この人?って思うような身なりがしっかりした人がひしめき合っていた。

医者から10枚くらいのアンケートみたいなものをわたされて記入。

呼び出されると単刀直入に言われた。

「あなたは、発達障害と軽いアスペルガーがまじってますね。天然とか言われるでしょ?女の人と話すの苦手だったりするんじゃない?」

悲しいというより先に涙が出てきた。

けど

気が楽になった

とも言える感情が湧いた。

これから先、ミスったりうまく交わせなかった時に

「どうしてなの?」

会社に言われ続けてももう答えられないので正直に

発達障害でした。仕事は続けたいし、薬で良くなったりするようなので、改善に努めます。

と伝えた。


そしたら


「コロナの業績悪化もあるし、契約から正社員できないかも。」と。

病気はさておき、お前の頑張り次第

的なことを言われた。

まぁ、期待はしてなかったけどそんなもんだよね。
さて、これからどうするか。

自分を責めずに自己肯定感を高めて
自分の病気を理解していかなければ、と思っていた矢先の出来事。

まだまだ社会の理解は浅いし、
わかろうとしてくれないみたいだ。

自分も正直わかりたくない部分はあったし。

契約満了まであと半年。

自分ができること、自分がやりたいことを実現するためにはどうしたらいいのか

苦しい原因がわかったのだからあとは進むだけ。


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