次の日 妻が死にました。(5)

一人で帰宅し、リビングに明かりをつけた。今夜起こったことを最初から思い出そうとした。帰宅すると真っ暗だった家の中。倒れていた妻の足をみた衝撃。病院での心臓マッサージ。警察での事情聴取。妻の母親からの罵倒。土下座。改めてリビングを見回す。妻のいない家。

わからない。心当たりがあるとすれば独立を考えている事、そこから先の不安だったが、自死を選ぶほどのことなのか。なんで妻が死ななければならなかったのか、ぼくは知りたかった。

妻のいない部屋で、ぼくは必死に妻の痕跡を探した。まだ生きていて、そこにいる気がして。声をかければ返事をしてくれる気がして。でもなにもなかった。誰も答えてくれない夜中の部屋で、ぼくは背骨が地面に引きずり込まれるような、全ての世界への感覚が閉ざされるような、とめどもない圧倒的な絶望感が、この瞬間から始まるのを感じていた。

次の日

スマホの着信でふと我に返る。昨日ずっと取り調べていた警察官からだった。検視の結果が数日後に出ること。預かっている妻のスマホも数日後の返却になること。事務的な連絡のあと、お悔やみ申し上げます、と一言添えて警察官は電話を切った。

電話を切り、夕方なことに気が付いた。床にへたり込んだままの姿勢でほぼ12時間ほど動いていなかったのかもしれない。なにも口に入れずトイレにもいかず、眠りもせず、ただただそこにへたり込んでいた。少し動くと、身体中の関節がギシギシと強烈な痛みとともに悲鳴をあげた。涙と鼻水、よだれで顔がひどいことになっていた。右手に鋭い痛みが走る。どこかで右手を切っていたらしく、ところどころに乾いた血がこびりついていた。

食欲は全くなかったが、なにか食べておかないと倒れてしまうと思った。シャワーを浴び、冷蔵庫を開けると、妻が作ってくれたスープの鍋が入っていた。コンロにかけ、スープを温める。妻の残り香がなくなってしまうようで、食べるのをためらったが、一口すするとあたたかいスープがのどを潤し、胃袋に熱を運んでくれた。味は、全くしなかった。

食べ終えた後は、また動けなくなった。少し寝落ちしていたかも知れない。気が付くと、先ほど夕方だったはずの時計の針は、夜中の3時をいた。指していた。


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