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自分の人生と体調を振り返る!

早川コータさわやか薬房https://twitter.com/sawatayaph?s=20さんのnoteを拝見し、早速自分の履歴書を書いてみようと思いました。過去を振り返ると自分の体質の癖など把握しておくことにもつながるそうな。

下記長文でダラダラ書き連ねてます。

☆両親はアーティスト。自分は・・・

両親ともに同じ高校、美大を卒業し、県下で最大級の絵画教室を営んでいます。二人とも自ら作品発表し海外で作品発表したりと精力的。父方は祖母が造り酒屋の家系、祖父は地主の家系。母方は町中の商人家系で銀行員や教員が多い。祖父は地元企業の偉いさんで、曾祖父は軍人で教員。紋の職人をしていた先祖も。

家系的にみるとわりと堅めですが、私が小さい頃両親は金銭的余裕はなく、小さな借家の一軒家で風呂にはシャワーなし、ぼっとん便所、三人川の字で寝ていました。父は祖父の建設業の会社で働きながら母と同じ画家グループで作品発表などしていました。小さい頃は両親の喧嘩が絶えず、この二人はいつ離婚するんだろうとハラハラしていたのを覚えています。

私は幼少期シャイだが、気をゆるすとべらべら喋る、というタイプで、でもあまり空気が読めないので急に友達から絶交を言い渡されたり、人間関係で揉めると私だけなぜか怒られたりした記憶が鮮明に残っています。「人間関係の暗黙のルール」というのがよくわからず、私はどこかずれてるんだろなぁという思いがありました。絵を描いたり漫画を描いたり、歌を歌ったりものを作ったりするのは好きで、男の子とも気があえば遊んでいましたが、それも冷やかされるのでやめたり。

小さい頃、お父さんは怖いイメージで、小学校にあがる頃くらいにはお母さんが高校教師として働きはじめピリピリするようになりました。ずっと成績は比較的良かったのですが、高校受験の時に伸び悩み、入学してからもどんどん「赤点組」に入っていくので、両親の落胆を感じたのを覚えています。

勉強があまりできなくなったからといって両親のように特技を生かして頑張る覚悟をもったわけでもなく、特異なはずだった絵もなんだかうまく描けなくなり、一度はプロになると志したサックスもだんだんをレッスンをさぼるようになったりと、自分に自信が持てず、遅刻が増え、クラスでも浮いた存在になりました。なんだか物覚えが悪くなったり、道が極端に覚えられなくなったり、自分の脳の機能がどこかおかしくなってしまったような感覚もありました。

何をするにもおっくうで、人間関係と男性にすっかり苦手意識があったので、恋愛やエロ関連の情報はネットで漁る日々。それもBL関連をひたすら読み漁り、そこで性癖もおかしくなってしまったきがします・・

もとの明るくてのびのびした自分に戻りたい!と思って、今の自分をずっと心のうちで否定していました。ピリピリする母親のことも憎らしく、暴言を吐いて泣かれたことも。

地元の大学に入ればいいなぁとなんとなく周囲の期待が薄らいでいくのを感じ、悔しくなって奮起した結果、旧帝大レベルの国立大にあっさり現役合格。

両親や親戚、担任の先生からの見る目が変わったように感じましたし、これで堂々としていられると安堵しました。

大学に入って創造的な自分を発揮するぞと意気込んだものの、陰キャでコミュ障が急に治るわけもなく、彼氏もできず、一人暮らしする金銭的余裕が実家になかったため、家賃700円のクソボロ寮(4人収監のタコ部屋)でもんもんとする日々。いはゆる新歓で優しくしてくれた先輩に憧れて生協学生委員会といういかにも陰な(失礼)団体に入ってしまい、そこでも両親から「ジャズサークルとかがいいんじゃない・・・」と謎の落胆を得るのでした。生協ではフリーペーパーづくりに勤しみ、締め切りは守れないがキャッチ―でユニークなクリエイティブをつくれると一定の評価を得つつ、やっぱりコミュ障なので正直サークルでも浮いていました。

彼氏もできないし、友達もなかなか気が合う子が見つからず、強い孤独を感じていた様子が当時の日記にも記されてました。

見るに見かねた親戚の叔母さんが、「これで化粧品でも買われぇ!髪も染められぇ!」と。

言われるがままに変身してみたところ、自分でもびっくりするくらいThe 女子大生になりました。男性からの見る目が変わり、悪い意味でお誘いを受けるようになり、それを「モテ」と勘違いした初心な女子大生が陥りがちな罠は容易に想像ができるかと思います。

身勝手な男性陣に嫌気がさし、今度は自分が男性を操ってやろうと考えるようになります。そのような上から目線でろくな恋愛ができるわけもなく。

じきに友人には恵まれ、恋愛では失敗するけどあたしらちょっと斜に構えてるしのスタンスで酒をあおり、親交を深めました。

就職期。大学生達の中で、本当に有能なのは誰だったのかの答え合わせが一斉に始まります。プライドが高い自分は就活に必死にもなれず、インターンシップなど頑張ってみたりもしましたが、大学院に行くカナァなどと楽観視しずるずると過ごしていくうちに自分の居場所が不安定になり、バイト先であったセクハラなども嫌で、気持ちの面でも落ち込みが激しくなっていきました。

どうせ留年すりゃいいやと半ばあきらめモードでのぞんな就活でお試し3社ほど受けてみて、強運を発揮し第一志望だった大手マスコミ企業に内定を得ました。

大学合格の時とは比べ物にならないくらいの暴風が近親者、友人関係に吹き荒れ、「〇〇ちゃんまじすげぇ」の旋風が吹き荒れました。

さすがにここまでくれば両親も親戚も誰も文句を言いません。堂々たる気持ちで日々を過ごしたのでした。なお、一度は結婚を考えた遠距離だった彼氏とは別れました。

学生時代、相当マイペースに過ごしたので入社しても最初は研修中眠りこけたり、ろくに挨拶ができなかったりと、各所で「やべー奴」認定を受け続けました。そんな自分を変えていかねばと努力した結果、配属された営業の部署で革新的な仕事を残し、営業成績でも表彰されることが増えてきました。

恋愛関連では相変わらず節操なく迷走していましたが、ずっと仲が良かった後輩の男の子とお付き合いできるようになり、幸せの絶頂を迎えた矢先大病が発覚。今までの人生で一番辛い時期を経て、無事婚約に至ることができました。(ハッピー)

★メンタル的な面では、自分はかなり負けず嫌いでプライドが高いが、繊細なので心が折れると徹底的に折れてしまう。失敗を怖がる傾向にあると内省します。自分の素直な感情やペースを表に出すと変人扱いされてしまうので、常に自分が発信することは異常がないかジャッジした上で表に出すようになったような気がします。今でも昔の暗かった自分が今の自分をしばしば否定してきます。だめな自分も認めてあげていきたいです。

★メンタルを良好に保つには、常に何か自己表現の場があること、それが評価されること、ありのままの自分と感情をさらけ出し、認めてもらえる環境に置くことかもしれません。

☆健康面。扁桃腺が大きく発熱しやすかったが、最近は扁桃炎由来でない風邪が多く、咳が残りやすい。鼻孔の粘膜が弱いのか鼻血が出やすい。歯並びが悪いのでいびきをよくかく。たまに食品にあたるが、そこまで胃腸は弱くなかった。(でも胃の大病をしました)便秘気味だったが、運動と食生活で改善される傾向。近年は徐脈、低血圧、低体温ぎみだったが、術後の生活で改善傾向。

☆母親は小さい頃リンパ管腫をわずらい、40代で子宮筋腫で入院経験あり、産後から貧血体質。父親はめったに風邪をひかないつわものだが、酒、タバコ。便秘体質もたまに。

★健康面の対策 カイロプラクティックの先生からは体温をあげていくことと、心臓、肺の機能をあげていくことと言われています。漢方の先生からは、「瘀血」体質と言われました。十全大補湯という漢方と、鉄分をしっかりとるようにと言われています。

★胃の3分の2切除手術を行っているので、鉄分とビタミンBの吸収、胃酸の低下による消化機能低下を意識しながら食生活を考えていきたい。でもとりあえず好きなもんを好きなだけ食べたい

病気の原因も含め引き続き色々情報をとっていこうと思います。




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