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ワタクシ流☆絵解き館その138 龍馬、松陰、西郷、志士たちは挿絵に輝く。

今回は、戦前戦中に出版された物語挿絵から、維新の志士たちの名場面をピックアップしてゆく。
命を賭して、天皇中心の国家を作った英雄として、志士の人気は、自由な視点で幕末の権力闘争の様相を凝視できる今日より、強固な天皇制社会であった昭和の前期(敗戦前)は、一元的な見方しか出来なかったゆえに熱いものがあったことだと思う。
先ずは坂本龍馬から。上に掲げた図版の龍馬は、戦前から活躍する男優上原謙あたりがモデルかもしれない。龍馬の二枚目設定は、戦前からのものだったことがわかる。

下の図版では、下手人見回り組が「見回組」と書いた羽織を着た上に、頭巾を被り口も覆っていて、これでは知人を装った暗殺の場面にはならないだろう。今日の、詳細な現場再現に基づく暗殺者探しの視点でみれば、あり得ない!構図だ。
下の二枚目の図版でも、いかにも暗殺者然とした装いの二人が立っている。
突っ伏せている月代を剃った男が龍馬だろう。それも何か変?というよう要素だ。
龍馬と言えば蓬髪が代名詞のようなもの。月代と言えば、これは実在の人物ではないが、月形半平太だ。

大村益次郎

近代の国民皆兵制度を整えた大村益次郎は、靖国神社にひと際目立つ銅像が置かれていることからもわかるように、戦前は特に尊敬すべき偉人の扱いだったろう。
司馬遼太郎の小説『花神』では、大村益次郎は馬に乗れなかったと書かれている。
今日における大村益次郎像は、戦後に書かれた『花神』によって、決定的に造形されていることに改めて気づく。指揮官としての毅然とした姿が大村益次郎の絵の特徴。
彼も暗殺者の手に掛かった人だが、龍馬のような遭難の場面は描かれていない。その点で、悲劇のヒーローになりきっていないのが大村益次郎だ。

桂小五郎(木戸孝允)

桂小五郎は案外、長い志士歴があり、多くの志士たちとの接点がありながら、まさに彼が主役の、これという名場面を持たない志士と言えるだろう。長州の志士たちが見せた最も激烈な場面である池田屋事件の現場にも、禁門の変の現場にも、桂小五郎の姿はない。
その代わり、潜伏を余儀なくされた日々における愛人幾松とのしのび合いが、小五郎の苦難として、彼の物語では最高の見せ場になっている。

吉田松陰

松陰は国禁を冒してでも、異国船で国を出ようとした一挙が最高潮の場面だ。おそらく松陰の物語なら、必ずこの場面が挿絵になっているはずだ。国を憂い、その志を遂げるためには一身の保全を顧みず、という情念が、対英米の圧力に対抗せんとした時代の空気に重なっていたと言える。

西郷吉之助(西郷隆盛)

西郷吉之助=西郷隆盛には、桂小五郎=木戸孝允とは対照的に、人の心に浸みこんでくる物語の場面がいくつもある。西郷一人だけでも、このような記事は一本成り立つだろう。
粗衣とも見えるような簡素な身なりと、官服を来た威厳の陸軍大将像、どちらも西郷の肖像として違和感がないのが、西郷の人間としての幅の広さだろう。
戦前戦中に出版された物語の挿絵という点から見れば、絵になる場面を持つ維新の三大スターは、龍馬、松陰、西郷であろう。それに準じて、近代軍制の確立者、大村益次郎。
現在も、幕末維新の志士たちの物語出版は引きも切らないが、はたしてどの場面が、どのような迫力で描かれているだろう。
挿絵?そんな時代じゃないでしょう、と言われるだけかもしれない。
             
                           令和4年5月    瀬戸風  凪


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