蕾が開く時(2)

はじめに
これは、朝ドラスカーレットを元にした妄想小説です。
今回も八郎さんのお話です。

武志と向き合うようになり、八郎は同時に自分とも向き合うようになっていた。

自分の目指した陶芸とは何だったのか、なぜ手放してしまったのか。
なぜ、手放したのにもう一度釉薬に関わる仕事をしているのか。

そこに「好き」という単純な感情がまず在るのはわかっている。それだけでこの10年突き動かされるように釉薬と向き合ってきた。

だが、それだけではないはずだ。
なにか、なにか、自分の目指す道がまだあるんじゃないか?

八郎は、ずっと抑え込んでいた、自分の『可能性』と言うものに再び目を向けるようになった。

そうすると、不思議なことに武志の体調が安定し、2人で釉薬の事を相談し合い、試行錯誤を繰り返す武志を見守った。

梅も、花芽がしっかりとついた枝が伸びていた。
このまま梅が咲けば、武志の体調ももっと安定するのでは?!
八郎は淡い期待を蕾のように膨らませていた。

だが、現実は八郎の蕾を膨らます事なく、武志は「これが最後の入院になるかもしれない」と言われながら入院をし、日に日に少しずつ体力が削られていくのが明らかだった。

でも八郎は、梅の花に賭けていた。
きっといいことがあるはずだ。
武志にとって、いいことがあるはずだ。
そう念じながら、盆梅の世話をした。

そんなある日、病室で自分の茶碗が重たくて持てない武志を見た。
丹精込めて作ったご飯茶碗。毎日毎日使っていたご飯茶碗。
それなのに、力がないと言うだけでお椀が持てず、ご飯を食べることが出来なかった。

「どうしたらええんやろう」

武志は既に、味覚障害で食べ物の味がわからない。だからせめて目で食事を楽しんでもらいたい。病院の食器のように、味気ない模様ではなく、愛でれる、そんな器でご飯を食べさせてやりたい。

そんな事をぐるぐる考えながら八郎は帰途についていた。

武志のように、力のない人でも持てる、それでいてとても丈夫な器………そう言うものが有ればええんやな……そう考えを巡らしていると、記憶の彼方から一つの器が導き出されそうになった。そのうっすらとした器のかけらを、八郎は記憶の彼方から必死に手繰り寄せた。

そうや!!!
卵殻手や!!!!!

八郎が思い出したのは、卵殻手と言う長崎地方で作られていた器で、今はもう絶えてしまっている手法だった。

これや!

これがもし、自分の手で作り出せたなら、武志のように力のない人でも好きな器で食事を楽しむことができる。

そう思った瞬間、八郎は熱いものが胸に込み上げてくるのがわかった。
十何年かぶりに訪れた、胸が熱くなる瞬間だった。

八郎は走るように帰途についた。

確か、喜美子と共同で買った図鑑の中に、あの卵殻手の資料があったはずだ。
ワクワクしながら、川原家の扉を開け、工房で図鑑を探し出す。

「あった!」

そこには記憶の彼方から引き寄せた、記憶の器と同じ、薄くて模様が透けて見えるような繊細な器があった。

とても儚く脆く見えるが、驚くほど軽くて丈夫。
絶対今の武志でも、持つことができるはずだ。
八郎はすぐさま、この器はどんな土でどんな焼き方をしているのだろうと思いを巡らせた。
気がつくと図鑑を見つめて優に1時間が経過していて、夢中になっている自分がいた。

ふと見ると、目の前に淡いピンク色がある事に気がついた。

「あ、咲いた…!」

名古屋から持ってきていた盆梅が、一輪、薄暗い工房に浮くように、淡い花をしっかりと咲かせていたのだ。

八郎は途端に涙が溢れてくるのを抑えられなかった。

「………すまん、すまん、武志………」

嗚咽を堪えながら八郎は声を漏らす。でも、涙は止まらない。

この花が咲いたら、武志に良いことが起こる。そう願っていた。 

でも花を見た瞬間、思ったのは武志のことではなく、次に目指すべき道を見つけた自分へのお祝いだと感じてしまった。

花が咲いて起きたのは、自分自身、八郎の陶芸への、どうやっても、何をしても湧いて出てくる思いだったのだ。

「すまんなあ……….武志。お父ちゃんはやっぱり陶芸家やったわ」

自分は、日常に根ざし、器の向こう側に使う人の生活が見える。そう言う器をやはり作りたいのだ。

信楽を出てから、もがいてもがいて現在地を見失ってしまった自分の陶芸。
でも、陶芸が好きな気持ちは変わらず、釉薬の研究に従事してきた。
そんな中でも、何かが足りない。そんな気持ちは常にどこかにあった。

特に武志が陶芸家を目指して活動を始めた頃からその思いは次第に強くなっていたのを感じながらも、八郎は父親の八郎という立場で、その気持ちに蓋をしていた。

いま、ハッキリと自分の目指すべき道を見据えた八郎は、もう一度数年ぶりに花をつけた梅を見た。
まだ花が咲かない硬い蕾が幾つもあった。

「そやな。この蕾になるまで、僕は10年以上かけてエネルギーを溜めてきたんやな」

なんとも不器用な自分らしいなと、少し笑えてきた。

花は咲いたが、武志の病状は変わない。
でも、そんな武志から、自分は蕾になるべく夢をもらった。

また、自分は煮ても焼いても、やはり陶芸家なんだと自分自身を今一度理解した。
熱く燃える胸の中に、淡い色の花がすとんと落ちる音がした。

「ありがとうな、武志。お父ちゃんは、これを目指す。そやから、お父ちゃんがお前を生かす。梅の花になんか頼るもんか。お父ちゃんの力で武志を生かしたる」

八郎はいつの間にか涙が止まった目に、みなぎる力を溜め込み、梅を見つめた。
八郎の固い決意のように、梅の木に硬い蕾が、沢山付いていた。

「そうや、この図鑑、明日武志に見せよう」

そう言いながら、図鑑を大切に自分の荷物に仕舞い、作業場を後にした。
梅の花が、ひとつ、工房の器たちを見守ってくれていた。

あとがき
八郎さんは、スカーレットの最終回で卵殻手を目指す事を明言し、長崎に旅立ちました。
それに至る過程を妄想し、今回のお話を思いつきました。
また、このお話は、私の以前書いた、「熱くなる瞬間」というお話とリンクしておりますので、よかったらそちらも読んでください。
なお、このお話は私の完全なる妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。


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