見出し画像

「こうあるべき」の呪縛

「こうあるべき」という考え方に
囚われてしまっていることありませんか?

私は、
「女子たるものは」という考えが強く
コンビニなどでお弁当を買うことさえ
できずにいました。

この他にも周りの大人たちから、
「家族はこうあるべき」
「親戚はこうあるべき」
「仕事はこうした方がいい」という考えを
言われ続けているうちに、何かをしたいと思っても
「こうあるべき」が足枷となり、
周りの目を気にし、周りのことを考えすぎ、
最初の一歩を踏み出すのを憚れました。

「息苦しいな・・・」
「こうあるべき、それが幸せと言うけど、
 本当にそうなんだろうか・・・」と思っていました。

== 私にとっての幸せ? ==

「親戚は近くにいた方がいい。
 何かあった時には集まり、助け合わないと
 いけない」
と会えば必ず私に言っていた親戚が、
地震による停電が続いていた時に
同市内で一人暮らしをしていた私にさえ、
連絡ひとつありませんでした。

後日連絡してみると、
「家族で焼肉したりして過ごしていたよー」と・・・。

薄々気づき始めていましたが、
この出来事が決定打となり、確信へと変わりました。

家族は・・・
親戚は・・・と言っている人たちは、
そうしてくれることがその人にとっての幸せであり、
その全てが私にとっての幸せではない。

もし私が、
その人の考える「こうあるべき」を守って生きていても
その人にとっては満足かもしれないけど、
私にとっての幸せではない。

・・・「こうするべき」
   「こうあるべき」
   「これが幸せ」 ・・・

もしも、
「こうあるべき」が息苦しいと感じていることがあるなら、
本当にそれは「こうあるべき」ものなのか考えてみるのも
悪くないと思います。

周りの意見ではなく、
自分自身がどう思っているのか。

それが、
自分にとって幸せなのかどうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?