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ID『UNCUT MAILLE - EP』 新譜レビュー #1


4年の関和です✌️。みんな思い思いに執筆しているようで、楽しく読ませてもらってます。新譜のレビューがまだなかったのでやっちゃおうかな、ということで。それにしても肌感ですが、今年はおもろい新譜が多くないですか!?今日はその中でもかなりヤバイなと思ったのを紹介します。あまりポップス研っぽくない音楽なので、アーティストの概説とキャリアについても触れました。敬称略です。

IDについて

2019年にはフリースタイルダンジョンの3代目モンスターに襲名され、世間的にはバトルラッパーとして人気を博している高知県出身のID(youtubeで調べるだけで彼の名バトルはたくさん見ることができるので、興味がある方はぜひ)。名前には自身の活動や言動がID(身分証)となるという意味が込められているそう。
最近の露出では漢 Kitchen(MARIA Kitchen)への出演が印象的。

ポップス研の人たちは「バトルラッパーかァ…」と思うかもしれないが、ところがどすこいごっつぁんどすこいそうはいかん丸。いわゆる「バトルラッパー」「音源ラッパー」のような呼称もあまりに陳腐だけど、実はIDの楽曲の強度はかなり高い。これはIDはもちろんのこと、プロデュースを担当しているクルーNational hot Line(以下NhotL)の力も大きい。まずはこれまで出した2枚のアルバムについて軽くご紹介。

『INSTANT DOPE 10000ft』

2019年に出した1st。2曲目「10000ft」はその名の通り航空をコンセプトにトラックが前半と後半で切り替わる良質なディープハウスだが、前半のサブベースは明らかにクラブを意識した60Hz以下狙いで体の芯から響く。「上」はカルティのようなビートの上をIDの軽快なフロウが滑るように進んでいくアッパーな曲。アルバムを通して「上」と「下」、「空」と「地上」の二項対立が浮かび上がる1stにして洗練されたアルバム。

『B1』

2022年に出した2nd。制作には2年もの歳月をかけたよう。プロデュースはNhotLのVIVIO(PARMOT)。前作同様こだわったベースサウンドも魅力だが、「Fortune」などはKAYTRANADAのようなアーティストも想起させ、よりグルーヴィーに。IDのラップは前作に比べてよりぼやけた形で揺蕩い、パッドシンセとと混ざりあうことで幻想的なサウンドスケープを構築している。2020年にJCCに所属したことも影響してか、細部までこだわり抜かれた完成度の高い作品に。インスト盤も出ているので聴き比べるのも面白いかも。

以上IDのキャリアでした。
他にもSHIBUYA MELTDOWNのコンピや他のラッパーとのコラボでも活躍してますがここでは省略。
NhotLのVIVIO、KANYA、Fire Emjayの作品についてはそれぞれのサンクラ、bandcampなどで聴けるのでぜひ。特にKANYA、Fire Emjayで結成しているDaos.のサンクラには「10000ft」のプロトタイプが挙げられていて、興味深い。



ということで本編です。

UNCUT MAILLE - EP

そんなIDが二年ぶりに出したEP(アルバムも出んのかな)。今回は全ての楽曲をKANYAがプロデュースしたこともあり、これまでの楽曲とは大きく舵を切った作風に。具体的には、、、なんと言えばいいのかわからないというのが率直なところ。DnBやベースミュージックでは確かにあるのだが、サウンドの陰鬱な雰囲気はトリップホップに通じるものもある。全曲通して構成は目まぐるしく変わり、以前のように身体で何も考えずに聴けるような曲はひとつもない。とっつきにくい印象だが、音楽としての面白さとIDの持つ野心は確かに消えていない。
特にこれまでのIDから逸脱した印象を受けたのは「Maldoror」。ピッチのズレたシンセが露悪的なまでに響き続けるイントロは、New Jeansのプロデュースでも知られる250の「Love story」のシンセソロに近いものを感じさせ、彼らのやっていることが突拍子のない気を衒ったものではなく、確かな文脈の上に成り立っていることを証明している。IDのバリトンボイスのフロウがキックの周りを覆い、圧迫感のある雰囲気が続くが、展開の妙によって飽きることはない。途中、ローカットされた部屋の中のような音像のパートが入るのも面白い。タイトルから分かる通り、ロートレアモンの散文詩集『マルドロールの歌』が元ネタのよう(インライでゆってた)。構造主義的なアレで有名なミシンと雨傘のくだりくらいしか知らんので、仏文やシュルレアリスムに詳しい人、教えてください。
「tongue」では映画のサントラのような東洋的なイントロから始まり、一気に曲のテンションが上がる。今作でのIDのフロウは、スポークンワードに近いような地声のテンションで繰り広げられるが、絶妙なタイミングでメロディーを作ってくるのも憎らしい。リリック面では「是!!」のような曲では過度にサチュレーションをかけ、もはや何を言っているのか歌詞を見ないとわからない。しかし「揺れるflight 今調子はこんなもんですLIFE」「上がるたび向こうに見えるぐらいの先なら もう終わっていいぜって」と、1stの世界観を引用しながら、キャリアにまだまだ満足がいってない苛立ちや野望が吐露されている。今までのIDの楽曲の印象は「お洒落」「US風」という評価に収まってしまうこともあったが、今回の振り切った挑戦的な楽曲群からはIDの持つ「熱」が静かに伝わってくる。日本のラップシーンを更新しようとする姿勢を確かに感じられる一枚。
ほなまた。(関和)


spotifyほかの人、すまん〜〜




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