わたしをつくるもの。
熱く語れるものがない。
それがここ数年の、わたしの悩みだ。
というより、趣味がないというか。
前までは、わたしがいちばんすきなものは、
「おしゃれ」
だったと思うのだが、いまでは自信をもってそう断言することはできない。
おしゃれには人一倍気をつかっていたつもりだし、欲しいものは際限なくある。気づけばいつでも、服のことを考えている。
でも、学生時代にバイト代をすべてつぎ込んで服を買うような、いわゆる「服バカ」ではなかったし、メゾンのコレクションをチェックしたり、デザイナーが退任しただのなんだのという、そういう話には全くついていけなかった。
(というか、あまり興味がなかった。)
そういった話をあたりまえのようにしているひとたちをみて、自分はこれを「すきだ」といっていいのかわからなくなってしまった。
すきといっていいレベルに達していないんじゃないか、と。
いつのまにか、すきなものを紹介するとき、
「語れるほど詳しくないんですけど、」と前置きをしてから話すようになった。
たぶん、じぶんの保全のため。
わたしには、なにかに衝撃をうけて人生が変わったとか、ライブを観に遠征するとか、もっとちいさいところで言えば、毎週観ているドラマがあるとか。そういうものがなにもない。
思えば、幼稚園から高校まで続けたピアノも、自分には音楽の才能がないと早々に気づいてぼんやり続けていただけだし、
高校では、今思えば自分は完全に文化系なのに、なぜかソフトボール部に入って3ヶ月でやめたりした。
大学でも、テニスをやったり軽音楽部でバンドをやったりしたけれど、どれも長続きしなかった。大会とかにでて、努力する対象があるひとたちがうらやましかった。
じぶんのすきなものをまったく理解できていなかったんだな、と今ならなんとなく思うのだけれど。
わたしをつくるものって、つくってきたものって、いったいなんなんだろう。
じぶんがからっぽな気がして、なんだかこわいな。
好奇心は旺盛で、やりたいことはたくさんあるのだけど、それも本当なのかわからなくなってきた。
みんなどこで出合っているんだろう。わたしにもくるかな、運命の出合い。
ま、すきなものはすきと言っていいんだろうな、それこそがわたしに足りないものなんだろうな、とnoteを書いていてなんとなく思いました。
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