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マニアック…でも伝えたい‼ 絵本印刷の裏側で見つけたプロのこだわり【大人の工場見学・精興社】

絵本チームとしてnoteをたちあげて、はやくも1年が経ちました。これまで、作家さんやデザイナーさんにいろんなお話を伺ってきましたが、実はまだ、じゅうぶんにお伝えできていない本づくりの魅力がありました……

それが、そう! 実際に本を印刷したり、製本したり、加工したりしてくださっている方々のお仕事の現場です。
出版社に入って驚いたのは、本作りのあらゆる面で、最終的には人の目や手によって支えられているということ。そしてその過程で行われる作業が、とにかく職人技でかっこいい。その技術・知識が、確実に「紙の本」の魅力にも繋がっているのと思うのです……!

ということで、絵本づくりに携わる、「縁の下」ならぬ「本の下」の力持ちな皆さんにお話を伺う連載を開始することにしました。
各工程でのこだわり、工夫、おもしろい道具・機械などなど‥‥紙の本の魅力が伝わる連載を目指してまいります。

この連載を通して、本をより一層愛おしく思ってもらえたら嬉しいです。

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第1回 絵本の印刷(精興社)

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第1回として取材させていただいたのは、精興社さんです!
ポプラ社の本はいろんな印刷所さんにお世話になっていますが、精興社さんには特に、絵本でお世話になることが多いです。
これまで数々の名作を印刷されていて、作家さんや出版社からの信頼も厚い印刷所さんです。

ポプラ社の絵本にも、精興社さんにお世話になった作品がいっぱい!

工場の入口には、これまで印刷を担当された本がずら~っと並んでいて、え! これもこれも…精興社さんだったの⁈ と一気にテンションがあがりました。
たとえばみなさんご存知、福音館書店さんのロングセラー絵本『ぐりとぐら』シリーズもこの精興社さんで刷られているんですよ。 こどものころ大好きだったあの本が……すでに感激です。

さて、そんな歴史ある工場の中をご案内くださったのは、副部長・長野さん、営業・吉島さん。ひとつひとつ、とっても丁寧に紹介していただきました!

長野 茂雄(朝霞工場)
2000年に精興社へ入社。
印刷部で4年間現場仕事を叩きこまれ生産管理部へ異動。
協力工場担当を経て社内進捗管理業務を担当。
2019年より営業部兼務となり神田事業所と朝霞工場を行き来している。

吉島 直人(神田事業所 営業部)
2014年に精興社へ入社。
入社5年は文芸・専門書といった文字組版の出版社を中心に担当。
2019年から絵本の出版社を担当するようになり、2020年よりポプラ社を担当。

聞き手:ポプラ社 編集部/上野萌

~1~ 製版

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ゴゴゴゴゴゴゴ…‥‥と巨大な機械、通称「セッター」から出てきたのは、金属の板。

なんだか模様があるようですが…なんの絵なのかはよくわかりません。
これは何かというと……?

「出版社から送られてきたデータをもとに、印刷用の版をつくる機械です」

なるほど! この金属の板は、はんこなんですね。この作品の場合は、1つの版に8ページ分の図柄が入っているそうです。

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ここで補足しますと、基本的に印刷物はC(シアン)・M(マゼンタ)・Y(イエロー)・K(ブラック)の4色の掛け合わせで色を表現しています。

ということで、ここでも1つの絵について、CYMKの4つの版をつくるそうです。

つまり巨大なはんこ! 
でも、ちょっとまってください……写真ではわかりづらいですが、よーく見るとこのはんこ、絵が反転していないんです。ということは、このまま紙に印刷すると反転してしまうのでは?

「その通り。この版から、印刷機の中にある『ブランケット』というゴムの素材に一度転写します。そのブランケットから用紙に転写するので、最終的にちゃんと、正しい向きに印刷されるんですよ」

へえ~!

さて、ここで突然、クイズがはじまりました。

「この4枚の版、どれが、C(シアン)・M(マゼンタ)・Y(イエロー)・K(ブラック)の版でしょうか?」

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なかなかな難問です。見学者みんなで悩むことしばし……。

みなさんはわかりましたか? 正解は!

ふむふむ。
黒っぽい写真に見えますけど、実はブラックのインクはそんなに使われていないんですね!  黒く見えるところは、CMYのかけ合わせで表現していることが多いそうです。

ウィーン、ガチャガチャ!
セッターがまた動き始めました。しばらく写真でご覧ください。

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①ズズズ…と金属の板が機械にとりこまれていきます。
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②青いところが水分をはじく部分です。
③製版完了!
※こちらは他の出版社の作品のため、ボカシをいれております。

この機械、この工場に1つしかなくて1日に300~400枚作ることもある超・働き者
ちなみに版はアルミニウムでできていて、かなり立派ですが基本的に1回ごとの使い切り。本の増刷をする「重版」のたびに製版しているそうです。

モニター

製版機の隣にはモニターが。ここで、ちゃんと4枚を重ねたら指定の絵柄になっているかをチェックしながら作業を進めるそうです。

~2~ 調色

つづいてお邪魔したのは調色室! 実はここ、今回私が一番おじゃましたかったところです。
インキがずら~り並んでいて夢のような空間!!

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ここは何の部屋かというと……印刷用のインキを保管・練る部屋です。
先ほど、印刷物は基本CMYKの4色で印刷していると言いましたが、本によっては原画の表現に近づけたり、目立たせたりするためインキを変えることもあります。

たとえば、黒インキといってもこんなに種類がいっぱい! より黒色感のある黒、青みがかった黒、赤みがかった黒などなど、表現したい色によって、もしくは使用する用紙によって、使い分けているそうです。

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下は金インキ。金にも、青金・赤金とあって、けっこう色が違います。

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さて、これだけですでにいろんな色があるように見えますが、実際の印刷ではもっと多種多様な色を求められます。

そこでこれらのインキを組み合わせて「特色インキ」を作る作業が「調色」です。

どうやって色を作るのかというと……まさかのかなりの手作業でした! 

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①出版社から送られてきた「色見本」を機械で読み取ると……
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②その色を構成する数値が現れました。これを「処方箋」と呼んでいるそうです。
作業台
③処方箋をもとに、この作業台で必要なインキをヘラで混ぜ合わせます。
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これがなかなか難しい! 挑戦させてもらいましたが、重くてかたいので、なかなか均一になりません。素人がやると、1時間かかっても均一にならないそう。しかし、プロの手にかかれば……

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は、はやい! ものすごい速さと滑らかさで、色がつくられていきました。(※上の写真では、体験とは別のこげ茶色のインキをつくっています)

「実は一時期、自動で色を混ぜ合わせる機械も使っていたんですけど……その精度に納得がいかず、結局このように手で混ぜ合わせる方法に戻ったんです」

とのこと。ふむふむ、機械よりやっぱり手作業のほうが、微妙な調整ができるんですね。現場のみなさんの大事なこだわりです。

さて、できあがったインクは印刷機へ。わたしたちもいっしょに印刷の現場へおじゃましま~す!

~3~ 印刷

ゴーゴーゴー! ピカンピカン!
入った途端、ものすごい音が響いてきたのが印刷室。

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室内の湿度を一定に保つために、定期的に噴き出すスプリンクラーがまわっていました。

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「印刷には、紙の乾燥が一番の敵。理想的なのは湿度50~55%なので、このスプリンクラーで湿度調整をしています」

この日は乾燥していたのか、なかなかな勢いで噴出していました。

今回印刷をしてくれるのは5号機。全体像はこちら。大きい!

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印刷機の横には先ほどの版を発見。

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※これはもう刷り上がったページなので、うっすらインクがついています。

この版が1枚1枚、印刷機の中のK・C・M・Yそれぞれの場所にセットされて、そこに順に紙を通して印刷されていきます。

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印刷機略図。右から左へと印刷されていきます。

機械の中身はこんな感じ。これはYのローラー部分。複雑……!

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たくさんの歯車が複雑に組み合わさることで、ローラーからインクが均一に出るように調整しているそうです。(印刷機1台で飛行機よりも部品が多い、という説もあるとか…すごい!)

さて、いざ印刷へGO!

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①印刷用紙を印刷機に送り込みます。
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②白い紙が移動していき……
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③奥から1・2・3・4のローラーに、順番に通っていきます。ローラーは奥から色の濃い順に、K・C・M・Yインクの順。
(※この5号機は5色印刷ができる機械なので、実はローラーも5つあります。今回はそのうち4つだけ使用しています)
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④すると……ものすごい勢いで刷りあがってきました!
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⑤刷り上がり。これ全部、同じページが印刷されています。

この印刷時に一番大事なのが、品質チェック。印刷機の横にはかならず、チェック台があります。

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ちょっと専門的になりますが…上の写真・矢印で示した部分が、色の濃度を測る機械。
印刷用紙の上部に必ず入っている「カラーバー」を読み込んで、濃度のズレがないかを測定してくれます。読み取った数値は写真右奥のモニターに表示されます。

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「印刷されてきたものは、だいたい200枚に1度、とりだしてチェックします。刷っていくうちに細かなゴミが入ったり、インクの濃度が変わってきたりしてしまうので、こうしてチェックすることで品質を保っています」

たとえば下の写真は、一番左端が赤字が入った色校。右側の2枚がその指示をもとに刷りなおした用紙です。
この微妙な違いも、先ほどの機械と、そしてオペレーターさんの目でも確認をしているそうです。手間がかかっていますね…!

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ここでちょっと気になったので、質問。
「出版社や作家さんによって、こういう色傾向のほうが好まれる…など意識することはありますか?」

「ありますね。同じ本の初版と重版で、同じオペレーターが担当していることも多いので『前回こういう注意を受けているので今回もそうしよう……』とか、たとえば『前回、ちょっと赤く出たほうが好まれたので、今回もその傾向に合わせよう』というケースはありますよ」

今はかなり機械化されていますが、最終的にはやっぱりオペレーターさんひとりひとりの経験が大事になるんですね。
この1つの印刷機に3~4人のオペレーターさんが専属でついて、昼夜交代制で動かしているそうです。

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別の機械ですが、インキの入れ替えをされている方を発見! 基本はCMYKですが、先述したように時には特色インキを使うことも。その場合は、ローラー部分を念入りに綺麗に洗ったあと、調色室でつくられた特色インキを入れていきます。

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さらにはこんな最新式の印刷機もありました。色のチェック台がまるで宇宙船の操縦席のよう!

「ちなみにうちでは、絵本のお仕事で多くの場合、色校(本番で刷る前に色をチェックするための試し刷り)も、この本番の機械で刷っています」

ふむ……これは一見、当たり前に思えるかもしれませんが、色校用の数枚を印刷するために、こんな大きな機械を1から動かすというのはかなり大掛かりなこと。
これは特に色の再現を大事にする「絵本」ならではのこだわりでした。

~4~ 表面加工

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続いて見せていただいたのは、紙の表面に加工をするための機械。
本のカバーや表紙って、普通の紙よりもちょっとつるつるしていたり、さらさらしていたりすると思います。これは紙の表面に、こんな風にうすいフィルムをかぶせているからなんです。

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フィルムの裏についている糊が、この機械で温められることで溶けて、紙に密着。
ちなみにここには、グロスPP(ピカピカしたフィルム)とマットPP(マット感がありサラサラした手触りのフィルム)の2種類が用紙のサイズ別にたくさん置いてありました!

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左がマットPP、右がグロスPP。表面の光り具合がちがいます。

お手元にある本のカバーや表紙をぜひ触ってみてくださいね。

~5~印刷サンプル用紙置き場

以上で印刷のおおまかな流れは終了なのですが……。
今回の取材では、こんなおもしろい場所も見学させていただきました。

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過去に印刷を担当した本の印刷サンプル用紙が、作品ごとに置かれている保管棚です!
重版がかかった時は、ここからそのサンプルを取り出して色見本とします。重版のたびに色が変わってしまわないようにするための工夫だそうです。
それにしてもすごい量!

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ポプラ社の本も発見!
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こんなふうに、カバー・帯・表紙・本文用紙など、紙のパーツがすべて入っています。

ロングセラー作品が多く、100刷、200刷なんて作品もある「絵本」というジャンル。そして、本の中でも特に「色」を大事にするジャンルでもあります。

この保管棚もそうですが、そんな作品を長年、印刷されてきた精興社さんならではの、こだわりと工夫をたくさん伺えた取材でした。

***精興社さま、ありがとうございました!***

ムラサキ

帰り際、先ほど練り体験をしたインキを実際に刷って持ってきてくださいました。インキの時よりもかなり明るい綺麗な色! 刷りの盛り(どのくらい厚くインキをのせるか)によっても、この2枚のように色差がでます。

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ユニフォームもすてきでした!

★今回の取材は、絵本作家の阿部結さんにご協力いただき、11月新刊絵本『おおきなかぜのよる』の印刷の様子を撮影させていただきました。この絵本についての記事もぜひ、ご覧ください!

(文/編集部 上野萌)

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