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新米文芸編集者が初めて新人賞受賞作を担当して、胸がいっぱいで泣きそうなこの想いを伝えたい。

ポプラ社文芸編集部におります、新人の鈴木です。
このたび、『ふたり、この夜と息をして』という本がこの世に誕生いたしました。
新米文芸編集者の私が、初めて新人賞の作品を担当させてもらい出来上がった1冊です。
正直言って、胸がいっぱいで泣きそうです。
めっちゃ嬉しいです。

スキャン - 2020-10-13 20_24_19

▲見本誌が出来たときは感無量……

この作品と初めて出会ったのは一年以上前。
第9回ポプラ社小説新人賞に応募された作品の中の一つでした。
応募時のタイトルは『シガ―ベール』。
この作品を初めて読んでから、『ふたり、この夜と息をして』として本になるまでを語らせていただこうと思います。


1、選考中に読んで泣いた一作

ずっと小説の編集者になりたかったんです。
大学ではマスコミの就職セミナーに入って、就活ではたくさんの出版社を受けました。(そしてたくさん落ちた)
昨年、縁あってポプラ社文芸編集部に入社することができました。

念願の文芸編集者になって、初めての大仕事が小説の新人賞でした。
『ポプラ社小説新人賞』は一次選考から全作を編集者が読むのが特徴の一つ。
去年の応募総数は611作。当時の編集部員は全部で5人。
単純計算で一人約122作を読むことになります。

その中の一つに『シガ―ベール』はありました。

主人公は顔に痣がある男子高校生の夕作まこと。その痣を隠すために化粧をして生活している。
どうやら何か事情があってお祖母ちゃんと二人暮らしをしているらしい。

読み進めて数ページ、学校生活を送る夕作の気持ちを語る次の一文に目を引かれました。

華やかでいつまでも色褪せないような毎日よりも、凪いだ海のようにどこまでも何もない、透明な三年間を送りたい。

高校生活って、キラキラした青春のイメージがあるじゃないですか。甘酸っぱい恋とか、部活動で一致団結!とか。自分の高校時代は遠く過ぎてしまいましたが、今でもうらやましくなります。

でも、高校生の夕作は憧れることすらない。痣や化粧のことがバレたらと思うと怖くて、他者と関わろうとせず、とにかく何もないことを祈っている。
それはとても悲しいことだなぁと感じました。
一人で怯えて生きている。この主人公はどう変わっていくのだろうと思って読み進めました。

夕作は新聞配達のアルバイトの途中、クラスメイトの女子・槙野と出会います。
彼女は夜更けの公園でタバコを吸っていました。
槙野はクラスでも友人と楽しそうに笑っている普通の少女で、不良には到底見えない。
こんな夜更けにタバコを吸っているのなんて、何か理由があるはず
……と夕作も思うのですが、彼からは踏み込むことは決してしません。深入りしたら、こっちの腹だって見せなければならないから。
深入りしないでおこう、そう思っているのに槙野の方から夕作に話しかけてきました。
そこから二人の距離は近づいていって――

臆病な自分を好きになれない夕作の気持ちに何度も「わかるよ」と思いました。
人って、そんなに簡単に変われないです。
それでも――。
クライマックスを読んだときには、仕事中だというのに泣いてしまいました。

私がそもそも小説の編集者になりたいと思ったのは、自分が十代の頃に小説に救われたからです。
家族関係があまりうまくいっていなくて、ずっと悩んでいました。
ちょっとしたボタンの掛け違いだったんですけど、当時は家にいるのが苦しかった。
でも誰にも相談できなかった。
小さいころからお調子者キャラだったので、なんとなく友達にも言いづらかったんです。
その時に読んだ小説がたまたま同じような境遇の主人公の物語でした。
葛藤しながらも少しだけ前向きになって生きていく主人公の姿に勇気をもらえました。
本は一人で読むことが多いと思います。誰にも言えなくて一人で悩んでいるときでも、その心にそっと寄り添えるものです。

この作品は決して派手ではない。人によっては地味だと思われるかもしれません。
でも、一人の孤独な少年がもがきながらも大切な人のために一歩を踏み出す姿には心を震わされます。
『シガ―ベール』が持つ優しさやひたむきさは、きっと読んだ人に力を与えてくれるだろうと感じました。

2、「担当したい!」

1次選考では、各々が担当した分の中から次の選考に進める作品を選びます。
2次・3次選考では他の編集部員も作品を読み、審議を経て、選考は進んでいきます。
『シガ―ベール』は、ついに最終選考まで残りました。

白熱の最終選考の様子はコチラに↓

他の選考員からも高い評価を受け、『シガ―ベール』はポプラ社新人賞特別賞を受賞しました。
賞の確定後、実はもう一つ行ったことがありました。
各作品の担当編集を決めることです。
ポプラ社小説新人賞受賞作の担当決めは基本的には挙手制で、それぞれの編集者が「担当したい!」と思った作品に手をあげます。

私は『シガ―ベール』の担当希望に名乗りをあげました。
しかし、やる気には満ち溢れていますが、まだ新人……。
そこでベテラン編集者のK田さんが一緒に担当してくれることになりました。
大人向けの小説も児童書も編集しているハイブリット編集者のK田さんは心強い助っ人です。
「一緒に頑張ろうね!」と笑顔で快諾してくれました。

かくして、K田さんとのコンビとして作品の担当編集になることが出来ました。

3、初めての打ち合わせから改稿の日々

授賞のお知らせをした後、いよいよ北原一さんと初めての打ち合わせとなります。
繊細な高校生たちの成長を瑞々しい筆致で綴っていたのはどんな人だろうとお目にかかるのを楽しみにしていましたが、実際にお会いした北原さんは作品の通り真摯で誠実な方でした。

普段はグラフィックデザイナーというお仕事をされているという北原さん。
そんな北原さんが小説を書こうと思ったきっかけはコチラ↓

受賞作がそのまま書籍化される場合もあるとは思いますが、編集者と打ち合わせをし、改稿するケースが多いです。

北原さんとお話をする前に、私はK田先輩と二人で長い時間をかけて打ち合わせをしています。
自分たちが気になった点や選考委員に指摘されていた点など、どこを改稿するべきなのかを事前にまとめておきました。

北原さんの意図や希望を伺いながら、この作品をより良くしていくにはどうするかを三人で打ち合わせします。
特にポイントとなったのは、クライマックスの主人公たちが本音でぶつかり合うシーン。
読者の方は敏感です。ご都合主義なところや噓くさいところがあれば、感動のストーリーと言われても途端に白けてしまいます。
この登場人物たちがなぜこのような言動をして、何が伝わり、どう感じて変わっていくのか、何度も話し合いました。
北原さんは粘り強く何度も書き直しに挑戦してくれました。

改稿を重ねて、最後に文章のブラッシュアップをして脱稿となりました。

3、タイトルに思いを込めて

原稿が完成し、いよいよ発売に向けて動き出しました。
その時に議論になったのがタイトルです。
印象的なタイトルに惹かれて本を買ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
本にとってタイトルは非常に重要な要素です。

応募時のタイトルは「シガ―ベール」
作品のテーマをよく表しているし、シンプルなかっこよさがあります。
このままのタイトルで書籍にするか北原さんと話し合いました。
本作は新人賞特別賞のデビュー作です。
書籍として発売したときには、作品の内容も、作家も、全く知らない読者に訴えかけなければなりません。
改めてその視点で見たときに、他の可能性もあるのではないか、という結論になりました。
そこで北原さんは新たなタイトル案を出してくれました。
たくさん出してくださった候補の中でK田さんと私が二人とも一目見て「コレがいいです!」と指さしたのが、【この夜と息をして】でした。
“夜”は、主人公たちが過ごす特別なひとときであるし、寂しさや切なさも醸し出されている。

しかし、あともう一息ほしい。
この小説が、夕作と槙野というお互いにとってかけがえのない存在と出会う物語であることを伝えたい……。

その旨を伝えてウンウン唸っていると北原さんが、

「ふたり、を付けるのはどうでしょう?」

とつぶやきました。

ふたり、この夜と息をして

この言葉を見たときに、私の頭の中には、しんとした夜に静かな吐息をもらす二人が浮かびました。
想像を掻き立てられる。
満場一致でこのタイトルに決定しました。

応募作の箱の中にあった原稿と出会ってから1年と3か月
ついに『ふたり、この夜と息をして』が発売されました。
作家さんにとっては1回だけの特別なデビュー作です。
携わることが出来て本当に嬉しく思います。
私にとっても忘れられない大切な1冊になりました。
(見本誌が出来たときは軽く叫びましたし、発売日には店頭に並んでいるのを見に書店さんをハシゴしてしまった……)

寂しくて、切なくて、苦しいけど、優しさで包んでくれるような物語。
読んでくださった方の心にも残る1冊になることを祈っています。

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『ふたり、この夜と息をして』北原一

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