鹿ハウス舞台ツーショットhedd

女1人男6人が一つ屋根の下に暮らし「伝説」目指す上京物語『さよなら鹿ハウス』刊行記念対談 丸尾丸一郎×渡部豪太

2018年10月12日に発売された、劇団鹿殺しの丸尾丸一郎による初の小説『さよなら鹿ハウス』(ポプラ社刊)。
関西で旗揚げした「劇団鹿」が、まったく売れないことにしびれを切らし、「角田角一郎」を中心としたメンバー7人が中古のハイエース1台に乗り込み無謀な上京を遂げることから幕を開けるこの物語は、丸尾が自身の体験を色濃く反映させている。劇団鹿の7人は、東京のはじっこに家賃13万円の城「鹿ハウス」をかまえると、女1人男6人がいっしょくたになって暮らし始める。そのいびつで、どうにも生き生きした共同生活の様子が楽しくて、気がつくとすでにこの物語に惹き込まれているのだからたまらない。
本作は、丸尾自身の手により舞台化、11月8日より上演される。主人公の角田角一郎を演じるのは、美しい顔立ちに天然パーマが印象的な渡部豪太。
著者の丸尾、主演の渡部に本作について語ってもらった。

――劇団鹿の7人は、上京からの2年間、一軒家で共同生活をしながら、アルバイトを禁じて路上パフォーマンスをおこなって得る収入のみで暮らすことを約束します。そんな常軌を逸した決断をしてまで彼らが求めたのは、「伝説になる」こと。伝説、と聞いてイメージするのはどんなものですか?

渡部 ぱっと浮かんだのは、子どもの頃に見たテレビ番組の「電波少年」。あの頃は無茶苦茶なことをするテレビ番組がたくさんありました。誰もやろうともしない無茶をやるんだけど、最後までやり遂げる姿に人は感動する。そして、記憶に残ります。人の心に残るというのは、伝説のひとつじゃないかと思います。

丸尾 僕は、「伝説になりたい」とひたすら思っていた当時は、「何をもってして伝説なんだ?」なんて考えもしなかった。それでもどこかで、誰かの記憶に残ることは意識していたと思います。フレディ・マーキュリーみたいな、スーパースターになりたかった。人間が本来持っている能力を五角形で表すとして、その五角形を飛び越えるような無限のエネルギーを放つ存在に。将来の夢が「社長」や「総理大臣」だった十代の頃には思いもしなくて、大学生になって演劇を始めて、表現することの面白さを知ってから、「伝説になりたいなあ」と考え始めました。

――「伝説になりたい」という思いは、「愛されたい」「認められたい」「売れたい」「求められたい」といった気持ちの最大形のようにも思います。俳優や作家といった表現者の方々ならば、必ず持っている渇きなのでしょうか。

渡部 私にはあるので、作中の角田角一郎に共感するところがありました。でも、表現者なら誰でもというわけではないと思います。自身が伝説になりたいと願わなくても、まわりにいる第三者がその人を伝説の存在にしたいと躍起になったり、ファンの熱が伝説へ押し上げていくこともありますから。

丸尾 表現者に限らず、どんな仕事をしている人も似た感情を知っているはずだと思います。「ああ、空が高いなあ」と手を空に伸ばしてしまう、届かないものに手を伸ばしたくなる感覚は、普遍的なものですよね。『さよなら鹿ハウス』のなかで劇団鹿の7人が「伝説になりたい」ともがく様を見て、そういう感情を忘れていた人が思い出してくれたり、かっこ悪くても口に出していいことなんだと思ってくれたりしたら嬉しいです。

――伝説になりたい彼らが、劇場ではなく街へ出て、人通りの多い駅前で路上パフォーマンス(メンバー7人が「ち〇こギター」や「乳首ベース」を奏でるエアバンドをかまえ、歌ったり踊ったりする)に勤しんだのはなぜだったのでしょう?

丸尾 関西で活動をしていたとき、チラシの折り込みや呼び込みといったまっとうな宣伝活動をいくら頑張っても、まったく劇場にお客さんが増えなかったんです。それで、チラシを見る人はいったい街の何パーセントなんだって考えて、もっと街に出ないといけないと思い立ちました。唐十郎さんの紅テント公演を見に行ったら、観客にはいわゆる“演劇を見に来そうな人”じゃなくて、酒を飲んでるおっちゃんから、唐十郎ってどんな人だろうって好奇心で来ている若い人たちから、もちろんおじいちゃんおばあちゃんもいて、演劇が敷居の高いものではなかったことを思い出す光景が広がっていました。劇中では、唐さんが自転車に乗って登場するんですが、その唐さんがめちゃくちゃ幸せそうな顔をしていて。こんなに楽しそうに演劇をやっているんだって、憧れを持ちました。それから、駅前で歌っている路上ミュージシャンを見て、「彼らは戦っている。僕たちにできることはないのか」と心を動かされたのがきっかけです。路上パフォーマンスをするようになってから、劇場に来てくれるお客さんが一気に増えました。それに、客層が変わった印象もあります。観劇中に「ひゃ~なにあれ」とおしゃべりが聞こえたりする(笑)。演劇を広く楽しんでもらっている実感が得られました。

渡部 小説のなかに、路上パフォーマンスをするのに適している駅のリストや注意点なんかも書かれている(笑)。この物語は、とてもいい意味で庶民的というか、ポップで、誰にでも伝わるように書かれています。ある劇団がたどった軌跡ですから、表現者を志す人にとっては実用性のある指南書として読めるかもしれません。私にとっては、先輩が残してくれた航海日誌だと感じました。

丸尾 取扱注意書でもあるかもしれないね(笑)。こっちに行っちゃだめだとか、手ごわい大人とはこう戦おうとか。

――丸尾さんにとって、一番濃密だった、忘れられない2年間のことが描かれています。小説というフィクションにして書き上げたことで、変化したものはありますか。

丸尾 できることはすべてやったので、小説を未完成と感じているわけではないんです。それでも、今の僕の力では、生きたままの彼らを文章で描き切れていない感覚もある。だから、書き上げてすっきりしたというよりは、また届かないものに気づいてしまった、というのが正直な思いです。あの時の生き生きした彼らを本当に描けたかというと、満足することはどうしてもできない。もっと馬鹿もやったし、お酒も飲んだし、会話もしたし、笑ったことも喧嘩したことも、そういう些末なすべてが愛しいから。小説を書き上げたことで、これからつくっていく舞台「さよなら鹿ハウス」で描きたいことが新たに見えてきました。物語は同じですが、舞台は舞台で、小説とは違う部分にスポットをあてて描くつもりです。今の僕は、あの頃なりたかった自分にだいぶ近づいているんだと思います。たくさんの機会をいただいて、お芝居で食べていけている。でもその幸せを、たまに忘れてしまうんです。僕はすごくネガティブなので(笑)。ちゃんと今の幸せを忘れないでいられるように、この物語を書いたのだと思います。

丸尾の胸のなかには、今もハイエースが走り続けている。そもそも、ハイエース1台に7人乗りは定員オーバー。幕が開いてから閉じるまで、思いも、情熱も、感情も涙も、すべてが溢れ出している物語なのだ。伝説になりたかった7人の物語が、触れる人すべての心に火をつけていく。


丸尾丸一郎(まるお・まるいちろう)
大阪府出身。2000年1月、劇団鹿殺し旗揚げ以降、ほぼすべての作品に出演。2001年10月、劇団鹿殺し、第4回公演『愛卍情』以降、全作品の脚本を手がける。外部の脚本・演出も手がけ舞台『残酷歌劇 ライチ☆光クラブ』(脚本)、『何者』(演出)、『家庭教師ヒットマンREBORN! The stage』(脚本・演出)などがある。また、近年は映像の脚本も手がけ、NHK『崖っぷちの淵子!』、日本テレビ『マジムリ学園』などがある。主な出演作品に【映画】『小森生活向上クラブ』、『モテキ』、『寄生獣 完結編』など。今秋には初の小説『さよなら鹿ハウス』(ポプラ社)を出版した。
渡部豪太(わたべ・ごうた)
1986年3月8日生まれ、茨城県出身。主な出演作品に【テレビ】『ATARU』、『西郷どん』、『ハゲタカ』【映画】『仮面学園』、『鴨川ホルモー』、『海難1890』など【舞台】『コーパス・クリスティ 聖骸』主演、『ZANNA-ザナ a musical fairy tale』主演、つながる音楽劇『麦ふみクーツェ』主演、直人と倉持の会vol.2『磁場』などがある。
http://www.spacecraft.co.jp/watabe_gota/

■公演情報

東京公演:2018年11月8日(木)~11月18日(日) 座・高円寺1
大阪公演:2018年11月22日(木)~11月25日(日) 梅田 HEP HALL

【STORY】
つまずきだらけの「劇団鹿」7人は、旗揚げした関西に逆ギレをかまし、オンボロのハイエース1台で上京。角田角一郎、オレノハーモニー、ジョン・J・ウルフ、渡辺ダガヤ、山本サトル、入交ヨシキ、そして鹿の子チョビン。ドMの男6人とドSの女1人のヒエラルキー集団は、東京北西端の地・東久留米に家賃13万円の城「鹿ハウス」をかまえ共同生活を始める。バイトを禁じ、恋愛をほぼ禁じ、ただひたすらに「伝説になる」ための研鑽を誓った約束の2年間。伝説になりたくて、がむしゃらに心と身体を燃やすしかなかった、7人が確かに生きていたんだ──。

作・演出:丸尾丸一郎
音楽:オレノグラフィティ
出演
角田角一郎 役:渡部豪太
鹿の子チョビン 役:鷺沼恵美子(劇団鹿殺し)、椙山さと美(劇団鹿殺し)
オレノハーモニー 役:浅野康之(劇団鹿殺し)
ジョン・J・ウルフ 役:飛麿
入交ヨシキ 役:岡田 優
渡辺ダガヤ 役:勝又啓太
山本サトル 役:笹 海舟
女子高生・ヨウコ 役:清水佐紀(Berryz工房)
女子高生・アヤ 役:玉川来夢(ex.アイドリング!!!)
今井涼太
尾上武史
澤田美紀
椎名朱音
松本さえ子

公式サイト:http://shika564.com/sayonara/
公式Twitter(@shika564):https://twitter.com/shika564?lang=ja



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