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(短編小説)『名もない2人の関係は』

「今日買い物行ったらなぁ。納豆がなぁ。売り切れててんなぁ。なんかなぁ。テレビでやっとったらしいわ、感染予防に良いんやて」
録画したアメトークを見ながら、冷蔵庫に残り1パックとなっていた納豆をまぜながら彼女がそう言った。
今世界で蔓延しているという新型のウイルスのせいでここ数週間職場以外の場所に出かけていない。
感染者数が増えていく報道にも疲れてきたので、夜ご飯を食べる時は録画したバラエティ番組を見ることにしている。
生まれも育ちも東京なのに、どうでもいいことをぼやく時だけ彼女は関西弁になった。
下手くそな関西弁に辟易して、僕は何回かそれを注意したが未だに治らない。
「ふーん。じゃあ美月は毎日納豆食べてるから感染することないんだろうね」
「いやぁどうだろうね。テレビの言うことなんてあてにならないでしょ」
そう言って美月はまたパックの中の納豆をかき混ぜ始めた。

彼女の納豆の混ぜ方には、僕にはないちょっとした癖がある。
それは、混ぜてる最中に持ち上げる動作が入ることだ。
付属のタレとカラシを入れて2〜3回まわしたら、1度納豆を塊ごと持ち上げる。
納豆同士のくっつきが剥がれながらパックに落ちいくのを嬉しそうに眺めながら待って、また混ぜる。
これを何回か繰り返して白米の上に全部かける。

中川家が売れ残ったグッズの解説をしているのを見ながら、いつもの通り混ぜた納豆をご飯の上へ一気にかけた。
「これが贅沢な気分が味わえて最高なのよ」
微笑みながら彼女はそう言った。
「なんか汚いよな、その食べ方」
「失礼な!これが美味しいのにわからないかね」
「全然真似したいと思わない。ちょこちょこご飯にかけた方が美味しいじゃん絶対」
「わかってないなー。たっぷりかけて食べるのが美味しいんだよ」
「一生わからなくていい」

こんなやりとりをしているうちにさっきまで話していた中川家から知らない若手芸人に変わっていた。
“…いやいや、僕らも最近この騒ぎの影響でライブも中止になるしきついっすよ!全然飯食えてないっす”
ウイルスがライブハウスなどの密室で発生してから、お笑い芸人もライブができず大変らしい。
僕が勤めている会社も社員をどんどん在宅勤務を始めている。
彼女は保育士をしているのでそうもいかないらしく、このような状況下でも園に預けてくる親のことをたまにぼやいている。
この時は関西弁ではなく標準語だ。

同棲を始めて3年目となる僕たちの関係には名前がない。
どちらかが感染した時、その時僕たちはお互いのことを守れるのだろうか。
嬉しそうに納豆とご飯を頬張る彼女と一緒に居られるのだろうか。
いつか2人の関係に名前がつく日が来るのだろうか。

「この感染が落ち着いたら…」
その先の言葉を探しながら、左手に持つ自分のお茶碗を覗き込む。
少しご飯が余っている。
無性に納豆ご飯が食べたくなったが、冷蔵庫にはもうない。
だから卵かけご飯にしようと思った。
ご飯の上に卵を割って醤油をたらして味の素をかけたら勢いよくかき混ぜた。
「落ち着いたら」の後を考えないように卵かけご飯を流し込んだ。

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