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【短編小説】我が王冠よ、明日も輝け


 大好きなソシャゲがサービス終了を決めた。開始からわずか半年のことだった。アプリストアの評価がみるみるうちに下降する理由を俺は痛いほどよく分かっていたが、それでもこのゲームが好きだった。サービスの開始を楽しみにしていた仲間たちが次々と別のゲームへ移籍する中、俺は推しのクラウンのためにぽつぽつとそのゲームを遊んでいた。
 クラウンは元々フレア王国の第六王女なのだが、道化師に扮して人々を元気づけている女の子だ。頭には小さな王冠が乗っていて、スカイブルーの瞳に太陽の形をした光が浮かんでいる。そんなデザインも大好きだったがそれ以上に彼女の性格が大好きだ。不器用でドジっ子で、それでも前向き。「今日も明日も、がんばるぞー!」のボイスに俺は救われていた。クラウンはこのゲームの中でもなんとも鳴かず飛ばずな性能だったので、「性能:かわいい」なんて言われたりしたが、実際クラウンはカワイイので仕方がない。
 サービス終了に各種SNSは「マジかー」「残念だなー」「仕方ない」と、様々な反応を見せていたが、俺はもうそれどころではなかった。三十過ぎの会社員男性がしょーもないゲームのサ終でメソメソ言っていたら世も末だ。
 馬鹿馬鹿しいなと思いながらも、俺は布団の中で泣いた。
 そう、あと二時間すればサービス終了の瞬間がやってくる。
「今日も明日も、がんばるぞー!」
 誤タップによって流れたクラウンのボイスが俺の涙腺を余計に刺激する。明日もがんばるぞ、じゃないんだよ。お前明日どころか二時間後には居なくなるんだよ。Twitter公式アカウントでデザイナーが「応援ありがとう」の文字と一緒にお前を描いていただろうが。
 何で世間に愛されないゲームへこんなに入れ込んでるのか俺にも分からない。ただクラウンはカワイイ。だからといってクラウンがいなければこのゲームに入れ込んでいないのか? と言われたらそうでもない。独特のコマンドシステムは戦略性があって面白い(レビューサイトによれば某有名ソシャゲのパクリのようなものらしいが……)し、クラウンがいなければいないで俺はこのゲームにのめり込んでいたことだろう。俺もクラウンを応援するためにちょっと頑張ってみよう! と思ってペンタブと絵の描き方の本を購入したが、仕事が忙しくなって最近触っていない。絵を描いている場合ではない、というのもあるが。
 パソコンから垂れ流している終了カウントダウン配信(こんな過疎ゲーにも配信者はいるらしい)を聞きながら、俺もクラウンと一緒に色々なステージを巡る。「えいっ!」「やぁー!」「よいしょ!」「特大のいっくよー! プロミネンスばぁーすとぉ!(クラウンは何故かバースト、の部分だけ舌っ足らずな発音をする)」ともうじき聞けなくなるクラウンの声を堪能しつつ、このゲームの結末をこんな形で終わらせた運営に何でだよといいたくなる衝動を抑える。
「今日も明日も、がんばるぞー!」
 だから、お前に明日はないんだよ。クラウン。

「あれ、先輩、いつものゲームはどうしたんですか?」
 年次有給休暇を有効利用した俺は、なんとか職場に戻ってきた。昼休みのことだ。混雑している社食の一角で、ゆずとろろ蕎麦を啜りながら後輩の上田がそんなことを聞いてきた。上田は教育係である俺に何故か懐いてしまい、普通の連中は「昼休みくらい上司の顔を見ずに過ごしたい」なんて言ってそそくさと近場のイタリアンへランチに逃げ込むというのに、上田は俺の後ろ(若しくは真横)を陣取りながら「先輩、今日はどうしますかー? 俺は蕎麦の気分ですー」なんて言う。俺としてはソシャゲを理由にカワイイ後輩を追い払うほど冷酷ではないので、まぁ満更でもなかった。一度上田にクラウンを紹介したときには「あ、王冠と道化師が両方クラウンで、王冠と太陽が両方コロナっていうのをかけてるキャラなんですね」と冷静な考察を見せてくれたので俺としても上田の株は爆上がりだった。我ながら単純である。
 最愛のクラウンを失った悲しみで食事が喉を上手く通ってくれない俺は、おむすびセットとサラダで軽く済ませた。
「一昨日サービス終了しちゃったんだよなー。当たり前だけど」
「当たり前? そうなんですか?」
 上田は七味唐辛子を蕎麦の上にぽんぽんとかける。味変、とかいって途中で辛みを足すのが上田の拘りらしい。
「そうなんだよ。イベントも周回ゲーだったし、そもそもフタを開けたらバグが多いし、一昔前のUIにクオリティの低いSD、速攻で評価が下がったから、もう立て直しもきかなかったんだよな」
 俺の話を聞きながら、上田はずるずると蕎麦を啜る。時々混ざる柚の皮が鮮やかだった。
「そんな過疎ゲーにここまで入れ込んでショック受けてる俺もヘンなんだけどさ」
 俺のそんな言葉を聞いた上田は、慌てて蕎麦を噛みきった。
「えっ? 何でですか?」
 柚の皮が上田の口から零れて、どんぶりの中へと落ちた。
「先輩はそのゲームが好きだったんでしょう? だったら終わって悲しいのは当たり前じゃないですか」
 目をまんまるに見開いた上田に俺は間抜けな顔を見せていた。見せていたと思う。
「俺からすれば一昨日サービス終了して一日休んで仕事に来れる先輩がすごいですよ。俺だったら一週間は寝込みますよ」
 そう言って、上田は再び蕎麦を啜った。
 俺は何も言えなかった。終わっても仕方ないよなーと強がってクラウンとの別れを適当にしたのかもしれない。いやそれはない。ないと思いたい、思いたいが……。ただ彼女の「今日も明日も、がんばるぞー!」という前向きな発言を否定したのは事実だ。何で言えなかったんだろう。
「そうだな、今日も明日も、ずっと頑張ろうな」って。
 どうしてそうやって、クラウンを送り出してやれなかったんだろう。
「なぁ、上田」
 俺は上田の返事を待つことなく、続けた。
「クラウンの話を聞いてくれないか」
 ずるっ、と蕎麦を啜ってから、上田は「いいですよー」と言った。
「俺も大学時代に、めっちゃ推してたアイドルが引退したんですよ。全ッ然有名じゃなかったんですけど。で、そんときにアイドルのこと殆ど知らない先輩が話を聞いてくれて楽になったんです。だからもし、おんなじような立場の人が居たら、そのときの先輩みたいになりたいなーって思ってたんです」
 やったー、と言うような感じの上田に、俺はちょっと呆れたが、彼の優しさに救われようとしているのは事実だ。
 上田がそばつゆを豪快に飲み干している間に、俺はスマートフォンの画像フォルダを開いた。クラウンが笑顔で「今日も明日も、がんばるぞー!」という台詞を話しているスクリーンショットの準備をする。
 彼女の瞳にも、窓の外にも、燦然と輝く太陽があった。
 

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)